おなじみさんと呼ばれる人がいます。
何度も、何度もいらっしゃって、
顔なじみになっていただけた方。
お店にとって大切なお客様。
レストランで働く人は、一生懸命、
おなじみさんを増やそうとする。
お店の経営を安定させながら、
いいサービスを提供し続けるためには
何度も来ていただけるお客様が
増えていただくほうがいいから。
おなじみさんの好みを知ったり、
名前を覚えさせてもらうこと。
そのおなじみさんが新しいお客様を連れてきてくれ、
その人が、また新しいおなじみさんになってくれること。
レストランを経営していて。
あるいは、レストランで働いていて、
これほどステキなコトはない。





飲食店の中には、おなじみさんが出来ることを好まない
不思議な店もあったりします。
おなじみさんという人たちは、
何度も来てくれるありがたいお客様でもあると同時に、
いつも同じサービスや料理であることを好まぬ
むつかしいお客様でもある。
いつも通りは当たり前。
他のお客様とちょっと違った特別を提供できなければ、
期待はずれと言われかねない、
だから、お客様との人間関係を面倒くさいと思うお店は
おなじみさんが出来ぬような、
一風変わった努力をします。

マニュアル通り。
どんなお客様にも同じように接して決して、
お客様と仲良くなろうとしはしない。
長く働いてくれる人を根気よく育てるよりも、
新鮮な気持ちで働いてくれる間だけ使って
飽きると人を使い捨てにする。
開業してもう何年もたつのに、
いつもお店の前でちらしを配っているような店。
宣伝上手で、いつも目立つイベントのようなモノを
しているお店をみると、
あぁ、この店はおなじみさんを作るのが
苦手な淋しいお店に違いない、
ってそう思うようにボクはしている。
おなじみさんがいてくれる店は、
広告やチラシ作りにお金をかけなくていいのですよね。
その分、料理やサービスに予算を回すコトができるって、
ステキなコトだと思うのです。

そしてそうしたおなじみさんの中でもひときわ、
お店のことを思ってくれる。
何かにつけて、お店のことを気遣って、
なにかお店のためになることをしてあげよう‥‥、
と思ってくれる人を「御贔屓様」と呼ぶのです。




ボクらがお店を開業してから、定期的に。
頻度にして、10日から2週間に一度くらいでしょうか。
ひとりでふらっとやってきて、
お酒も飲まず本を片手にニコニコしながら
食事をしていく、年の頃にして60半ばでしょうか。
好々爺という言葉がピッタリくる
おじさんがいらっしゃった。
ここの料理が口にあう。
店の雰囲気が好きで、
なにより若い人が一生懸命がんばっているお店を
贔屓にするのが好きなんだと、
なぜ、うちにこんなに頻繁にいらっしゃって
いただけるのです? と聞いたときに、言っていた。

最初は順調だったボクらの店が、
独りよがりでちょっと不人気に陥ったとき。
そのおじさんが珍しく、
「予約をさせていただきたいんですが」と。
次の週の水曜日。
12名で。
料理に注文はつけないけれど、
おいしいお酒をタップリ用意しておいて
いただけますかな‥‥、と、ニッコリという。
実は、オープン準備のときに気合を入れて仕入れた、
グランヴァンが沢山セラーに眠ってた。
ボクはワインリストを彼に手渡し、
もしこれでよろしければと指示を仰いだ。
えぇ、これで結構でしょう‥‥、とそして当日。

いつもは普段着でやってくる好々爺氏は、
ネットリとした光沢のある上等なスーツに身を包み、
取引先だという人たちを11人連れてやってきました。
それぞれ、シッカリとした会社の社長で、
いい仕事が一緒にできたお礼にゴチソウしようと
今日はやってきたんです。
本当は、ここのことを教えたくはなかったんだけど、
おいしい中国料理を食べたいとみんなが言うので
仕方なく。
たのしく本当によく飲む人たちで、リストを指差し、
これをもらおう、次はこれと、言われるがままに
ワインを抜いていくうちに、
ボクらのセラーの中に寝ていた、
売ろうに売れぬ高価なワインは
ほとんどキレイになくなった。

さてお勘定。
かなりの金額になったなって当然、
クレジットカードでお支払いになるとボクは思ってた。
お勘定書きをジックリとみて、満足気に
「若くて正直というコトはすばらしいコトですな」
といいながら、上着の懐から分厚い封筒を取り出した。
今晩のために銀行でワザワザおろしてきちゃいました。
封筒の中には帯がついたまんまのお札の束があって
そこから、ほぼ半分ほどのお札を数えてボクに手渡す。
カードもお請けできますのに、
と、そう言うボクに彼はこういう。

若い人がはじめたばかりのお店にとって、
カード手数料だけでも大きな負担でしょう。
だからこうして現金払い。
みんなもこうしたお店にきたら、
カードじゃなくて現金で払ってやってくださいネ、と。
おつりを持ってきたボクに、
彼はそこにいた全員分の名刺をまとめて手渡して、
その人達はそれからボクのお店の
馴染みになってくれたのです。

それからも好々爺氏はフラッと予約もせずにくる。
時折、こうしてお客様を紹介してくれ、
そうしていつも現金払い。
あぁ、この人はこの店を育てようとしてくれてるんだ。
いつかはこんな人になりたいと思うと同時に、
なんとかこの人の役に立ってお返ししたい。
そう心から思うようになりました。





贔屓してくれる人を、贔屓してあげたい。
ボクらのお店はおなじみさんや、
好々爺氏をはじめとするご贔屓さんのおかげもあって、
徐々に予約をしないと利用できないお店になった。
ふらっとやってくる好々爺氏も、何度か立て続けに
「申し訳ありません」と
謝らなくちゃいけない状況になってしまった。
それを、怒るでなく、
「よかったねぇ」と逆に喜んで、
また来るよと笑顔で帰る後ろ姿に
ボクは祖父のコトを思い浮かべた。
彼以外にも、はじめてやってきた人たちや、
こんなに人気が出る前から
ときおりきてくれていた近所のなつかしい人たちのため、
なんか工夫はできないか。
一生懸命考えて、こんな工夫をすることにした、

また、来週。




2011-06-02-THU


© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN