第8回 デザイナーが思う「いい会社」とは?
ほぼ日 ふりかえってみると、
卓さんの
「デザインをやめたい」
という時期の苦しみの原因は、
どういうものだったと思いますか?

「もっと、もっと」の次に出てくるものは

佐藤 はじめの話をくりかえすようですが、
若いときは、
いろいろな意味あいで、
恵まれない状況のなかにいますよね。

「もっといろいろな仕事をやりたいな」

「もっといい環境で仕事をやりたいな」

「もっと
 質の高い仕事をするには
 どうすればいいのだろうかなぁ」

「いいクライアントにも、出会いたい」

もちろん、若いときには、お金もないし
恵まれないから、不満で、力がわいてきます。

やりがいのある仕事を
いただけるようになると、
すごくうれしくて、
つまり「のぞんでいた状況」が、
目の前にあらわれるわけですけど……

不思議なもので、
のぞんだ状況があらわれると、次は、
「このままで、
 ほんとに、イイのだろうか?」
「きびしい環境に、
 自分をおかなければ……」
と思うようになるというか、
思いこんでしまったんですよね。


それから、たぶん、
思いなやむ原因としては、
「身体的な疲労」があったのかもしれません。

カラダをわるくしたことも、
それまでほとんどなくて、
生まれてはじめてでしたから、

「それはまだ、たいしたことないよ!」

「そんなこと、誰でも思うことで……
 何をそんなに深刻に考えているの?」

と、知人からは言われたぐらいなんです。
だからある意味、ぼくは、精神的には、
とても弱かったのかもしれません。

自分には、おおきなことでしたけど、
心療内科というところにはじめて出かけたら、
自分に比べて、
かなり重篤なかたがたが、多数派だった……。
「自分は、深刻ではないのかもしれない」
そういう感触も、
いってみないとわからなかったわけです。

「このまま目を閉じていたら、
 どうなってしまうのだろう?」
と、一時は、気がとおくなるようでした。
恐怖を意識すればするほど、
「まずい、まずい……」と
自分を追いこんでいくものでしたから。
まぁ、何十年か生きてきて、
はじめてのことが起きていたものだから、
「ぜんぶ、リセットしちゃおうか」
と考えた、というのが実情ですね。


仕事では
きちんとやるべきことをやりたいし、
アイデアを出さなければいけないときには
アイデアを出していきたい……
たいへんだったときでも、
朦朧としながら、ですけど、
「これは、おもしろいかもしれない」
「よーし、これで、いきましょうか」
と、元気がないながらも、
仕事はできていました。

『にほんごであそぼ』の
デザインをしてましたし、
あたらしい携帯電話のデザインも
手がけていましたから、
仕事をつづけるうちに、
リセットできたのでしょうね。

仕事をやめて海外にいったり、
リセットの方法は
いろいろあるとは思うんですけど、
自分の場合は、
仕事をつづけながら、
いちど、底までいって、
仕事をやりながら、
なんとか、
いちばん深い谷底を、
すこしずつ越えていきました。


まわりから見た人は、
「たいへん」
とは思わなかったでしょうけど。
ぼくは、
ツラさを表面に出すのはイヤなので、
絶対に知らせないようにしていたし、
ふだん、こういうハナシ自体、ぼくは、
あんまり語るようなこともないです。

ただ、
「元気になった」ということは、
「やる気が戻ってきた」
ということですから、
それから、また、
いろいろなものごとが
おもしろくなってきたんです。

デザインは、企業の潜在能力をひきだす

ほぼ日 いくつもの企業と
商品のデザインをとおした
真剣なやりとりをしているうちに、
「いい会社は、こういうものなのかな」
と思うことはありますか?
佐藤 ぼくは、
「会社」については、
自信を持って
なにかを言えるような立場ではないな、
とは思います。

それぞれの会社には、
それぞれ単純ではない歴史がありますし、
会社の歴史が長ければ、
それだけ、いろいろな事情が絡んできます。
そういう歴史や事情が、
会社のなかの、
人と人の力の関係や、
デザインに
大きく影響してしまう……。
具体的に言うなら、
「まるで
 デザインに意識が向かない」
という方向性が
出ることもあるわけです。


自分が仕事をさせていただいた
企業の内部についても、
自分がデザインをとおして知ったのは、
ほんとうにごく一部でしかないので、
なかなか、
「こういうのが、いい会社なのかなぁ」
とかいうことは、
いちがいには言えないにしても……ただ、
「デザインというものは、
 企業の潜在能力をひきだすものだ」

と思っています。

ですから、
自分がたずさわるかどうかは別にしても、
「もっとデザインを
 利用してくれたらいいのにな」

とは思うことがあります。
企業のかたちや
しくみも含めてデザインだ、
と思うところがありますので、
経営者のかたが、デザインマネジメントに
意識を持ってくださるといいな、とも感じます。
日本の企業は、
繊細でいいものを作りますよね。
それから、
耐久性のあるものも作ります。
ただし、
デザインが生かされていないので、
長所がよく見えていないな、
というところは、たぶん、
すごく多いのではないでしょうか。


それは、もったいないし、
外の人間が、
「これは、もったいない」と思ったときに、
ものを言わせてくれる場を作ってくれる会社は、
やはり、いい会社なのかもしれないなと思います。

デザインの仕事は、
「いつまでも、
 たずさわってあげなければならない」
という状態が、いいとは限りません。

もちろん、
長く、いい仕事をつづける、
というのは、おおきなよろこびではあります。
企業は、人事異動がありますから、
開発のチームの中で、
いちばんその商品に長く関わっているのが
ぼくだったりするという仕事も、
うれしく、つづけていますけど、ただ、
「デザイナーの考えを、企業に移植する」
というのが、最も重要なんだと思っています。

ゆくゆくは、離陸して、
デザイナーが手を離しても、
問題なく飛んでゆくのが理想的だと思います。
デザインのチカラを
内在する企業になるのではないでしょうか。
一過性の仕事を、ポンと頼まれて、
「はい、おわり」というものだと、
そういうふうに、ならないんですね。


(次回に、つづきます)
  佐藤卓さんのこれまでの
ほとんどの仕事を見られる大規模な展覧会は、
10月21日に開催されはじめました。
これから3か月間、おこなわれてゆきます。

この3か月のあいだに、
みなさんからのデザインについての質問や
佐藤卓さんの言葉への感想などを、
卓さんに伝えてゆこうと考えておりますので
質問や、感想など、ぜひ、
postman@1101.com
こちらまで、件名を「日常のデザイン」として
お送りいただけると、さいわいです。

2006-11-13-MON

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