映画の贅沢。
北海道・美瑛町で佐藤浩市さんと話しました。

佐藤浩市さんのプロフィール

1960年生まれ、東京都出身。
80年、TVドラマ「続・続 事件~月の景色~」(NHK)でデビュー。
映画初出演作品となる『青春の門』(1981)で
日本アカデミー賞とブルーリボン賞の新人俳優賞を受賞。
その後『忠臣蔵外伝 四谷怪談』(1994)で
日本アカデミー賞最優秀主演男優賞、
『ホワイトアウト』(2000)、『壬生義士伝』(2003)で
日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞。
父は俳優の三國連太郎。

映画『愛を積むひと』は、
佐藤浩市さんと樋口可南子さんが
夫婦役を演じています。
この映画をいちはやく観た糸井は、
「とてもやさしい気持ちになった」と言います。
このたび、佐藤浩市さんとの対談が決まり、
映画の舞台となった北海道の美瑛(びえい)町で
初対面のふたりは落ち合うことになりました。
変わりゆく映画界の話を中心に、
ふたりの会話はおだやかに、
静かな情熱を持って、続きました。
全6回、どうぞご覧ください。

よく晴れた6月のある日、
糸井を乗せた飛行機が
北海道の旭川空港に到着しました。
この日は、映画『愛を積むひと』で
主役を務めた佐藤浩市さんと、
はじめてお会いする日です。

旭川空港からはタクシーで
映画の舞台となった美瑛(びえい)町に向かいます。
その車中、糸井は同行のカメラマンと
『北の国から』の話で盛り上がったり、
窓の外の緑をじっと見つめたり。
運転手さんは、
「あそこに見えるのは、十勝岳で‥‥」と
目に映る風景を説明してくれます。

ゆっくりと進んでいたタクシーが
十字路の直前で、突然停まりました。
運転手さんは、
「ここを曲がるのかなぁ」
とつぶやきながら、
近くのお店の人に道をたずねるために、
車を降りていきました。
それも無理はありません。
映画会社の方からいただいた地図はあるものの、
我々が向かおうとしているのは
そもそも住所が存在しない、
映画の撮影のためだけに建てられた家なんです。

空港を出発してから約30分、
どうにかたどり着いたその場所には、
映画のシーンそのままの
すばらしい風景が広がっていました。

初夏の気持ちのいい風と
景色を堪能していると、ほどなくして
佐藤浩市さんを乗せた車が到着しました。

ふたりは、「はじめまして」の挨拶を交わし、
映画の重要なモチーフとなった
石塀を見てまわることに。

はじめまして、のふたり。
後ろにある家は、映画の撮影のために建てられたもの。
糸井
(石塀を見ながら)
佐藤さん、この石を積むシーン、
本気でやってましたよね。
佐藤
あ、そうなんです。
スタッフがフェイクの石も
用意してくれたんですけど、
フェイクを使って撮ると、
どうしても雰囲気が出なくて。
それで本物の石を使ったんですけど、大変でした。
丸一日、石積みだけの日もあって(笑)。
糸井
運ぶだけでもそうとう重かったでしょう。
あの作業は、見ていてちょっと同情しました。
題名の通り、「積む人」だなぁって(笑)。
佐藤
ほんと、そうですね(笑)。
糸井
家の中もひとまわりしてみたいです。
佐藤
見ましょう、見ましょう。
(映画会社のスタッフの方に案内され、ふたりは家の中へ)
糸井
‥‥あ、映画で見たままのキッチンだ。
この場所は、よく使われていましたね。
佐藤
そうですね。
糸井
お風呂も本当についてるし(笑)。
佐藤
実際には入れませんが、
お風呂もよくできてます。
糸井
そうか、そうか。
佐藤
映画では、
「いまシャワー浴びてる」
と言うシーンが一度だけあったんですが、
それ以外でほとんど使うことはなかったんです。
糸井
あぁ。それでも作っておいて
演じてるみんなが
「ある」と信じてるのがいいんでしょうね。
(リビングに移動して)
糸井
本がたくさんありますね。
佐藤
ぼくが「歴史小説が好き」という設定なので、
司馬遼太郎さんの本などを並べてます。
このあたり、本棚は映っているんですが、
隣に置いてあるレコードは
ジャケットの版権の問題があるから、
あまり撮っちゃいけないんですよ。
糸井
うわぁ。
映画でもそういうことがあるんですか。
佐藤
昔はそういうことは
なかったはずなんですけど、
最近はそうなってるみたいです。
まぁ、そこまで厳しく言う人なんて
いないと思うんですけどね。
糸井
へぇ。
だって、昔はかけているレコードを
映画の中でも
わざと見えるようにしてましたよね。
佐藤
そうでしたねぇ。
いまは大変な時代ですよ。
‥‥では、2階にも上がってみましょうか。
糸井
(階段をのぼりながら)
こういう吹き抜け、
実際に住んでいる地元の人は
なかなか作らないでしょうね。
暖房費がかかっちゃうから。
佐藤
ええ。この家で一番高いのは
冬の暖房費だそうです(笑)。
糸井
あ、でも、そのおかげで、すごい景色!
佐藤
窓が、いいでしょう?
糸井
こ~れは、きれいだ。
この時期はまた特にね。
緑の階層が見事です。
佐藤
窓が額縁みたいに見えますよね。
糸井
ほんとに。
この景色はごちそうですね。
ほらそこ、熊だかリスだかが隠れてそうだし(笑)。
(ふたたび、1階に降ります)
糸井
じゃ、ここに座りましょうか。
(キッチンの椅子に座る)
‥‥あの、佐藤さんは
長く取材されるのがお好きではない、
と噂で聞きました。
たしかに、ゆっくり取材を受けている姿を
ほとんど見たことがないです(笑)。
佐藤
(笑)
結構やるんですけどね。
でも、うーん‥‥。
糸井
飽きちゃう?
佐藤
飽きちゃうんですよねぇ(笑)。
というか、映画のキャンペーンとかで、
何度も同じ話をしなきゃいけないというのが‥‥。
糸井
あぁ、それは嫌ですよね。
佐藤
ぼくらが映画にかかわりはじめたころって
キャンペーンといっても
初日の舞台挨拶くらいだったんです。
糸井
はいはいはい。
佐藤
それが、いまは誰もが
いろんなことをやらなきゃいけない、
というふうになってきているでしょう?
若い人はあまり抵抗がないんでしょうし、
ぼくも、一応やるのが当然だと思ってはいるんですが、
「俺たちは作品の中で勝負してるんだ」
という気持ちもあって。
糸井
勝負し終わってるはずなのに、と。
佐藤
そういう気持ちがありますね。
たぶんテレビ局と映画会社が
タイアップしはじめてから
その傾向が非常に強くなったと思います。
テレビ局側からすると
「だって、宣伝したほうがいいじゃないか」
ということだと思うんですけどね。
糸井
効率的に考えたら、そうなんでしょうね。
映画の出資側にもテレビ局が入ってますから。
佐藤
そういうこともあって、
これまであまり出なかった俳優たちが
バラエティ番組に出るなど
いろいろ状況が変わってきています。
まぁ、そのおかげで彼らの内面とか素顔が見えたり、
いい面も、もちろんあるんですけどね。
糸井
「出るチャンスがあってうれしい」という
新人もいるでしょうしね。
でも、佐藤さんがおっしゃったように、
この状況を「いいんだろうか」と
疑問に思っている人は多いでしょうね。
佐藤
特に、ぼくみたいな古い世代はどうしても、ね。
メディアをいっしょくたに考えるのって、
いまのグローバルな時代には
当然のことかもしれないんですが。
でも、テレビはテレビ、映画は映画
というふうに、そこになにか、
ある種の思いがあった世代から見ると、
ちょっと、「うーん?」って。
表現の世界というのは、
ずいぶんクロスオーバーしはじめたんだなと
思いましたね。
糸井
本当にそうですね。
一時期、三谷幸喜さんも
テレビに出まくってましたし。
佐藤
はい。ただ、三谷さんの場合は、
バラエティに出ても、
それなりに形になるんですよ。
糸井
設定としてOKですよねぇ、
あの人の場合は。
佐藤
そう。本人は真面目にやっていたとしても、
それが不思議とコミカルに見えてしまう(笑)。
糸井
うんうん(笑)。
テレビによって、新たな才能が‥‥。
佐藤
花開いた。
監督なのに、あんなに出演のオファーが来るなんて、
まず他の人にはないことです。
ふつうの監督は堅い映画の話ばかりしちゃって、
場が持たないですよ。
才能ですよね。

(つづきます)
写真:池田晶紀(ゆかい
佐藤浩市さんメイク:辰巳彩(六本木美容室)、スタイリング:喜多尾祥之
2015-06-19-FRI

©HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN