糸井 | さて、もう時間を過ぎているんですが、 最初にお約束したみなさんからの質問を、 一つ、二つやらしてください。 いかがでしょう。 はい、じゃあ、その髪の長いかた。 |
男性 | はい。 「根拠のない自信」をたくさん持ってるんですけど、 慢心とおっしゃってたけど、 それはたぶん仕事がうまく乗ってから 慢心されたと思うんです。 まだ乗ってないときっていうか、 若手の頃には、 好きだから続けてたというのも あると思うんですけども、 それ以外に何か、自信みたいな、 「根拠のない自信」とかはありましたか。 |
糸井 | いや、わかりました、いい質問でしたね。 切実な質問ですよね。 |
男性 | ぼくも大学3年で、 これから働かねばならないっていう時期なんです。 |
糸井 | 21歳ぐらいになるの? |
男性 | 20歳です。 |
糸井 | 大橋さんはもう、売れてたでしょう、20歳。 |
大橋 | 20歳じゃないんですよ。 大学の4年生のときに仕事をいただいて、 そのままだから。 |
糸井 | 「根拠のない自信」の時代、ありましたか。 |
大橋 | 根拠のない自信? でも、そう‥‥ちょっとひと言では 言えないかもしれないけども、 自信があったような、なかったような。 微妙ですね。 |
糸井 | 自信のことについて、 1回書いたことあるんですけど、 自信があったことはなかったですね、逆にぼくは。 慢心っていうのはまた違うんで。 たしかに、仕事を始めちゃってからですよね。 で、拍手が来てから慢心するわけですから。 拍手が来たり、こうちやほやっていう、 さっき言葉がありましたけど、 大事にされてるっていうことに合わせて 自分がいい気になるわけだから。 「根拠のない自信」っていう言葉が、 いつからか流行ったんですよ。 ぼくらが若い時には、 「独断と偏見」っていう言葉が流行ったんです。 「まあ、独断と偏見によりますけどね」っていうと、 何でも言えるんですよ(笑)。 で、それまでは言えなかったことなんですよね。 で、「根拠のない自信」っていう言葉のおかげで、 本当は自信のない子が 「根拠のない自信」を持ったんですよ。 だから、たぶんなんですけど、 あなたも本当は自信ないですよね(笑)。 拍手が来ないのに自信を持ってるっていうことは、 本当はないので。 オレはくじ引く時、 当たるはずだと思ってるっていうのは 自信でも何でもないんで。 そういう時代があるのはつらいんですよね。 つらくて弱くてビビってるんで、 自信のこと考えるんだったら、 嫉妬のこと考えたほうがいいんじゃないですか。 嫉妬っておもしろいですよ。 |
大橋 | そうですね、たしかに。 |
糸井 | 自分ってどこに行くんだろうっていうことを わからせてくれるからね。 ちょっと先輩ぶったかな。 だから、「根拠のない自信」って言葉を、 今日限り撲滅しましょうか(笑)。 ね、そういうことにしましょう。 |
男性 | ありがとうございます。 |
糸井 | たぶん。大橋さんも自信っていう形で 持ってるようなものなんか、ないですよ。 |
大橋 | ないと思いますね。 |
糸井 | じゃあ、もうお一方。はい。 |
女性 | 大学、私は4回生で、春から働き出すんです。 すごく大好きなところには入れたんですが、 学生生活もすごく楽しかったし、 いろんな人に出会って、 やりたいことっていうのも まだまだたくさんあって、 働き出すにあたって、 不安とか、心配とか、 好きなことだけど続けていけるのかとか、 いろいろ思うことがあるんです。 大橋さんや糸井さんはやってこられて、 心が折れそうな時とかもきっとあったと思うんですが、 そういう時に、どういうことで 元気を出したのかとか、 そういうことを教えていただけたら。 あと、エールをください(笑)。 |
大橋 | うーん、いや、私はね、 たぶん仕事をいただいた頃っていうのはすごく、 仕事をいただいた経緯みたいなものは ものすごくラッキーだったので、 自分のその時させていただいた仕事に 不満もなかったし。 ただ問題は自分の描くものについては不満でしたね。 「もっと描けない?」みたいなのとか、 ちょっと怠けちゃったから、 自分に対してすごく不満とか、 そういうことだったので、 自分の立場みたいなものがなかったんですよ。 やりたいこと、させてもらってたから、 ラッキーでありがたいとかっていうことの 毎日だったので。 |
糸井 | 本当にこの人は珍しい人なんですよ。 |
大橋 | すみません。すごく申し訳ないけど。 |
女性 | 何か、本当はこんなことしたくないのに、 みたいなこととかは、なかったんですか。 何かもっとやりたいことあるけども、 踏み出せないみたいな。 |
大橋 | だから、こんなことしたくなかったことは、 やめちゃったんですよ。 それは、やめなきゃ、 次に何かやることが出てこないから。 |
女性 | その時に、迷いとか、怖さはなかったですか。 |
大橋 | 迷いません。 やめたいというのが強いから、 迷わなくて、やめたいと‥‥ 私の場合は、 「大橋歩というイラストレーター」じゃなくて、 「『平凡パンチ』の表紙を描かせてもらっている イラストレーター」だったんですね。 だから、「やめた」って言った時点でやめたら、 私はイラストレーターじゃないの。 つまり、フリーのイラストレーターに なれるかどうかなんて、ぜんぜん保証もないし、 『平凡パンチ』の表紙を描いてた人だね、 みたいなところで、 大橋歩っていうイラストレーターは 実際にはいなかったような気がしてたので。 だから、でも、それでもやめたかったから やめたんですね。 あとが──いつもそうなんですけど、 やめたら何か次が出てくるんじゃないかって、 ちょっと楽観的すぎてたかも しれないんですけれども。 で、実は今まで来たということは すごくラッキーだったんですけどね。 |
糸井 | なるほどね。 |
女性 | こういうのが自信なんですか。 |
糸井 | 自信じゃなくて、 だってそうとしか思えないんだものね。 恋人と別れるのだって同じじゃない。 別れようかしら、別れまいかしらって言ってたって、 別れるかどっちかしかないじゃない。 別れてからどうのこうの言ってたって しょうがないんで。 たぶん仕事だってそうですよね。 で、この子と別れたら 次にいるかしらって思わなくたって 別れるじゃないですか。 |
大橋 | そうです、そうです。 |
糸井 | どっぷり付き合ってるっていうのは、 そういうことだからね。 大橋さんは恵まれているけれども、 ちゃんと、これは危ないぞっていう時に 逃げる力があって。 |
大橋 | でも、それを終えないと、 たぶん次は何かやりたいことっていうのは 出てこなかったんですね。 |
糸井 | コップの中にね、水が入ってるところに 「お湯ください」って言っても、 注いでもらってもこぼれるだけだっていう。 これ、ヨガの先生が言ったらしいんだけど、 「1回こぼせ」と。 そうしたらお湯を注いであげるからって。 それは、ぼくは納得いくんですよ。 だから、何かできるんです、みたいな子が 新しく入ってきたりすると、 「できる」をぜんぶ捨てるまで、 何も入れられないよっていうところはある。 だから、学生時代はたのしかったんですよねって、 学生時代、何がたのしかったのか知らないけど、 遊んでるっていうのはたのしいんだよ。 で、ずっと遊んでるっていうのはたのしいんだよ、 永遠に。 だからそれは忘れなくたっていいじゃない。 ずっと遊んでるつもりで仕事してれば。 うちはそう、会社として言ってるんですけど。 |
大橋 | アララ(笑)。 |
糸井 | エールは‥‥まだもったいない(笑)。 まだまだ。 |
女性 | わかりました、ありがとうございました。 |
糸井 | じゃあ、本当に終わりにしましょう。 大橋さんに、もっと本当は聞きたかったこと、 あったかもしれないですけど。 ありがとうございました。 |
大橋 | ありがとうございました。 |
美術館の人 | ありがとうございました! |
お客さん | (拍手) (大橋さんと糸井のトークイベントは これでおしまいです。 どうもありがとうございました) |