046 超えてはならない一線のこと。その17あるラーメン店の秘密。

昔、学生が集まる街に
安くておいしいので有名なラーメン店がありました。
細めの縮れた麺にスッキリとした醤油スープ。
茹でたもやしと刻んだネギ。
薄切りにした煮たチャーシューにナルトがのった、
とても普通のラーメンなんだけど、
どうすれば安くてこんなに
おいしいラーメンが出来るんだろう‥‥、
と、みんな不思議に思ってた。
その秘密を知りたくて、
ラーメンの商品作りを生業にしている人と一緒に
開店前の店を訪ねた。
彼もこの店のラーメンが、
あの安さでなんでこんなにおいしくなるのか、
知りたくってしょうがなかった。
それで一緒にでかけたのです。



ここのラーメンがおいしくて、
作り方を教わることができればと思ってまいりました。

店の主人にそう言いました。
うちのラーメンに特別な秘密なんてないよ。
だから、教えることはできないんだ。
でも作り方を「見たい」のだったら
勝手口から作る手元をみて見るかい? と。
ボクらはそれで充分で、勝手口へと回って立った。

厨房の中に入れてやれればいいんだけれど。
ご覧の通り、一人入ればいっぱいだから‥‥、と。
確かに小さな厨房。
そこにスープが入った寸胴鍋に、
麺を茹でるための大きな釜。
チャーシューを煮るための鍋なのでしょう‥‥、
油の浮いた醤油ダレのようなモノが蓄えられた鍋が
ズラリと並んでいます。

普通の鶏ガラスープだなぁ‥‥。
ラーメンのプロはそう言います。
ただ、「鍋の温度が高い」とも言う。
スープの風味がこわれぬように、
普通はぬるめに温度を保つ。
けれどここでは、
沸騰するかしないかのギリギリのところで
温度をずっと保っているというのです。

長時間はもたないな‥‥。
なるほどこの店。スープが売り切れ仕舞いの店で、
オープンしてから3時間から4時間くらいで終わっちゃう。
そのくらいなら、このやり方でも
スープの味はなんとかなる。
スープを注ぐ丼も湯煎で熱々。
食べたときには、それほど熱々に感じなかったけど、
不思議だなぁ‥‥、って、
店主は秘密はないからというにもかかわらず、
そこらじゅうに秘密の種が
転がっているようにしかみえない厨房。



ラーメン作りがはじまります。

まず湯煎されてた丼を取り出し、
そこに何か透明な白い粉をサラサラ入れる。
かなり大量。
テーブルスプーン1杯分ほどを入れるのですね。
丼の底はキラキラ光る。

化学調味料が入っていると思っていたけど、
これほど大量に入っているとは思わなかった。
度がすぎるとえぐみや雑味が出てしまい、
舌が疲れてむしろおいしくなくなっちゃうのが化学調味料。
だから絶対、こんな量は使わない。

そういう彼を尻目に次々、
並べた丼に透明な粉をサラサラ入れる。
そして今度は、おたまをタレの入った鍋に突っ込んで、
大量の脂と一緒にすくい上げる。
すくい上げたそれをすぐに丼に注いでいくのかと思ったら、
火のついたレンジの上でしばらく煽る。
脂が軽く沸騰します。
それをすかさず、丼の中に注いでいく。
ジャッと湿った音がして、
一瞬にして白い粉に熱が入ってそれがとろける。
もう一方の手に別のおたまを握ってスープを、
そこに注いでかき混ぜる。

化学調味料は高温で焼ききることで、えぐみが消える。
動物性の脂の旨味や風味が
化学調味料の弱点を補う役目もしてくれる。
なるほど、それであれほど大量に使っていながら、
そのおいしさを失わないんだ‥‥、と、まず感心。

ところで麺はまだ茹でてないよね。
どうするんだ‥‥、と思っていると、
おもむろに麺をつかんで湯に落とす。
丼の中のスープはどんどん冷めていく。
冷めていくけど、もともと高温。
だからあとから麺を茹で、
それが茹で上がるタイミングこそが、
スープが適温になるというわけ。

つまりその店のラーメンが、安いくせしておいしいわけは、
普通の店が使わぬ量の化学調味料を使っているから。
化学調味料とは、安価においしさを作り出すための
魔法の粉であるわけです。
だからそれを使えば、絶対的に安い料理を創造できる。

けれど、安くしてやれと使いすぎると逆効果。
例えば、おいしいのだけど、
食べてる途中で無性に水を飲みたくなる
料理に出会うことがある。
しかもそのとき。
ただの水を飲んでいるのに、
水が甘くておいしく感じることがある。
それは、その料理が必要以上の化学調味料を使っていて、
それに舌が疲れてしまった証拠なのです。

おいしすぎると、舌が疲れる。
疲れた舌が、洗ってちょうだい!
ってお水をねだった‥‥、というわけですね。



けれどこの店。
そういう感じがあまりなく、
「過ぎている」のにおいしく感じる理由があった。

ボクらは見てきたとおりにラーメンを作ってみました。
化学調味料と言ってもいくつもの種類があって、
どれがいいんだ。
どの組み合わせがいいんだろう‥‥、って、
試行錯誤をしながら程よいブレンドを発見し、
熱々にした丼と熱した脂、
熱々スープに大量に化学調味料でスープを作った。
その出来栄えは見事なもので、
入れるスープが少々薄かろうが、
若干劣化して風味が壊れていようが、
しっかりそれらを修復し、
あまりあるほどに化学調味料の力は強い。

ただそれをラーメンにして食べてみると、
どこか違和感を感じるのです。
それがどんな違和感で、どういう理由の違和感だったか。
また来週といたしましょう。


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2016-02-11-THU



     
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN