今回、ほぼ日では、はじめて登場する
「強撚ウールニット長袖」の糸をつくったのが、
(株)I.S.Tという会社です。
カシミヤに近い非常に繊維の細い原料を使っていて、
単糸に強く撚りをかけた後に双糸にすることで、
シャリ感のあるドライな風合いと
高い堅牢性が生まれています。
「強撚ウールニット長袖」は、
肌着みたいに素肌に直接着ると
気持ちいいセーター。
チクチクせず、さらっとした着心地で、
ホールガーメントで縫い目のない仕様のため、
肌ざわりがよく、伸縮性にすぐれていて
のびのび過ごせます。
3シーズン、ヘビーユースできるのが特長です。
MITTANの三谷さんと、
I.S.T東京事務所の高島さん、
本社からは広報の高井さん、
岐阜羽島事業所の瀧口さん、
そして現場で糸の開発を担当している小西さんの、
糸のおはなしです。
東京、岐阜、滋賀をビデオ会議でつないで、
お話をうかがいました。
「世の中にないもの」をモットーに。
- 三谷
- 今回、「強撚ウールニット長袖」には、
I.S.Tさんの「FES502」という糸を
使わせていただきました。
その糸のことや、
会社の成り立ちなどを聞かせてください。 - 高井
- I.S.Tは、1983年に研究開発を行って、
その技術を販売する会社として設立されました。
最高峰の技術を目指すという意味を込めて、
Industrial Summit Technologyの頭文字から、
I.S.Tと名付けました。
主力の製品は、トナー定着チューブといって、
レーザープリンターとか
複写機の心臓部分にあたるものですね。
OA機器の部材を中心に、
他社にはない機能性材料の開発・製造をしています。 - 高島
- うちの会社は、こういうケミカルなところが主体で。
テキスタイルは、
全体から見ると規模が小さいほうなんですよ。 - 高井
- ポリイミドという耐熱性と強度に優れた樹脂や、
不燃繊維やテキスタイルの素材など、
分野を問わず、自社で開発して製造しています。
社員のうち、3分の1が
研究開発に携わっている、
というのも特長ですね。
「世の中にないもの」をモットーに、
試作や生産のための設備も社内で開発して、
開発から製造まで一貫して行っています。
開発した技術やノウハウは門外不出として守り、
製品の付加価値を高く維持しています。
テキスタイル業界へ参入したのは2003年です。
創業者で、現在は会長の阪根勇が、
新たな挑戦をしたい、と、
120年の歴史を持ちながら廃業の危機にあった
日興毛織の紡績・毛織物事業を
買収したことがきっかけです。
ベンチャー企業を新たに立ち上げるよりも、
数百人規模の業績不振の伝統産業を立て直す方が、
経済効果が高いのではないかと考えたんですね。
I.S.Tの、OA機器の部材などの既存の事業は
若手に任せて、
阪根自身が立て直しに乗り出しました。
時代に応じたニーズに合わせて開発を行えば、
成熟した伝統産業でも必ず新しい成長がある、
これを証明したいという想いがあったんですね。
- 高島
- 日興毛織の時代は、官民のユニフォームとか、
ニットの糸ではなくて、
生地を作るのがメインでした。
今も定番で使ってくださる
ブランドさんもありますけれど。
うちが参入した頃は、中国が台頭してきて、
紡績でも他社にないものをやっていかなければ、
このままではダメだろう、という状況でした。
そこで2008年に新しい素材としてできたのが、
「カール・カール(Karl Karl)」です。
それまで使っていた
ふつうの生地を作る梳毛紡機を、
自社で改造して作ったんです。
よそにはマネのできない製造特許を取って、
オリジナルの素材で勝負しようと。
厳しい時代が長く続いてきた
第一次産業の紡績だけど、
オリジナル性があって、
よそにないものができれば、
評価をいただけるんじゃないかということで、
2008年から通常のものはほぼやめて、
ニット用の糸に力を入れ始めたんです。 - 高井
- 軽くて暖かいウール糸の
「カール・カール(Karl Karl)」に続き、
コットンで軽くて柔らかい
「カルメン(CARMEN)」、
ストレッチ性と綺麗な表面感を兼ね備えた
「キットフィット(Kit Fit)」など、
次々に新しいテキスタイル素材を
開発していきました。
今では他社にない素材として
世界中のブランドに認知されて、
事業を拡大していっています。 - 高島
- 創業者で今の会長の阪根って、
もともと住友電工にいて、
空気を通して水を弾く
フッ素膜の開発をやってた人なんですよ。
その技術を海外の大手メーカーにライセンスし、
アウトドア用品で世界的に有名になりました。
阪根はほかにも、医療に使われる人工肺とか、
みんな使ってるフッ素コートの
フライパンや炊飯釜の開発もしてたらしいです。
とにかく世の中にないもの、
お客さんや消費者が使いやすくて、
他社にない、新しいものを
開発していこうという人で、
そんな人が創業者なので、
会社の考え方は、すべての分野において、
「他社にないもの」。
テキスタイルもそうだし、
OAも、他の部分も。
日興毛織の紡績・毛織物事業を買収する前から、
不燃素材、
燃えない繊維というものを
手がけていたんですよ。
難燃ではなくて不燃なんです。
- 瀧口
- そうなんです。まったく燃えない。
私自身、この不燃繊維の事業を
ずっと長くやってるんですが、
本当に、他にはない糸と織物なんですよ。 - 高島
- キャンプなんかで火を扱うときって、
高級ダウンに火が飛ぶと穴があいちゃいますよね。
この繊維は、ライターの火を直接当てても、
燃えないんです。
今はアウトドアのニーズも
大きくなっていますけれど、
長野新幹線の「あさま」やロマンスカーの内装、
音楽ホール、学校のような
公共性の高い建築物の内装には
燃えない繊維って必要で、
けっこう使われているんですよ。 - 瀧口
- この不燃繊維が、
I.S.Tの一番最初の事業なんです。
もともと、阪根が
フッ素樹脂関係の開発をしてましたので、
まったく燃えないガラスの繊維と
フッ素樹脂とを複合させて、
燃えない糸を作ったのが会社の始まりなんですね。 - 三谷
- 技術を門外不出にされているというのも、
独自の技術を大事にされてるからこそなんですね。 - 瀧口
- 非常に変わった開発というか、
そういうことにこだわった企業なんですよね。 - 高島
- テキスタイルは、岐阜羽島でやっています。
もとの日興毛織の、
敷地面積が20,000坪の工場です。
そこではテキスタイルのほか、
不燃繊維に関わる事業ですとか、
ポリイミド樹脂の一部も
クリーンルームで開発や製造しています。
今回使っていただいた「FES502」も、
岐阜羽島工場で生まれたんです。
だから、いわゆる普通の紡績会社とは
ちょっと違うかな、と。
率直に言うと、変わった会社なんですよね。 - 三谷
- (笑)いろいろなテキスタイル関係の
会社にお伺いしますけれど、
飛び抜けて変わってますね。 - 瀧口
- 変わってる会社ですし、
開発型の企業なので
個性的な人間がたくさんいますね。 - 三谷
- ああ、素晴らしいですね。
糸のクオリティで
できあがる服はぜんぜん違う。
- 三谷
- 今回の糸、「FES502」は、拝見したときに、
なんでこんな糸作ったんだろうって
思ったんですよね。おどろきました。
そもそもこの糸を作ろうという
経緯はなんだったんでしょうか。 - 小西
- 普通の糸はもう作らない、
うちしかできない糸でやっていきますよ、となって、
まずは「カール・カール」ができたんですが、
社内のニット販売の企画開発のメンバーから、
「カール・カール」を展開させて、
プラスアルファ、
なにかちょっと変えたものを作りたい、
そんな意見が出てきたわけです。
それでいろんな市場や展示会を見ている中で、
強撚というものがあったんですね。
ただし、すでにあるような強撚では意味がない。
うちらしい、独自の強撚を、と、
詰めていったんです。 - 高島
- 「カール・カール」って、フワフワした、
カジュアルっぽい、冬の素材の糸なんですよ。
私たち営業としては、
対照的なウール素材が欲しい。
初秋や梅春に使えるものとして、
強撚という話が出て、
当時の企画営業が小西を入れて試行錯誤して、
それで作ってくれたという感じですね。
シャリ感があって、
ウール原料の良さもあって、
上品な感じに仕上がったと思うんです。
- 三谷
- 一般の強撚糸に比べて、ソフト感を保ちつつ、
適度なハリコシを備えた、
ということですけれど、
それは繊維の細さが影響しているんですか。 - 小西
- いや、やっぱり撚りの強さですね。
単純に言えば、撚りをかけるところで、
より強く回転させるということなんですけど、
ただ、そうすると、
いろいろな不具合が出て来るんです。
とてもじゃないけど、糸が耐えられない。
前工程からずっと、準備が必要なんですが、
一般的な工場では、
そこまではしていないのが普通なんです。
われわれは、設備改造も全部やってるんです。
全体の工程の原理や流れを押さえながら作っていく。
それが品質の作り込みなんです。
品質まで押さえるとなると、
かなりレベルの高い話になってきます。
だから「FES 502」も、
普通の精紡機で作ろうとしても、
パッとできるものではないんですよ。
現場としてはいろいろ苦労してる
というのが実態なんです。 - 三谷
- 同じようなものを見たことがなかったので、
この細さでどうやって、って思っていました。
糸自体のクオリティはすごく高いと僕は感じています。
使わせていただいて、まったくエラーもなかったですし。
あと、お客様からとても好評をいただいているんですよ。
- 小西
- もともとI.S.Tのスタンスとしては、
エンドユーザーの意見をしっかり聞いて、
それを現場でのものづくりに反映させて、
より挑戦的なもの、変わったものを作りたい。
糸から変えていきたい、というのが、
お客さんの要望として絶えずあります。
そういうときに、われわれとしては、
今すでにある糸をご提案するよりも、
なにか変わったところがあるものにしたい。
糸の風合いとか、かさ高とか、
細さやストレッチ性に挑戦したものであるとか、
ご希望をよく聞いて、
目指すべきところを明確にしたうえで、
仕様を調整したものを販売したいんですよ。
お客さんとの開発コラボということですよね。
そのためには、設備に手を加えてみたり、
場合によっては原料を変えてみたりして、
より違った付加価値のあるものにしていく。
お客さんにもご苦労、ご迷惑をおかけしますけれど、
しっかり協力して作っていけば、
ありがたいことに、そうやって一緒に取り組んで、
10年以上、続いているところもありますからね。 - 高島
- たとえば「カール・カール」は、
本来ウールで作っていますけれど、
とあるアウトドアブランドからのオファーで、
ウールポリエステルやポリエステル100%のものを、
ご希望を聞きながら一緒に作ったんです。
製品のデビューまで2年、開発にかかりました。
ウールに限らず、うちの紡績技術で、
いろんなものを新しく作れるんですよ。 - 三谷
- うちも機屋さんと一緒に、色々と協力して、
生地の開発をしたりもしているんですけれど。
やっぱり糸っていうのは代え難いといいますか、
同じように織っても、糸のクオリティによって、
出来上がるものが全然違ってくるんですよね。
糸はほんとに大事だなというのは、
特に痛感しているところなんです。
だからこそ「FES502」には魅力を感じました。
ホールガーメント(無縫製)で
さらに気持ちよく。
- 三谷
- 今回の「FES502」の製品は、
金泉ニットさんで
ホールガーメントで編んでもらっています。
そもそも提案してくれたのは
以前、金泉ニットにいた渋谷くんで。 - 高島
- 金泉ニットさんは、私が担当なんですよ。
渋谷くんも知ってます。 - 三谷
- 素材とか、組織も合わせて
一緒に考えて作ったんです。
鹿の子を変形させたような組織で編んでるので、
肌にあんまり触れなくて、サラッとしてて。
強撚の良さがいかせてると思います。
もともとこれは、肌着みたいに、
素肌に着られるセーターとして
ご提案しているんです。 - 高島
- 強撚だから、肌触りがちょっとザラッとしていて、
スーツでいうサマーウールの良さが
ダイレクトにわかるようなニットになってますよね。
普通のセーターみたいに、
ポテッとした感じがなくて。 - 三谷
- そうですね。
1年中着られるって言う方もいらっしゃいます。
実際僕も真夏に着てたんですけど、真夏でも大丈夫。 - 高島
- 意外と汗も吸うんですよね。
- 三谷
- だから湿度が高いときでも、
もちろん大丈夫ですし。
ちょっと肌寒いようなときにも使えるし。
家の中でももちろん快適だし。
これを素肌に着たまま寝てても
目が覚めないという。(笑)
- 高島
- ホールガーメントだし。
- 三谷
- そうなんです。
ホールガーメント(無縫製)で、
縫い目がないから肌あたりがいいですし、
伸縮性もいいので、
むしろよく眠れるみたいな。 - 小西
- あとは、連続して着たとき、
匂いはどうかということがね。 - 三谷
- 家で洗濯できますし、
薄手ですぐに乾くから、
そう連続させなくてもいいんですが。
でも、うちのスタッフで
連続して着た者がおりまして。
インドに2週間行ったんですよ。
2週間、着たきりスズメで、
途中ほとんど洗わなくても全然匂わないし、
出国したときと、帰って来たときの服の表情が
全然変わってないというのに驚いたんです。
へたれないというか。
ちゃんときれいなシルエットを
保ったまま帰って来た。
僕も、天然繊維というのは、
もともと機能性がものすごくある
と思っているんです。
その機能性が、ほんとにいい形で強調された、
とてもいい糸だなと思って
使わせていただいています。
(おわり)
MITTANの服、販売は
2020年12月17日(木)午前11:00からです。
昨年大好評だった
「ウルグアイの羊のセーター」の新作もありますよ。
2020-12-14 MON