さて、ボクが裕福なビジネスパートナーに
「絶対安売りをしてはいけない」と、
条件を出した理由が今日のテーマ。
理由はこうです。

お金を借りずにお店を作れるというのは
とても恵まれたことなんだから。
ほとんどの人は、お金を借りる。
借りたらそれを返さなくてはならなくて、
その返済分をまかなえるよう価格を決める。
ファストフードと呼ばれるお店が、
だいたい500円くらいで
お腹の満足がまかなえるようにできているのも。
喫茶店のコーヒーが大抵450円くらいだというのも。
フランス料理のお店でシッカリとしたディナーを食べると、
8000円ほどの出費が強いられるというのも
すべて、その業界の人たちが同じような条件で
戦うためのルールのようなモノだったりする。

ところが借金をしないですむ人たちがお店を作る。
当然、借金を返済する必要があるわけじゃない。
それに、別に儲からなくてもいい。
赤字さえ出なければいいんだという経営環境。
そこでボンヤリ。
こんなコトを思ったとする。

自分がおいしいと思うものを、
一人でも多くの人に食べさせてあげたい。
他のお店より安くしても誰も困らない。
むしろ、みんな喜んでくれるに違いないから、安くしよう。
そんな親切ゴコロで
「お値打ち価格のレストラン」を開業する。

その人が考える「誰も」の中には、
同業者のコトは入っていないのですネ。

お金持ちのサービス精神旺盛は、
ときにとんでもない威力をもって、
お金を持たない人の迷惑の種になる。

ライバルを喜ばせることをする必要はないんだと、
ただただお客様のことを考えることが
優秀な経営者のすることなんだ‥‥、
と言ってしまえばそれまでだけど、
でもそれではすまされないことがあるとボクは思うのです。


飲食店を経営している人たちの夢のひとつが、
「借金をしないで営業できるようになる」
コトでもあります。
事業用におこした借り入れは
10年程度で返却しきるコトになっている。
だから歯を食いしばってがんばれば
いつかは誰でも無借金の状態に
なろうと思えばなれるのでしょう。
けれどかなしいかな、10年も経つと
お店のいろんなところにガタがきて改装したり、
手直ししたりしなくちゃいけなくなったりする。
そのときに手元に資金の蓄えがあればいいのだけれど、
大抵の人は再び改装資金を借り入れしたりすることになる。
飲食店の借金はなかなか減らないようにできているのです。

そんな中でも一部の人は無借金という
素晴らしい経営環境を手に入れる。
僕のおばぁさんがそういう幸せな経営者の一人でした。
経営者と言っても、経営していたのは一軒だけ。
他の無借金経営を手にするほとんどすべての人と同じく、
街一番の上等な店という、暖簾に恥じぬ営業努力と、
その名声にふさわしい上等な値段を頂戴し続けてこその
ご褒美で、それは彼女が65歳を越えての快挙。
お店のおなじみさんたちが集まって、
お祝いの宴会をしてくれたほど。
それというのもその店は、祖母が55歳のときに、
それまで子どもたちと一緒に経営していた店を
全部、彼らに手渡し、第二の人生を送るためにと
借金をして作ったお店。
子どもたち‥‥、その中にはボクの父も
当然、含まれていましたけれど、
彼らは店をどんどん大衆的にして
チェーン展開をするかたわらで、
祖母はただただかたくなに手仕事だとか仕入れにこだわり、
昔ながらおいしい料理を作りつづけた。
子どもたちの借金は増え、
祖母の借金はなくなったという、
なんだか不思議な物語。

酒の力もあってでしょう。
おなじみさんの一人がこんなコトをいう。
「女将さん。もう借金を返さなくてもいいんだから、
 明日から値段を下げても十分、利益は出るよな!」と。
ばぁさん、やおら立ち上がり、こう宣言をしたという。

もう明日から、お客さんが半分に減ろうが私はこまらない。
今まで一生懸命、
借金を返さないといけないと思ったからこそ、
みんながよろこぶ値段で商売してきたんだ。
これからは、自分が納得できる料理を
納得できる値段で売らせていただきますよ。
明日うちにきて、値段が倍になってても、
ビックリしちゃぁなりませんぞな‥‥、と。

その翌日から値段が倍になることもなく、
けれど安くすることもなく。
今まで通りの料理を今までの通りの値段で
ずっと商売しつづけた祖母。
当然、利益は今まで以上でることになり、
さて、それをどうしたかというと
上等な食器を毎月、次々買った。
古瀬戸であったり古伊万里だったり、
あるいは地元の窯の作家物とかを次々買ってく。
しかもそれをコレクションにするのでなくて、
惜しげも無く普段の営業に使って料理をふるまった。
その贅沢におなじみさんはみんな感謝し、
街一番のお店としての名前はどんどん高まっていく。
お客様のお陰で借金を返させてもらった人がすべきこと。
それは「利益還元セール」ではなく、
「お金で買えぬ夢と贅沢」を
提供して差し上げることなんだと、
ずっと祖母はいっていた。
飲食業は商売であると同時に文化でもある。
商売なら安売りすることもできるけど、
文化を安売りするなんて恥ずかしいことできるもんか‥‥。
そんなことをしたら同業の人に申し訳ない‥‥、
とそんなコトも言っていたのです。


その話をボクはパートナーにし、
だからボクは安売りだけはしたくないんだと。
そういうボクを彼はそのとおりだと僕も思うよと、
結局ボクらは金利を払わなくていい分だけ、
ユッタリとした客席と、
ちょっと上等な料理を用意してお客様をもてなした。
それが「資金をもった人が飲食業に参入する」際の、
仁義だろうと思ったからです。

 

2013-12-12-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN