糸井
『愛を積むひと』を観て、ぼくが感じたのは
「死の扱い」がライトだということなんです。
しかも、
「これはみんなが納得してやってるな」
って思ったんです。
佐藤さんは、そのあたりをどう思ってますか?
佐藤
この映画の話でいうと、
死って、重いだけではなく、
裏返すと軽さになると思うんです。
要するに、それによって
次の人生がはじまっていくという
部分もあると思うんですよ。
それはもう、脈々と続いてきた
日本人の宗教観なのかもしれないですね。
糸井
そういうライトな死の扱いって、
外国人から見たら、びっくりしますよね。
しかも、この映画では、
「希望」と「死ぬこと」が重ねあわせで
存在しているように見えるし。
うちの奥さんが引き受けた理由って、
そのあたりも要因なのかなと思うんです。
そういう話は家ではできないんですけどね(笑)。
佐藤さんも、
「そういう映画にするんだ」って
確信してやってると思うんですよ。
佐藤
あぁ、はい。
糸井
悲しんでるシーンとかも
上手に流してますよね。どんよりさせないで。
佐藤
そうですね。
糸井
この映画には夫婦で来るお客さんが
いっぱいいるだろうなと想像できるし、
そういう方たちが、
「あ、これ、アリだな」と思えるような気がする。
佐藤
そうあってほしいと思います。
結婚生活において、
パートナーに対する思いというのは、
時間が経つにつれ変容しますよね。
若いころのパートナーと、
自分たちが老いて
「これからどうやって生きていこうか」
ってことを考えたときのパートナーって、
意味合いがまったく違うわけですから。
糸井
そうですね。
佐藤
映画では、
パートナーである妻がいなくなった後、
片腕をもがれるような思いの中で、
こんどは、自分が若いときにできなかった
「人を赦す」ということが
テーマになってきます。
人を赦すということ自体が、
残りわずかな自分の未来の希望になってくる。
で、それは「奥さん」が、
「それができないと、
 あなたは1人で生きていけない」
ということを、手紙の中でずっと
諭してくれていたからこそ、できることで。
糸井
そうでしょうね。
あの「奥さん」は、
ものすごく辛抱強い人ですねえ(笑)、
いちばん男らしいというか、
父親の役を兼ねてますよね。
佐藤
そうだと思います。
糸井
で、まぁ、それは日本の、わりと普通の
夫婦の姿のような気がするんですよ。
日本のお母さんって、実は、
お父さんっていう長男を抱えてる、
「お父さんお母さん」なんですよね。
佐藤
そうですね。
男は、給料袋を渡したりして
威厳を保とうとするけど、
本当の立場は逆、というような。
糸井
家の経営は奥さん側だったりしますからね。
この映画でも、あの「奥さん」が
「手紙」という台本を「夫」に渡して、
死んでからも続けていたのは、親父役ですよ。
やってることは、お父さん(笑)。
本当のあの人自身が
そういう人じゃないだけに、おもしろいです。
佐藤
(笑)
糸井
夫婦でこの映画を観たときに、
お母さんたちは、「ほらね」とか言って、
自慢するような気がするんですよね。
お父さんの側は、奥さんのことを
「ありがたいね」って心の中で思って。
で、映画館を出て
帰りにちょっと2人でご飯でも食べて‥‥みたいな。
佐藤
双方がまったく違うベクトルを向いてるんだけど、
「よかったね」って顔を見合わせるような。
映画を観て、そういうふうに
感じてもらえたらいいなと思います。
糸井
寄り添う夫婦でも
なんでもないわけですからね。
そういう意味で、
「この映画、なんか新しいことが
 できたかもしれないよ」と思って、
「うちで取り上げてみたい」って言ったんです。
それから、この土地の四季の景色を含めて
お皿を仕上げてくれたプロデュース感覚も、
みんなでさんざん考えた結果なんだろうなと感じて、
好感の持てる映画だって思いました。
映画って、みんなで作るものだなぁ、って、
すごくやさしい気持ちにさせてくれたというか。
佐藤
そうですね。
この映画って、若い人が観たら、
たとえば、登場人物の
「あいつが許せない」
みたいな気持ちにもなると思うんです。
糸井
うんうん(笑)。
佐藤
でも、ある程度年をとったら、
許す、つまり「赦す」ってことは、
結局、自分に返ってくると思うんです。
糸井
返ってきますね。
なんていうんだろう、
その、「許せない」と言ってる物事って、
はっきり言って、小さいものですよね。
その小さいものに関わり合ってるって自体、
自分を小さくすることでもあるし。
佐藤
うん。
糸井
その小さいものを、
「この野郎」って言いながら
追っかけていくシーンを作っちゃったら、
その小ささの話になる。
悪い人間を追っかけていく映画だってあるんだけど、
そこをあえて描かないのが
この映画の気持ちのいいところだし、
「あぁ、そういうことについて、
 全部考えてやってるんだろうな」って、
作る側の思い切りの良さを感じたんですよ。
佐藤
因果の話でも、復讐の話でもないですからね。
糸井
ない。
そこの小ささに関わらない、
石を積む主人公がいる。
この映画特有の、鷹揚な、広々した感覚は、
「たまには映画館で観たら?」
みたいな気持ちになれる。
あ、なんだか宣伝みたいなことを
ぼくが言ってますけど(笑)。
佐藤
(笑)
テイスト的には、たぶん、
日本人の万人に受ける話ではあると思っています。
作品の質感として。
糸井
そうそう質感。
質感って言葉は、本当にいいなぁ。
でも、こんなふうに
プロデューサーが喋るようなことを
ぼくらが話してるっていうのは、変な時代ですね。
一同
(笑)
糸井
しかし、佐藤さん、
いっぱい喋ってくれるじゃないですか(笑)。
佐藤
普通に喋りますよ。
糸井
ねぇ。
佐藤
実はそんな寡黙な人間じゃないですから(笑)。
糸井
(笑)
どうも、ありがとうございました。


(2人の対談はこれでおわります。
 最後までお読みいただき、ありがとうございました!)
写真:池田晶紀(ゆかい
佐藤浩市さんメイク:辰巳彩(六本木美容室)、スタイリング:喜多尾祥之
2015-06-26-FRI
©HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN