レストランという空間。
そこは、人と人との助け合いでできている。
プライバシーにこだわるがあまり、
ディズニーランドを貸しきってしまえた
マイケル・ジャクソンよろしく、
レストランを一軒丸ごと借りきって、
食事をするというのならそこにいるのはあなたひとり。
だから他のお客様と助け合うというコトは
必要ないかもしれません。
けれど、そのときだって、
レストランにあなたひとりがいるのではなく、
コックさんやサービススタッフなど、
お店の人があなたのために働いている。
彼らの力を借りるコトこそ、
レストランでのステキな時間を味わうというコト。
ましてや普通のレストランでは、
あなたの周りにお客様がいる。
お一人さまでない限り、あなたと同じテーブルを囲む、
おいしい仲間がいるわけです。

自分のコトを自分でする。
大人として大切な心得ではあるけれど、
ことレストランにおいて、
すべてのコトを自分一人でやるというのは、
決して褒められたコトではないのですネ。
それは同時に、自分ひとりがたのしむのでなく、
レストランにいるみんなと一緒に
たのしくなるように工夫するというコトでもある。
レストランのスタッフも、
お客様全員をどのようにすれば
シアワセにして差し上げることができるだろう‥‥、
と、それを一生懸命考えながら働いている。

だからこんなお客様の一言に
気持ちがキュンと縮こまります。

「寒いので、エアコンをちょっと
 上げてくださらないかしら」





夏のレストラン。
お店の中でただひとり、
際立って薄着の女性にこう言われたスタッフは
ハムレットの心境です。
レストランで働く人は、
お客様から言われたことを
叶えるように働かなくちゃいけない。
けれど同時に、そこにいらっしゃる
すべての人が快適であるように
働かなくちゃいけなくもある。
だから、困ります。
そのご婦人に「他のお客様の御迷惑になりますので、
温度を上げるわけにはまいりません」
と答えるコトはできません。
と言って、冷房を緩めてしまうと
「暑いからなんとかしてよ」
と必ず不満がでるでしょう。
To make room warmer, or not to make room warmer,
this is the question!
困ります。
レストランのスタッフを困らせるお客様は
決して得をしない人。
こういうリクエストをする前に、
こう考えるコトができるとステキです。

寒いのだけど‥‥。
私だけが寒いのか。
それともみんな寒いのか。
周りの様子を見れば大抵わかります。
自分だけが寒いんだなぁ‥‥、と思ったら、
こう言いましょう。
「なんだかちょっと寒いのですけど」。
ただそれだけを、ちょっと困った表情で。
レストランでお客様が困ったときに、
今までの経験をフル動員して
解決方法を提案するのがスタッフの腕の見せ所。
もしかしたら、冷房の冷気が当たらぬ
ちょっと温かい席が運良くあいているかもしれない。
そちらにお席を移しますか?
と、あっさり解決したらばシアワセ。
ボクの店では、そう言うお客様のために
薄手のウールのストールを何枚か用意していて、
いかがですかとお貸ししていた。
あるいは、隣に座ったハンサムな紳士から
「よろしければ、私のジャケットを
 お貸ししましょうか?」
と申し出を受けるコトがあるかもしれない。
そんなステキな助け合い。

お手洗いで見事な衣替えを果たした彼女。
あの目の覚めるような出来事も、
まず同席の紳士が言い出して、
ボクというお店の人の力を借りて
はじめて成立したモノだった。
例えば首尾よく、一人で脱いだジャケットを、
一体どこに置けばいいのか。
椅子の背中ではくつろげない。
おいしい料理とたのしい会話に熱中して
ジャケットの襟が背中で潰れてしまっては、
そのジャケットを羽織り直して家路につく、
後ろ姿が台なしになる。
ベンチシートに座ったからと、
脱いでたたんで横に置いたらシワになる。
お店の人に一声かけて、脱がせてもらえば
そのジャケットはそのままお店の
クローゼットの中に収まる。
大切なお客様の、大切な分身として、
大切に扱ってもらえるジャケット。
それもステキなおもてなし。




ところで、ワイングラスをひっくり返すという
大失態を演じた小太りさん。
テーブルを変え、そのあとゴキゲンに食事をすませる。
さてそろそろ退散いたしましょうか‥‥、
とお勘定の合図をします。
お勘定の明細を、ありがとうございましたと
テーブルの上にそっと置きます。
基本的にお任せコースのお店でしたから、
明細書の内容はとてもシンプル。
人数分のコースの値段と、
あとは飲み物の料金が並んでるだけで、けれど彼ら。
レストランの関係者らしき入念で、
じっとその内容を吟味している。
その間に、小太りさんからあずかった上着をとりに
クロゼットにゆき、洋服ブラシをササッと当てた
そのジャケットを手に、彼らのテーブルに戻ります。
小太りさんの上司がいいます。

ひっくり返したワインのかわりに頂いた、
グラスワインをつけ忘れてらっしゃるのではないですか?

ワイングラスを倒させてしまったボクらに落ち度がある。
だから、ワインの交換分を
頂戴するわけにはまいりませんと、
そう答えると上司がいいます。
それならば、テーブルクロスのクリーニング代分として
グラスワイン一杯分を、
私に払わせていただけませんか? と。
ステキな出会いでありました。



2011-04-28-THU




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