STAMPSの紙上旅行 フィンランドの光 STAMPSの紙上旅行 フィンランドの光
ここはヘルシンキの中心部にある
「アカデミア書店」(Akateeminen Kirjakauppa)。
20世紀を代表するフィンランドの建築家、
アルヴァ・アアルトが1969年に設計した大型書店です。
天窓から吹き抜けの空間にひろがる
おだやかな光にあふれた店内、その2階には、
建築家の名を冠した喫茶店
「カフェ・アアルト」(Cafe Aalto)があります。

ヘルシンキに来たら必ずここでコーヒーをのむ、
という、STAMPSの吉川修一さんが、
1994年からフィンランドで暮らし、
通訳、翻訳、コーディネートをなさっている
森下圭子さんにインタビュー。
‥‥のつもりが、森下さんからもたくさんの質問が! 
ふたりの「取材を始める前のおしゃべり」、
どうぞおたのしみください。
[2]

フィンランドの色彩。
吉川
服で、別の誰かになる必要って、ほんとはないんですよね。
森下
はい、フィンランドの人たちは
「誰か」になろうとはしていませんね。
ふだんのおしゃべりでも、
世間でこういう人が優れているとか、
ああいう人がいいっていう感じの話も出てこないし、
そういう人になろうともしない。
だけど、一人一人、自分が自分でありたいと思う、
みたいなところがあるんです。
だから服も何かになろうとするものではなくて、
自分であるために着ているっていう感じがします。
写真
吉川
ファッションは、もともと階級を表すものでもあった、
というところから進化してきた
と聞いたことがあったのですが、
それをひっくり返す考え方です。
でもそれが逆に洋服にとっての進化じゃないかな、
っていうふうに思っているんです。
昔は特権階級の人ほどデコラティブに、
窮屈な服を着ていました。
でも自分に心地いい服をと考えた時、
「着飾る」っていう言葉はまず排除される。
でも、やっぱり人間なので、
どこかに、自分でありたい、自分のスタイルを確立したい。
そのどちらもかなう服があったら、
一番いいのかなって思います。
心地よくありながら、自分になれる服。
それって最高ですよね。
森下
そうですね。
それはまさしくフィンランドの人たちが
服を選ぶ時に考えていることかもしれません。
フィンランドの人たちのお洋服って、
あんまり締め付けが激しくないんですよ。
吉川
そうですね。
あと、日本みたいなトレンドもなさそう。
長く着れるっていう基準で選ばれているのかな。
森下
そうですね。何十年でも同じものを着ます。
もちろん10代の子たちは、
毎年、流行りのものを追ったりしているけれども、
中年以降になってくると、落ち着きますね。
でもね、ブランドを身に付けないわけじゃないんですよ。
たとえばマリメッコは着てますもの。
吉川
そうですね。
森下
たぶん「その人らしくなる」という意味で、
フィンランドの人はマリメッコを選ぶんでしょうね。
着ている人、いっぱいいるけれど、
みんな見た感じ、違うんですよね。
吉川
うん、たしかに。
森下
「かぶった!」って感じがしない。
みんなそれぞれの着こなし方をしていて、
その人らしさが出ているんです。
吉川
僕は「私であるための心地のいい服」を目指して
STAMPSを10年間やってきたんですね。
布帛ものは長く「白」を基本にして、
もちろん色や柄のものもつくってはきたんですけれど、
今回、次のステップに行こうと、
この「紙上旅行」の最初のシーズンは、
フィンランドのアーティストである
マッティ・ピックヤムサさんの生地をつかった服とともに、
透明感のある色の服をメインに考えました。
その色の発想の原点が、
フィンランドにあるんですよ。
写真
森下
あら! どんなところで、
フィンランドの「色」を感じられたんですか。
吉川
僕にとってのフィンランドの色彩って、
色ガラスなんです。
森下
ああ!
吉川
たとえばヌータヤルヴィ時代の
カイ・フランクの、
色ガラスでつくられたグラスには、
冬、光がいい時に、窓辺に置いて見ているだけで、
とても癒されてきました。
色の力ってすごいなと思うんです。
その感覚を身にまとうことができたら、
すごく幸せなんじゃないかっていうふうに思って。
カイ・フランクが、透明なガラスだけじゃなくて、
色をどんどん使っていたのは、
やっぱり家の中に色彩を持ち込みたかったんでしょうか。
戦後のフィンランドに暗い時代があったからとか、
雪で閉ざされる時期が長いからとか、
そういうことなのかなって。
森下
はい。でも実はそれだけではないんです。
御存じのようにフィンランドって、
本当に貧乏な時代が長く、
貧しい小国だったわけですけれども、
そんな中でもはっきりと2つの階級というか、
暮らし方が分かれていたんです。
1つはブルジョアと言われている人たちの生き方。
スウェーデンの影響を受けている人たちが多くて、
食器も、全部シリーズでひと揃えを買うような暮らし。
写真
吉川
王様のいる国の発想ですね。
森下
そう、わずかですけれども、
そういう人たちがいたんですね。
一方で、大半の人たちは、
もともと森の中で暮らしていたような人たちです。
その人たちの食器事情はどうだったかっていうと、
自分たちでつくったもの、
つまり、木をくりぬいたりとか、
石を使っているものとか、
そういうものを使っていたんですって。
そしてカイ・フランクは、
そのどちらの層も使える食器をデザインすることが、
まず最初のミッションだったらしいです。
吉川
最大公約数。それはたいへんなミッションですね。
森下
華やかな、揃いの柄の食器を
使っている人たちにも合わせられて、
木を切り抜いた食器を使っている人たちにも
受け入れられるデザインを考えたとき、
ひとつ浮かんだのが、無地だったそうです。
柄のついてないものであれば、
比較的、どんな料理にも合わせられるわけですね。
だからカイ・フランクのデザインしているもので、
色を使っている食器は、それぞれ1色づかいです。
そのカイ・フランクの精神っていうのは
結構長い間続いていて、
イッタラとかアラビアの食器って、
ばらばらに買っても、時代が違っても、
うまく組み合わせられるようにできているんです。
それはもともとのカイ・フランクの考え方が
そうだったからなんですよ。
そしてフィンランドは、
戦後の貧しい時代を経てきているので、
人々の住まい方とか、住んでいる家の環境に合わせて、
食器が買えるようにしたいとカイ・フランクは考えた。
セットで買うのが当たり前だった食器を、
お皿1枚から買えますっていうふうにしたのも、
カイ・フランクだったと言われています。
吉川
なるほど。
森下
だから一人暮らしで、
ちょっとしか食器が必要ない人は、
お皿1枚、カップ1つから買えばいい。
スタッキングできるように、
重ねられるような形にしたのも、
狭い家に住んでいる人たちにとって嬉しいことですよね。
つまり、工業化が始まって、
人口が都市部に集中し始めた時は、
小さな家や集合住宅がたくさん建った時代なので。
収納も限られたスペースしかなかった。
その中で重ねられるようにしたんです。
写真
吉川
僕、そういうところにすごく魅力を感じるんですよ。
ない資源でどう努力するかっていう‥‥。
アアルトも、白樺の木を地産地消で使っていますよね。
森下
いかに無駄をなくしてつくるか、ですね。
吉川
それに、彼らのデザインには、
拡張能力もあるじゃないですか。
食器は重ねられるから、順次必要に応じて増やせる。
家具も規格が揃っているから、
暮らしが拡がったら拡がったなりに、
椅子一客を買い足していけるわけですよね。
STAMPSの服づくりもそうありたいなと思うんです。
森下
うん、うん。
吉川
ただ、それは厳選されたいい素材でやらないと、
ものとしての確立性がなくて、長く使えないんです。
素材をケチってしまうと、早く終わってしまう。
だから僕らももっと努力をして、
素材の開発をして、丈夫なものをつくれば、
飽きないデザインで、ずーっと使えるものになる。
それができたら、それ以上いいものってないと思うんです。
だからもうSTAMPSは最初から定番だらけでいい、
と思ったんですよ。
とにかく使える定番をつくりたいと。
森下
なるほど。
吉川
それがフィンランドみたいな豊かさを
呼ぶのではないかっていう勝手な解釈で
ブランドを始めたことを思い出しました。
自分にとっての豊かさって物質的なものじゃなくて、
それこそ公共のいいものを
長くずーっと続けて使うことだと、
この旅であらためて感じています。
森下
今回、吉川さんが買われたマッティの絵が、
『森』っていうタイトルでしたよね。
それで今、思い出したんですが、
このフィンランドの人たちの圧のなさとか、
私たちが受け入れられている感じって、
私、森の中、自然の中に入っていく時と
似てるような気がしているんです。
写真
吉川
ああ!
森下
それってフィンランドの人たちの多くが持っている
自然体験に根差しているのかなって、
ちょっと思うところがあるんです。
最近、ムーミンをまた読み返しているんですけど、
小説に出てくる自然の表現に注目していて。
それはとてもこまやかで、
それこそ、存在感としては、
キャラクターと変わらないぐらい大きい。
人の動作を描いているときと、
自然を表現する語り口が、
本当に等しいぐらいなんですよ。
吉川
そういう視点で読み返してみたくなりました。
森下
それで「ひょっとして、トーベ・ヤンソンっていう人は、
人に対しても、自然に対しても
同じくらいのフラットな関係性だったのかな」と思って。
私、あんまりカイ・フランクと
自然との関係性はわからないんだけれども、
アアルトは意外とそういうところが
たくさんあると思います。
アアルト建築の「マイレア邸」に行った時、
階段を上っているときに感じたことがあって。
階段の手すりというか、
天井と階段を支えている柱、
均等ではないなとは思ってたんだけれども、
自分が体を使って階段を登ってみたら、
「あ、これって、森の中を歩いている、
木々の間を歩いているみたいな、そういう感覚なんだ」
と感じて、とてもびっくりして。
それってたぶん、計算でできることではなくて‥‥。
写真
吉川
体現的なその中から生まれる感覚っていうか。
森下
そうなんです。そして
「ああそうか、こういうのを、
アアルトっていう人は持ってたんだ」って、
その時、ものすごく感じたんです。
それからはアアルトに対して言われている
有機的、オーガニックっていう言葉が、
なんとなく理解できるような気がしています。
吉川
アアルトの有名なサヴォイベース(ガラスの花器)、
あの曲線自体が、そのすごく有機的ですよね。
湖の形とも、オーロラの形とも言われている‥‥。
森下
そうですよね。あれはまさしく
オーガニックデザインって呼ばれていますね。
吉川
ああいうものって、同じ北欧でも、
デンマークから出るかっていうと、
僕、出ないような気がするんですよ。
ああいう、その‥‥ニュルっていう感じ。
森下
「ニュル」、わかります!
吉川
ムーミンもそうですよね。
森下
ニュルっとしてますよね。
ああいうものに、フィンランドの人たちの自然体験が、
すごく素直に出てるような気がします。
吉川
はい。そうですね。
デンマークのデザインは、
もっとピシッ、ピシッっていう
かっこいい印象ですから‥‥。
(つづきます)
2023-04-06-THU
大の旅好きであるSTAMPS代表の吉川修一さんが、
以前フィンランドを訪れた際に
魅かれて持って帰ってきたヴィンテージガラスを、
今回特別に販売できることになりました。
1点もののため、すべて抽選販売となります。
写真
[ヴィンテージ] カイ・フランク タンブラー6個セット箱付き
(トーベ パッカウス/TOIVE PAKKAUS)

88,000円(税込)
写真
[ヴィンテージ] SVシリーズ デカンタ/グラス

55,000円(税込)
写真
[ヴィンテージ] Fauna グラス(S)(M)

5,500円〜6,600円(税込)