糸井 |
震災のあと、ぼくも佐々木さんと同じように
自分にできることはなんだろうって
考えたんですけど、
やっぱりなかなか思いつかないわけです。
でも、ぼくは「社長」っていう立場でもあるので、
社員と、社員の家族のことまで含めて
自分の責任のことを考えると、
黙ってるわけにはいかないっていうのがあって。
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佐々木 |
ああ、そうですよね。
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糸井 |
そのあたりのことは、
『できることをしよう。』という本の
インタビューのときにも答えているんですが、
まず、できないことを言うのはやめようと思った。
つまり、ヘリコプターをチャーターして助けに行く、
なんてことをやれるような
スペシャリストじゃないぞ俺は、と。
医者でもないし、道もないところに
駆けつけたからってなんにもできないし。
だからといって、
どこどこに孤立した人がいます
っていうのをリツイートし合って、
救援部隊の数が限られているときに、
危ないぞ、危ないぞって、
でかい声だしてるのも怖いなと。
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佐々木 |
はい。
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糸井 |
で、考えて、けっきょく言ったことは、
お金についての提案でした。寄付ですね。
どう考えてもお金は必要になるし、
この規模は、ちょっとのお金じゃないってことを
みんな、わかろうよ、って言ったんですね。
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佐々木 |
なるほど。
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糸井 |
で、あとは逃げる人、逃げない人、
ぜんぶの選択をそれぞれに尊重しよう、
っていうこともいいました。
ようするに、アイデアではなく、
ふつうに考えられることだけを
言ったつもりだったんですね。
それを言い続けることで、
最初のひと月はもたせましたね。
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佐々木 |
もたせたっていうのは、
糸井さん自身の気持ちを?
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糸井 |
自分の当事者意識をもたせた。
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佐々木 |
ああ、なるほど。
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糸井 |
でも、その、自分の範囲で
言えることだけを言い続けるっていうのは
けっこう簡単じゃなかったですね。
というのは、いろんな情報に目を通していると、
役に立てそうなことがいっぱいあるんで。
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佐々木 |
わかります。
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糸井 |
そういうことも含めて、
やっぱり混乱があったんだと思う。
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佐々木 |
実際、あのころは、
自分の範囲の外にある
たいへんなことを言うだけ言って、
なんとなく気持ちよくなっちゃってる、
みたいな人をすごく目にしましたよね。
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糸井 |
はい。
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佐々木 |
ひとつ、覚えているのは、
「日本ユニバ」というNPOがあって、
震災1週間後くらいのときに、
孤立被災地の支援活動をしていたんです。
で、そこから、孤立被災者が凍死しかかってる、
みたいな情報がどんどん流れてきた。
ところがそのころは、
その手の情報がたくさんあって
真偽がわからないんですね。
ほんとのこともあるし、デマだったりもするし、
情報が流れた瞬間は孤立してたけど
いまはとっくに解消している、なんてこともあって、
もう、なにがほんとだか、わからないわけです。
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糸井 |
生きて動いてるんですよね、状況がね。
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佐々木 |
そうなんです。
そのあたりの区別がつかない。
だから、日本ユニバからの情報をリツイートすると、
そんな話は聞いたことがない、デマでしょう、
みたいなことを言われたりする。
それで、しょうがないから、
日本ユニバに直接電話してみたら、
「いや、デマじゃありません」と。
実際にヘリで行って確認した情報だって言うんです。
そのあと、千代田区にある
日本ユニバの事務所に直接行って取材すると、
彼らがやってることはすごくリアルで、
実際にツイッター上で飛び交ってる
「どこどこが孤立してます」っていう情報に対して
電話を入れたりして、ぜんぶ確認してるんです。
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糸井 |
はぁー。
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佐々木 |
で、実際に問い合わせてみると、
まぁ、90パーセントがデマだと。
でも、こことここはほんとうに孤立している、
みたいなこともわかるわけです。
つまり、ネットやツイッターで
ぐるぐるぐるぐる情報を回しているよりも
直接、違うアクションを起こすだけで
わかることがたくさんある。
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糸井 |
うん。
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佐々木 |
逆にいうと、
何万人もがツイッターで情報を回してるわりに、
電話でたしかめるようなことは
誰もしてなかったりするんですよ。
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糸井 |
はいはいはい。
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佐々木 |
そのNPOは実際に電話入れて確認してる。
なるほど、こういうものがリアルな力なのか
っていうのを、すごく実感したんです。
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糸井 |
実行できるキャパシティが限られているときに、
大きな動機がどれだけ拡散しても
意味がないんですよね。
やっぱり、非常時には、実行のところで
どれだけ参画できるかっていうのが重要で。
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佐々木 |
そうなんです。
とくに、震災の後は、
被災地と東京の温度差がすごくあって、
「なんかやんなきゃ」っていう気持ちが
東京ですごく盛り上がって、
たとえばウェブの業界では
被災地に物資を送るプロジェクトとか、
避難している人たちに家を貸してあげる
ハウスシェアリングのサービスとかが
たくさん立ち上がったんですけど、
実際に聞いてみると被災地では
ほとんど利用されていない。
なぜかというと、そういうサービスが
対象としている人たちが高齢者だったり、
避難所にパソコンがなかったりして、
求められている情報やものと、
東京でみんなが盛り上がっていることが
まったくつながってなかったんです。
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糸井 |
いまもそういう傾向があるんですけど、
インターネットにつながってないっていう人口を
インターネットの人たちは、
わりとなめてるんですよね。
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佐々木 |
そうなんですよね。
やっぱり、ネットって、すばらしい空間なので、
そのなかで完結しちゃってるから、
その外側を、いまひとつイメージしきれない。
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糸井 |
そういうことなんですね。
当たり前のことなんですけど、
ネットがなくても成立している場所が
もともとあったわけだし、
それはいまもあるんです。
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佐々木 |
はい。
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糸井 |
その想像力が要求されるんですよね。
そういうことは、
ぼくも現場に立ったときに思い知りました。
三陸新報とか河北新報とか、
現地の新聞をつくっている方に
お会いして話を聞くと、
それこそ「たずねびと」が
新聞のいちばん重要な使命だったりする。
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佐々木 |
ああー、なるほど。
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糸井 |
今日はどこどこで配給があります、とかね。
もう、当たり前にそういう情報が求められていて
そういう記事を新聞は載せている。
そのリアリティーみたいなものに対して、
やっぱり、すごいなと思うんです。 |
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(つづきます) |