さよならアルネ   2002-2009 and beyond... Arne
Arne30-表紙

第1回 同じ自分に会いたくない。
糸井 美術として、アーティストとして
好きな表現をしなさいと、
好きな場が与えられたときって、
ぜんぶ自分の勝手じゃないですか。
だから、今回の展覧会でいうと、
最後に巨人が横たわっていて、
内臓が飛び出してみたいな、
あれは誰にも頼まれてないですよね。
あれをやる時には、
他の仕事をイラストレーターとして
やってらっしゃる時と、
ぜんぜん違いますよね。
大橋 違います。
糸井 なにがいちばん違いますか。
大橋 糸井さんも広告のお仕事をしてらっしゃると
そうだと思うんですけれども、
私たち、イラストレーターみたいな者は、
とにかく「こういうふうなもの」として、
ある程度決まったものを頼まれて
描かなくちゃいけないし、
雑誌だと、何歳ぐらいにウケてる雑誌だとか、
そういう条件みたいなものがあって、
「あっ、だったらこうしよう」
と、仕事をしていくと思うんですね。
でも、ああいうアートみたいなもの、
インスタレーションみたいなものは、
そういうものが誰からもないし、
誰に見せたいということもないので、
自分が今やりたいことをやればいい。
あれは何かとても‥‥大変だけど、
気持ちはよくて。
糸井 なんか、もう文字どおり
吐き出したぁ! みたいな。
大橋 そうなんです。
糸井 そういう表現ですけどね、あれ自体がね。
ぼくはやっぱりあれ、今回ああいうのもあるんだ、
というぐらいの気持ちで来たんですけど、
あの部屋にやっぱり圧倒されまして。
大橋さんが吐き出したものの分量の多さに!
大橋 うれしい!
糸井 ピンクのものがこう‥‥、
まあ、ふつうに見たら内臓に見えますけど、
それがこう、とぐろを巻いて、うねって、
で、少しじゃないっていうところが
やっぱりすごいわけで。
重さから、量から、高さから。
で、あの分量がないと、あの表現にはならない。
大橋 そうなんですね。
三重県立美術館のボランティアの方に
手伝ってもらわなかったら、
あれだけの量はできなかったんですよ。
糸井 あれは「私が吐き出したいものは
誰かの手伝いで成り立ってる」っていう、
珍しい表現ですよね。
それまでの、頼まれた、ルールのある仕事を、
いい仕事として返すっていうことが仕事だよと、
その間にたまっていたものの分量が、
あんなにあるのか。
大橋 そういうことなんですね。
糸井 あんなにあるのか‥‥。
大橋 私もあれは自分の中でなんなんだろうと
思ってたんですけど、
今、糸井さんから話を聞いて
「あ、それだ!」と思います。
糸井 たぶん、そうですよね、きっとね。
それまでに逆にルールがある仕事っていうので、
確実に私は返してきてますよっていうか、
来た球打ってますよという自信も
おありだったと思うし。
だから、次の球を投げてもらえるし。
大橋 そうですね。そういうことかもしれない。
糸井 おそらく、そこのところでいちばん
大事にしてたことっていうのが、
「イヤだっていう気持ちは持たないようにしよう」
っていうふうに思ってたんじゃないかな、
って想像してたんです。
大橋 そうですね。
糸井 なぜ想像できたかっていうと、
ぼくがそうだからなんです。
「食器洗っといて」っていうのから、
「絵、描いて」っていうのから、
頼まれ仕事って、
相手が喜ぶことがうれしいわけですよね。
大橋 そうです、はい。
糸井 そういう時には、相手が喜ぶことをやるのに、
「オレはやりたくないんだけど」
って言ったらバレちゃいますよね。
大橋 そうですね。
相手が喜ぶことっていうのも、
私がイラストできっとずっとやってきたから、
たぶんまた次の、そういうこと(アート)で
喜んでもらいたいというか、
結果的に喜んでもらえることに
なったかもしれないと思って、
それで満足してるところも
あるかもしれないです。
糸井 それはたのしい遊びですものね。
子どもを育ててる時って、
その原型みたいなものがあると思うんです。
なぞなぞ出したらね、
うれしそうに子どもが答えようとしてる、
考えてくれてるっていうだけで、
親は嬉しいですよね。
あやしてるっていうのも、
その子どもが笑ってくれたら
うれしいじゃないですか。
子どもは「笑わせてくれよ」とは
言わないわけで、
何かサービスするとか、
喜ばせるっていうことって、
大変だけど本当にたのしいんですよね。
大橋 たのしいことですよね。
糸井 しかもそれで、
生活のためのお金までいただいて、
それが循環できるわけですから。
大橋さんが、やっぱり、
楽しませるということについて
責任を持ってきたということが、
45年だったんだって思うと、
「いやぁ〜、ようやりましたなぁ」
みたいな気持ちになります。
大橋 でも正直いうと、
時々、楽しんでもらうことをするのが
つらくなった時もあるんです。
糸井 わかります。
そのへんの話、お聞きしていいですか。
どういう時につらくなったりしますか。
大橋 ストレートに、
自分がこういうふうにたのしんでもらいたい、
ということじゃないことを、要求された時。
一応、私たちは“いただく”仕事だったので、
「こういうものを描いてください」とか、
一応、条件がありますよね。
でも、今までずっと仕事をしてきたので、
その(大橋歩という)イメージを
向こうさんが持っていらっしゃるならば、
壊しては悪いと思うので、
一所懸命サービス精神で
なんとかしようと思うんですけれども、
でも、そこらへんがうまく
つながらないことも多かったんです。
そういう時はつらくて。
糸井 イラストレーターって、
頼んでくる人が想像して、
こんなものがほしいと思いながら来ますよね、
基本的には。
そうじゃなかったら
大橋さんのところに来ないわけだから。
なんでもいいです、
とは誰も言わないですよね。
ま、たまには言うかな。
期待‥‥信頼関係があれば、
ある程度「なんでもいいです」も
あるかもしれないけど、
「なんでもいいです」が来ないときは、
描き手としては、
「あなたは85点ぐらいのものを
 想像してるかもしれないけど、
 私にはもっとおもしろい、
 60点のものを出す用意がある」とか、
「120点なんだけど、
 嫌われるのを用意してる」とか、
いろんな遊び方、できるじゃないですか。
大橋 そうですね。
糸井 で、それが
「ちょうど私の想像してたものをください」
って言われたときには、寂しいんですよね。
大橋 そう、ちょっとつらいですよね。
糸井 あれ、なんでしょうね。
大橋 もうねえ。
糸井 作り笑いみたいなことしか
できないですものね。
大橋 そうですね。
でも、一応仕事だから、
なんとか押しのけるんですけれども。
それが、とても、ちょっと、
あと味のよくないものだったりとか。
糸井 そうですよね。
大橋 あと味がよくないことはよくないから、
次はなんとかそういう仕事が来ても、
あと味が悪くならないようにと
思うんですけども、
やっぱり、そういう仕事は
たまにありますしね。
糸井 自分の例でいうと、
ぼくも、85点でこういうものっていう、
「あのときみたいな」とか言われたときに、
やっぱりどういうふうに
それをひっくり返すっていうのが、
いちばん一所懸命考えるところなんです。
たぶん、ぼくのほうがちょっとラクだったのは、
ひっくり返し方にいろんな答えがあるんですね。
大橋 あっ、そうなんですか。
糸井 「こんなこと要求されてるっていうのは
 もう十分わかるけれども、
 それよりこっちがいいでしょう」
っていうのを組み立てて返して、
押したり引いたりしながら通る、
っていうのが、
いちばんうまくいく仕事なんですね。
広告関係の方とかいらっしゃったら、
わかってもらえるかもしれませんけど、
年齢層がどうだとか、
性別がどうだとかって、
ほんとにおもしろいものとか、
ほんとにいいものって関係ないんですよね。
大橋 そうですね。そう思います。
糸井 「ああ、このへんのアイデアだと、
 このへんの年齢層の人だ」とか、
「これ、女性なんでね」とか言われた時に、
その人をつぶしてしまえば
何とかなるっていう時には、
もうスポーツみたいにボール持ったまま
ダーンってぶつかって、
倒れてる隙にこっち回ってってみたいな。
やっぱり、なんていうんだろう、
そういう体力が要るようなことは、
けっこう、してましたね。
  (つづきます)

2009-12-16-WED


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