話題の立ち食いのお店があります。
銀座や青山、一等地と呼ばれる場所に
大きな店を構えた上に、
有名なシェフやソムリエをたくさん雇って
たっぷり人件費を払っているように見える。
なのになんでこんなに安く
料理を提供するコトができるんだろうと、
飲食業の人たちも首をひねるような、大胆な価格戦略。
たしかに立ち食いというスタイルをとってはいるけど、
でもそれだけではこれほど安く普通はうれない。
さぞかし営業努力をしてるんだろう。
特別な仕入れであるとか、
安く売るための特別な調理技術やノウハウがあるんですか?
と、安さの秘密を聞かれることがよくあるのだけど、
そんなときにはこう答えることにしています。

お金を返す必要がないからですよ‥‥、と。

飲食店を開業するにあたって、
かなりの投資が必要となります。
インテリアを作る費用。
厨房設備も作らなくてはならないし、
お店を借りるときには保証金を払うことになる。
保証金は別として、お店を作る費用として、
どんなに安くても1坪あたり30万円。
上等な店をつくろうと思うと、
1坪あたり100万円を超える出費が必要となる。

20席くらいの小さなビストロを一軒作るのに、
2000万円は最低でもかかるんだ、
と覚悟しなくちゃいけない。
それが現実。
しかも、毎日、毎月発生する原料費とか人件費とか、
あるいは家賃と言ったモノと違って、
一度にドーンッと必要となるんです。

そのため大抵の人は金融機関からお金を借ります。
借りたお金を確実に、しかも無理なく返せるように、
事業計画をしっかり立てて、それで資金を調達します。

ちょっとでもいい場所にお店をだしたい。
使い勝手のいい最新式の調理器具を揃えたい。
ユッタリとした客席で、
お客様に最高の時間を提供したいと、
そう思い始めると開業費用はどんどん膨らむ。
けれど無理をして理想のお店を作ってしまうと、
お店をはじめて最初の何年かの間は、
家賃を払い、借りたお金の返済をするために
働いてるんじゃないか?
って状態に陥ったりするコトがある。
だから、楽に返すコトができる予算で
お店を作るコトが大切になるのです。

長い景気低迷の間に、日本の物価は下がりました。
当然、飲食店のメニューのほとんどが下がったのに、
家賃はほとんど下がらない。
家賃が下がらないということは、
保証金も下がらないというコトだから、
今、飲食店を開業する、あるいは経営するというのは、
とても大変なことなのですね。


ところで中には、お金を金融機関から借りなくても、
お店を開くための資金を調達出来る人がいる。
お金を持っている人たちです。

家賃は寝てる間も発生するからおそろしい、
とそう言っていた台湾の友人、
もっと怖いのは「支払い金利」。
家賃と同じく寝ている間も
チリンチリンとお金が銀行の金庫に落ちていく。
家賃は大家さんが取っていくもんだと思うと
それでも我慢できるけど、
どこのだれだかわからぬ銀行家の上等なスーツを買う金に、
自分の金が使われると思うと我慢できない。
と、そう言って絶対銀行から
お金を借りようとしませんでした。

彼がボクに、レストランを開業したいんだと
言ってきたとき、最初はこう忠告しました。
お前は金持ちなんだから飲食店なんかしない方がいいよ。
飲食店は細かい仕事。
儲かるようにみえるかもしれないけれど、
手間ばかりかかって利益はほんの少しという商売。
銀行に預ければリスクはない。
他のなにかに投資をすれば
リスクは少なくてすむんだよ‥‥、と。

実は彼。
台北の一等地に大きな地所をもっている
金持ち一族の御曹司。
多産な血筋で、
彼を含めて男子ばかりが5人いて、彼が末っ子。
ファミリーマネーを相続するに
ふさわしい才覚があるかどうか、
40歳になるまでに証明しなくちゃいけないんだと
ボクにいう。

30歳のときにまとまったお金をもらう。
返す必要のない金を使って事業をおこすなり運用するなり、
価値ある使い方をしたらば相続人として
一人前に認めてもらえる。
それがルール。
一番上のお兄さんは、株式投資でそれを数十倍にした。
不動産業や貿易会社と、みんなそれぞれ成果をあげて
お金を増やして認められたけど、
自分はそれとは違ったお金の使い方をしたいんだ‥‥、と。

投資や不動産業のような仕事でどんなにお金を増やせても、
それでシアワセにできる人の数は少ない。
社員が沢山必要になるわけじゃなく、
株価や土地の価値があがって
直接的によろこぶ人がいるかというと、そうでもない。
飲食店は人を沢山雇う産業。
飲食店はお客様を笑顔にさせる産業でもある。
自分の金でひとりでも多くの人に給料を払い、
ひとりでも多くのお客様をシアワセにしたというコトで、
ボクは両親に認めてもらおうと思うんだ。
当然、自分も一緒に働くつもり。
決して趣味でやろうとしているんじゃないんだ‥‥、
と、真顔でいう。

 



あぁ、彼を助けてやりたいなぁ‥‥。
そう思いつつ、ボクは困った。
かねがねボクは、
借り入れをしなくてもお店を開業できる
資金をもっていたとしても、
銀行からお金を借りた方がいいと思っている。
借りた分は返さなくてはいけないんだという緊張感。
それが規律正しい経営環境を生み出す
原動力になるんだから。
そして、もし、そうでなければ、
飲食店の店作りを手伝わないと、
それがボクの持論なんだと、まず彼に正直に言う。
でもボクは、君の挑戦を手伝いたい。
手伝うかわりに、3つの条件を聞いてくれはしないかと、
彼に提案。
そして彼は快諾したのでありました。

さて、その3つの条件。
来週ご披露といたしましょう。

 

2013-11-28-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN