「きほんのスピーカーキット」の企画を手がけたのは、
グラフィックデザイナーで写真家の森 友治さん。
大学生の頃から20年来のオーディオファンで、
スピーカーやアンプも趣味で自作されています。
「ほぼ日」から森さんへ
スピーカーの制作を依頼したところから、
約1年をかけてついに発売を迎えます。
福岡のご自宅にお邪魔して、
完成させたキットを前にお話を伺いました。
<森 友治さんプロフィール>
森 友治(もり・ゆうじ)
グラフィックデザイナー、写真家。福岡県在住。
家具デザイナーのお父様と一緒に
森デザインルームを経営している。
家族をテーマにしたブログ『ダカフェ日記』は、
1日3万アクセスを記録した。
20年来のオーディオファンで、
ほぼ日がお声がけしたことをきっかけに開発した
「きほんのスピーカーキット」を
生活のたのしみ展ではじめて発表する。
オーディオについては独学であるものの、
初心者でも簡単に作れるスピーカーキットのために、
何度も試作をくり返して完成させた。
- ──
- 「きほんのスピーカーキット」がついに完成!
「ほぼ日」がお声がけをしてから、
1年ほどが経って、ついに発売ですね。
まずは、お疲れさまでした!
- 森
- ありがとうございます。
けっこう、ちゃんとしたものができました。
- ──
- 「生活のたのしみ展」での先行販売を経て、
「ほぼ日ストア」で正式に発売されますが、
じぶんでスピーカーを組み立てられることを
知らない人は、たくさんいらっしゃると思うんです。
まったくはじめての人でも簡単に作れるのが、
このキットのいいところですよね。
- 森
- そう、「まったくはじめての人」が
開発のコンセプトです。
ほぼ日さんからお話をいただいた時、
オーディオについてまったく興味のない人に、
むしろ聴いてもらいたいなと思って、
製作を引き受けてみようかなと思ったんです。
- ──
- キットを設計しているときに、
森さんが意識していたことを教えてください。
- 森
- ぼくはこれまでに何度も、
「スピーカーキット」と呼ばれるものを買って
じぶんで作ってきた経験があるんですけど、
簡単にうまく作れるものって少ないんですよ。
ぼくは仕上がりの良さを気にしちゃうので、
ツキ板という天然の板を薄く切ったシートを貼って、
まるで木でできたようなスピーカーに見せる作業を
好んでよくやっていました。
でも、ツキ板を貼る作業って、
スピーカー作りが好きな玄人の人でも
普段は面倒でやらない作業なんですよね。
なので、ツキ板を貼った状態で
仕上がるようなキットができるんだったら、
ぼくも欲しいと思ったんです。
- ──
- ほぼ日乗組員が作ったスピーカーと比べると、
森さんが個人で自作してきたスピーカーは、
仕上がりのレベルが美しくて驚きました。
森さんの作るようなスピーカーが、
じぶんでも作れるんだってわかったら、
すごくうれしくなったんです。
- 森
- スピーカーを作るときには、
ツキ板を貼らなくても音は出るんですよね。
ユニットを取りつけて、
音も確認して、吸音材とかも入れて、
一度でき上がってからツキ板を貼る作業になります。
それまでの作業と同じくらいの時間をかけて
ツキ板を貼っていくわけですから、
たいていの人にとっては、
完成させてからきれいに仕上げていくのは、
かなり面倒なように感じると思います。
- ──
- たしかに、ツキ板を貼らなくても、
音は出ているわけなので、
完成した気分にはなりますよね。
- 森
- そうですね。
時間はかかるけれど、
ツキ板を貼ると完成度に差が出るので、
そこは、ぜひおすすめしたいところです。
伝統工芸さんに相談したところ、
「ツキ板を貼った状態でキットにすればできる」
というお返事をいただいたので、
やってみようかなと思ったのが最初です。
そこで断られていたら、作らなかったと思います。
スピーカーを作ることが初めての方ですとか、
工作に慣れていない方ができなくなっちゃうなら、
このキットを作っても意味がないかなと思います。
- ──
- 今まではじぶんや家族のために作ったり、
「ダカフェ日記」で見せたりしていたと思いますが、
商品として、いろんな人を対象に
キットを制作するのは今回が初めてですよね。
製品化にあたって、どんな違いがありましたか?
- 森
- 違いはめちゃくちゃありますよ、違いだらけです。
じぶんで作るなら組み立ても修正もすぐできますが、
キットでは、そうはいきませんから。
ちょっとでも精度がおかしいと、
「はじめて組み立てる人なら、たぶん失敗するな」
と思って、何回も修正をしていました。
みんなにとって作りやすいものを目指して、
一所懸命頑張って作りました。
- ──
- 実際に作ってみると、
積み木を組み立てるような感覚で
あっという間にできていくんですよね。
- 森
- 作業工程を考慮しながら工夫をして、
やっとたどり着いた形なので、
どんなに不器用な人が組んでも失敗しないはずです。
たとえば、木をはめる溝に接着剤をつけずに、
内側に隅木をつけて固定しているので、
もし接着剤がはみ出ても見えないようになっています。
- ──
- オイルを塗って、仕上がりを見ると、
「あれ? もしかして私、器用なんじゃないの?」
みたいに思えてきそうですね(笑)。
このキットができるまでに、
途中で板の厚さを変更したりと、
試作を何回もされていますよね。
- 森
- ぼくはもともと、父がやっている
家具のデザイン事務所に勤めていますが、
ぼく自体は、立体のデザインをしないんですよね。
カタログ作りとか、家具の写真撮影をするのが仕事なので。
今回も父に「こんなのが作りたいんだけど」と言って、
父がパソコンのCADでデザインしているのを
横からずっと口出しして調整していました。
板の厚さも、6ミリからスタートして、
8ミリ、10ミリ、12ミリと設計をやり直して、
全部の試作を見てから、10ミリに決めました。
こんな単純な四角い枠なんでね、
普通は何度も試作しなくたってわかるはずなんですよ。
父の頭の中には試作しなくても思い浮かんでいて、
立体を頭に思い浮かべられない未熟さがわかりました。
- ──
- 最終的に10ミリの板に決めたのは、
どこがよかったんでしょうか。
- 森
- このスピーカーキットでは、
カッコよすぎるのはちょっと違うかなと思っていました。
カッコよすぎず、それでいて野暮ったくならない、
そのギリギリを出したかったんです。
10ミリの板だとクラシカルな雰囲気がよく出ていて、
カッコよすぎないのが気に入っています。
- ──
- スピーカーの箱の大きさにも
決めた理由がありますよね。
- 森
- 当初は、もっと小さいもので企画していました。
小さければ部屋にも置きやすいので。
ただ、企画途中でフォステクスさんから出ている
スピーカーユニットが気に入って、
「これを使いたい」となった時に、
一番ちょうどいい音が出る理想の大きさとして、
フォステクスさんが3.5リットルの容積を
推奨していたんですよね。
理想のサイズから数センチ変わる程度だったので、
それなら音を優先しよう、と大きさを決めました。
- ──
- ユニットのパフォーマンスを
引き出しているんですね。
- 森
- そうですね。
何かを誇張するような音ではなくて、
ユニットが持ってる、一番いい状態の音を出したくて。
スピーカーの箱を小さくすると、
その分、低音が出にくくなりがちなんです。
無理して低音を引き出そうとすると、
人の声にあたる中音とか高音のいい部分が
失われてしまうこともあるので。
なるべく自然に、
のびのびとした音を出したいなと思いました。
まぁ、ぼくが割り出した数字じゃなくて、
フォステクスさんの標準の箱の大きさなんですけどね。
- ──
- 組み立てる人が音響に詳しければ、
自作も、調整もできると思うんですけど、
説明書どおりに作ったものが
一番ちょうどいい音だといえるのは、
初めての人にはシンプルでうれしいですよね。
- 森
- たとえば、スピーカーの箱の中に
吸音材を貼って音を吸収させていますが、
その量によって、音を調整させられます。
吸音材を多めに入れると、低音が吸収されて、
その分、澄んだ、雑味のない感じの音になりますが、
かといって吸音材を入れすぎると、
箱の響きが減っておもしろくない。
逆に吸音材が少なすぎると、音が反響して、
変な音が混じったりするわけです。
通常、電気メーカーから市販されているスピーカーでは、
大音量で聴いた場合なども想定して、
音決めをしなきゃいけないと思うんですけど、
「きほんのスピーカーキット」では、
家の中で聴くことを想定しているので、
小さめの音で聴いた時に
ちょうどいい音が鳴るようにしました。
聴きたい音にあわせられるのは、
手作りスピーカーだけの特権でしょうね。
- ──
- 外見についても伺いたいのですが、
ネットを貼るグリルがキットに入っていて、
オプションで着せ替えのグリルも選べますよね。
見た目を変えられるようにすることも、
森さんは、早い段階から決められていましたよね?
- 森
- はい、手作りでは真似できない、
工場でやってもらわないとできないことを
やりたいなと思ったんです。
だから、ツキ板を貼った板に
スリットを入れたり、穴を開けたり、
かわいく、カッコよく見えるようにしたくて。
グリルの付け替えをすることで、
じぶん好みのスピーカーにできて、
とても手作りのものとは思えない
仕上がりを見せたかったんですよね。
- ──
- 設計や企画をされた森さんから、
「きほんのスピーカーキット」を手にした人に向けて、
「こういうふうに楽しんでもらえたらいいなぁ」
という想いはなにかありますか。
- 森
- 作っている間は、「思っていたよりすごく楽だな」と
思っていただけたらうれしいですね。
ものを作ることに慣れていない人でも
簡単にできるということは、ぜひ感じてほしいです。
その後、聴くことに関しては、
でき上がったものから音が出る瞬間の
「じぶんで作ったのに、こんないい音がするの?」
という驚きを感じてほしいなぁと思います。
- ──
- 長く使い続けられるものだと思うので、
じぶんの暮らしの中に
新しく仲間入りする感じがしますよね。
- 森
- このキットで作ったスピーカーは、
使っていくうちに見た目も変わっていきますから。
今回採用してるツキ板は、
ブラックチェリーという木材を使っています。
ぼくは家具業界で働いているのですが、
一番好きな木がチェリーなんです。
最初に作り上げた時には程よい茶色なのが、
だんだんと色が深くなっていって、
2年ぐらいで、めちゃくちゃいい色になります。
そして、その色がずーっと継続するんです。
その嬉しさをぜひ楽しんでほしいです。
- ──
- 時間とともに育っていくんですね。
森さんが「Spring Summer Fall Winter Audio」
という名前をつけてくださいましたが、
暮らしのそばにあるような
イメージなのかなという印象を持ちました。
- 森
- 「はるなつあきふゆ」みたいなものが
かわいいかなぁと思って名づけました。
ほぼ日さんに声を掛けてもらったのが春だったので、
「Spring Audio」がいいかなと思いつつ、
ちょっと他にもありそうだなと思ったんですよね。
ぼくは夏も好きだから、
「Spring Summer Audio」にしようかなって
思っているうちに中途半端に思えてきました。
いっそのこと、1年中聴くものだからということで、
「Spring Summer Fall Winter Audio」まで入れちゃった。
こんなに長い名前はあまりないから、
ちょっとおもしろいなって思っています。
- ──
- 何度も試作していただいて、
かなり苦労もされたと思います。
「きほんのスピーカーキット」を
たくさんの人に喜んでもらいたいですね。
- 森
- 1回作ると、でき上がりに不満があって、
また作ると、まだちょっと不満が残る。
だんだんと精度を上げていくように作ったので、
同じ形だけで、たぶん7回ぐらい作ったのかな。
やりはじめちゃったら、
もう絶対に、買った人に後悔はさせたくないんで。
それは、ふだんの家具関係の仕事でも同じですね。
ぼくの本業はカタログなどのデザインなので、
作ったものを見て驚いてもらって、
喜んでもらいたいという気持ちが強いんです。
買って損はなかったというふうに
喜んでもらいたいので、ちょっと頑張りました。
- ──
- 組み立て説明書も
「ダカフェ日記」のテイストですし、
解説の動画もご自身で作っていますもんね。
- 森
- 今までぼくの日記を読んでくれたり、
写真集として買ってくれたりした人にも
おすすめしたいなって思って、
組み立て説明書を、ふだんぼくが撮っている
「ダカフェ日記」のように写真を撮ってみました。
写真だけだと説明不足になると思うので、
動画説明書的なものを用意してみました。
- ──
- 森さんは、制作の工程が進むごとに、
どんどんのめり込んでいきましたよね。
- 森
- そうですね。
ぼくはもともと、のめり込むタイプなので。
うーん、でも今回はちょっと、
確実にやりすぎているだろうと思います(笑)。
- ──
- それだけ、森さんの情熱が
詰まったものができましたね。
発売がたのしみです。
森さん、ありがとうございました!
(森 友治さんへのインタビューは以上です。
次回は音が鳴る仕組みについて、
フォステクスさんへのインタビューを掲載します)
2018-07-18-WED