このお店の家賃は一体いくらぐらいなんだろう‥‥?

なるべくレストランではそういうコトを
考えないようにしています。
だって、この料理がこんな値段になっちゃうのは、
家賃が高いに違いない‥‥、
なんて思い始めるとなんだか切ない。
家賃を食べてるって思った途端に、
料理が味気なくなっちゃったりもする。

経験を積むと簡単にわかってしまうんですけれど‥‥。
基本的に家賃は1坪あたりいくらと値段が決まってて、
お店の大きさとその界隈の家賃の水準がわかれば
だいたい推察できるものなんです。

東京のちょっとした駅の前。
ターミナル駅から15分ほどもゆられた街の
小さな駅前商店街。
歩いて行くとそろそろ
住宅地に突入しようかというような場所。
ビルの一階の目立った場所の小さなお店。
家賃はだいたい坪2万円。
そういう場所の飲食店用の物件は、
15坪くらいのところがほとんどで、
そうするとそこは毎月家賃を
30万円ほど払わなくちゃいけないお店。
こじんまりとしたビストロだったといたしましょうか。
主力のディナーは5000円。
そのお料理を60人前作って売って、
その売上でやっと借りることができる
ということになる。

もし、銀座のビルの中に出店したいとしましょうか。
大きな通りに面したビルも、
路地に面した小さなビルも銀座は銀座。
一坪、5万円とか6万円とかって
びっくりするような家賃を覚悟しなくちゃいけない。
しかも家賃というのは、お店の売り上げが
たくさんあろうがあるまいが一定の金額を
ずっと払わなくちゃいけない点で、
原料費なんかとは違った性格をもっている。
だから失敗しないお店つくりをしようと思えば、
「なるべく安い家賃の場所」を探すことに
まず、一生懸命にならなきゃいけない。
これが、常識。

ただ、一概に一坪あたりいくらだから高い、安いと
家賃は評価できないんです。
なぜなら世間一般に、
高いなぁ‥‥、と言われる家賃でも、
そこで利益を出すことができるのならば安い物件。
どんなに安いと感じても、
利益を出さぬ家賃は高い家賃ということになる。
いい物件は「安い物件」じゃなくて
「利益を出せる物件」なのです。

 

ちなみに飲食店向けとなると
ちょっと家賃の水準が上がることがある。
飲食店とは設備を必要とする商売です。
極端な話、借りた場所に棚を並べたらすぐに開業できる、
小売のお店に比べて開業準備は大変です。
時間もかかる。
お店を造っている間も
ずっと、家賃を払っていなくちゃいけない。
ガスを通したり、防水加工をほどこしたり、
たしかに借りた物件に負担になるようなことを
たくさんしなくちゃいけない。
だから気軽に撤退することなんてできなくて、
なるべく長く、貸してもらおうと一生懸命努力する。
にもかかわらず、「飲食店はお断り」なんて、
大家さんから嫌われることがあったりもする。

ふんだりけったり。

それでも愚痴を言っていたら商売なんてできないから、
家賃を安いと笑い飛ばせる工夫をみんな、あれこれします。
例えばこんな工夫です。

大家さんは「一坪いくら」でお店を貸します。
それが不動産業の単位だから、当然です。
けれど飲食店の人たちは、
「大きさ(=坪)」以外の家賃の単位を知っています。

例えば時間。
「営業時間1時間あたりの家賃」という考え方です。
夜しか営業してない店より、
昼も営業しているお店は時間あたりの家賃は安い。
定休日をなくせば当然、一日あたりの家賃は下がるし、
だから便利な場所にある、
つまり高い家賃を払って営業している、
ファストフードのハンバーガー屋さんは
年中無休24時間営業で、時間あたりの家賃を下げる。
そりゃ、涙ぐましい努力です。



そうそう、ボクと一緒に
チャイニーズレストランを経営していた
中国系のパートナー。
そのお店を契約するとき、
信じられないほどタフな家賃交渉をした。
ちょっとでも家賃が安くならないか、
契約のハンコを押しながらも、
もっと安く借りたかった‥‥、と言うほどでした。
なんでそんなに執着するのか?
計画からいっても払えない金額じゃないんだから、
貸してくれたことを感謝しなくちゃダメなんじゃない?…
と言うボクに、
彼はそれまで見せたことがなかったような、
真面目な顔でいいます。

ハンコを押したら
家賃はずっと払い続けなくちゃいけないんだよ。
起きているときにしかお金を稼ぐことはできない。
それが飲食店という仕事の宿命。
けれど、寝ている間も家賃はかかる。
もう今晩から、枕元でチャリンチャリンと
家賃が引き落とされる音が響いてくるんだ。
もしそれが、払えなくなるかもしれないなんて思った途端に
怖くて、怖くてしょうがなくなる。
だから、ちょっとでも安くお店を仕入れたい。

家賃交渉で妥協したなと思ったら、
寝ずに働きたくなってしまう。
いろんなところに、家賃を払うために休めぬお店がある。
家賃のために夜も眠れぬ人がいる。
でもね。
夢は寝ている間にみるものでしょう?
寝ずに営業する店は、夢見ることを忘れたお店。
働いてる人にとっては、悪夢のお店。
この家賃なら、ボクらは多分、
グッスリ眠れて休みもとれる。

そういい、それでもあと
1万円は安くできたかもしれないな‥‥
と、笑う彼にとても大切なことを学んだ。

さて、もうひとつ。
家賃を安く感じる工夫が他にある。
ヒントは最近、流行り始めた
「立って食べるから安い」を謳った
高級料理のお店であります。
そのカラクリを来週ちょっと考えましょう。

 

2013-11-14-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN