わたしのおはし
その1 なぜ糸井重里は三角屋に箸づくりを頼んだのか。
誰もが知る著名な茶道の諸流派家元関係のお客さまが、
直々に茶杓や湯柄杓、竹花入等を依頼する
茶道竹器匠の長尾宗湖さん。
そのキャリアは、60年を超えています。
京都市内の住宅地、
自邸の一部屋を改築した工房をたずねました。
「竹は、竹藪で筍から成長しますが、
 竹藪を直接検分し、何十年間のキャリアの中で
 現在はたいへん少なくなりましたが、
 京都近在の竹は、ほぼ種類等、
 何処にどんな竹がと大体認識しております」
「真竹っていうのは、一番細工するのに適してます。
 なぜか言うたらね、節間(ふしかん)のこともあるし、
 第一、竹の品がいい。細工に適しています」
「竹には切り旬という時季がありましてね、
 9月初旬から11月迄ですが、
 というのもその時季以外に伐採すると
 必ず害虫が出るからです。
 2、3か月程、逆さ立てにして水切りをします。
 そして竹屋さんに頼んで『油抜き』をします。
 天日乾燥して。水分をとってから
 だいたい2年後から使用します」
「普通、一般の竹材店は、特殊な銘竹店を除いて、
 取り扱っている竹、晒(さらし)竹は、
 ほとんど『湯抜き』なんです。
 長い土管にお湯をグラグラ焚いて
 少量の苛性ソーダを加えた中へ、
 スパーッと竹を入れ、
 暫くして竹をサッと引っ張り出して
 青竹の表面に浮き出た油を拭きとり
 数か月、天日乾燥し、白竹に変えます。
 しかし何故か本当の光沢がないんです」
「私の使っている竹は『火焙り』といいまして、
 昔は炭火で焙ったものです。
 今でも希少ながら、伝承されている方もおられます。
 現在は、プロパンの輻射熱です。
 苛性ソーダの湯抜き竹は
 製品として水分を含むと
 跡形がなかなか消えないんです。
 その点、火抜き竹は、芯から油抜きが
 できていますからね、
 あとがきれいなんですよ」
「私のつくる竹のお箸というのは、
 茶懐石で使うお箸から来てますねん。技術は。
 やっぱり形とか手触りとか、
 手作りのあったかみが、どこかがあるんですな。
 それは機械でつくったのとは全然違うんです。
 小刀や鉋(かんな)で削り仕上げていくと、
 やっぱり、一膳一膳、あったかみがある。
 言葉で説明できないのですが、そういうことなんです。
 茶懐石では青竹のお箸を使いますが、
 普通一般的には、白竹、煤竹等ですね」
「茶懐石の箸は、流儀により、また用途に応じて
 形や寸法、節の位置等が変わってきます。
 「このお箸は、七寸八分にしましょう」
 っていったんです。
 これくらいの寸法が
 一番理想的やろうなぁと思うんですね、私は。
 この寸法だったら、手元がいちばんきれいに見える」
「私の仕事は、まず小刀です。
 そして鋸(のこぎり)、鋸(かんな)、
 鑿(のみ)等、いろいろ使いますが、
 でもとにかく小刀が主役ですわ」
「これが私の小刀です。
 硬いですよ、竹の節の所はね。
 硬い部分は、必ず両手を使います」
「そして絶えず研ぐ。研いだら、削る。
 それほど、相手は硬いんですよ」
「お箸を1本削ってみましょうか。
 闇雲に切ってもあきません。
 寸法いうのがありますんで、
 必ず柄の幅を確かめて」
「削り口等は、たとえば羊羹の切り口のように。
 竹っていうのは、けっして真っ直ぐじゃない。
 その部分、部分によって多少の歪みや
 癖があったりするんです。
 木でもみんなそうですけどね。
 それを正して正して逆らわないように」
「決してしんどいことないように見えるでしょ?
 それがプロの仕事なんです」
「削れたでしょう、あっという間に」
「あとはヤスリ、ペーパー、木賊(とくさ)等です。
 これ、持たれたらわかるけど、
 削りたてを持つと、痛いんですよ、角張って。
 それをほんのちょっと、形が崩れん程度に角を取る。
 そうすると、持ってて痛くない。
 ちょっとのことで。ね?
 当たりがいいでしょう?」
「お茶の仕事をしてるから、何でもできるんですよ。
 プロっちゅうのはね、
 どんな仕事を持って来られても断りません。
 『これ、私とこでは、できませんねん』言うたら、
 これ、プロ違います。
 私の場合は、古い古い江戸時代からの古いお道具でも、
 修理の依頼を受け、再生したり、直すことが
 自分自身の勉強になるんです。
 昔の職人さんは工具等
 今以上に道具が無かった時代ですよ。
 私は、その時代に使うてる道具を
 そのまま使うてるかもしれません」
「年齢ですか。満の喜寿です。
 昭和10年生まれですよ。
 4歳の時に両親に死に別れました。
 高校2年の時やったかな、
 明治28年生まれの師匠の所へ弟子入りしたんです。
 というのは学校のグループで
 千利休さんのお師匠さんの村田珠光の
 研究をしとったんです。
 その中で竹っていうことについて、
 なんでこんなもんが評価されるのやろうと思って、
 師匠のところに訊きに行ったら、
 口説かれて。縁というものですか、
 「もうずっとおれ」いうことで弟子入りしました」
「ところが不器用やったんですよ。
 ほんまに不器用やった。
 不器用やから、今までやってますねん。
 器用な人間やったら、もっと他の業界走りまっせ。
 不器用さいうのも大事なんですよ。
 人が3年かかるとこね、5年かかったって、
 かまいやしまへんねん。
 きちっとしたものができれば、それでいいんですわ」
『これでもか、これでもか』
 ってやっていくんですわ。それと同時に、
 『これでいいのやろか? これでいいのやろか?』
 という、そういうのをね、絶えず感じて。
 職人いうんはね、自信も大切ですが、
 怖れを持たなあかん。
 世の中広いから、僕以上のもんをする人が絶対ある。
 『これ、僕でできるんやろうかな?』と思うた時に、
 背筋がビーッと寒うなりますわ。
 こんな経験、何回もあります。
 それを克服して、ちょっとでも近づいて、
 『追いつき追い越せ』式で今に至るんです」

あすは「拭漆」の東端唯さんのところにお邪魔します。
2013-09-02-MON
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