「書く」って、なんだろう?
鉛筆と紙があればできる
とてもシンプルな行為でありながら、
誰かに思いを伝えたり、考えをまとめたり、
いま起きていることを未来へ残したり…
「書く」には、いろんな力がありそうです。
ほぼ日手帳2019では、
「書く」という行為にあらためて注目して、
書くことのたのしさや不思議さを
考えたり、おもしろがったりしてみようと思います。
この特集では、仕事やプライベートで
書く・描くことをしている十人のみなさんに
愛用の「書く道具」を見せてもらいながら
話を聞いたインタビューをお届けします。
十人十色の「書く」を、おたのしみください。

書くってなんだ?

vol.2
佐藤卓

「シャープペンシルで書いているときは
指先が0.5mmになっているような感覚なんです。」

第2回は、グラフィックデザイナーの佐藤卓さんにお聞きします。
いつも使っているというシャープペンシルとほぼ日手帳を
見せていただきました。

プロフィール佐藤 卓(さとう たく)

グラフィックデザイナー。
1979年東京藝術大学デザイン科卒業。
1981年に同大学院修了。
株式会社電通を経て、
1984年に佐藤卓デザイン事務所設立。
「明治おいしい牛乳」や
「ロッテ キシリトールガム」などの
商品デザインおよびブランディング、
NHK Eテレで放送中の『デザインあ』の総合指導や
『にほんごであそぼ』のアートディレクション、
21_21 DESIGN SIGHTの
ディレクターおよび館長を務めるなど、
多岐に渡って活動中。
www.tsdo.jp

ーー
卓さんの愛用筆記具と言えば、
ロットリングのシャープペンシル
これまで、ほぼ日手帳の取材でも
何度か語っていただいていますが、
ずっと、これ一筋なんですか。
佐藤
ほとんど全部、これ一本です。
ボールペンやサインペンもたまに使うけれど、
ほぼ日手帳にメモしたり、
ロゴのラフスケッチしたりっていうのは、これです。
色も使いません。
これ1色で書いて、色は頭で想像するんです。
ーー
色は頭で想像…、すごいです。
このシャープペンは
どのぐらい長く使っていらっしゃるんですか。
佐藤
20年ぐらいは使っているんじゃないかなあ。
古くなったら買い直したりしているから、
もう何本か目ですね。
万が一、廃盤になっちゃったら本当に困るから、
いまも5本ぐらい買い溜めていますよ。
こんなに惚れている道具は、なかなかないですね。
ーー
卓さんは、このシャープペンシルの
どこに惚れ込んでいるのでしょう?
佐藤
まずは、このかたち。
見たときに、瞬間的に「これだ!」って(笑)。
ーー
一目惚れなんですね。
佐藤
ちょっと先端の部分を見てみてください。
鉛筆みたいに三角形にはなっていないでしょう。
芯を支える円筒形があって、
それをさらに円筒が支えている。
そして、わずかに円錐形がここにあります。
基本的にシャープペンシルって芯が細いので
それを支えるかたちとしては
理にかなっているかたちなんですね。
ーー
デザイナーならではの視点ですね!
佐藤
それに、たとえば
紙に書いた図面をペン先で指し示したいときに、
ふつうの鉛筆やシャープペンだと、
芯を支える円錐の部分がじゃまになってしまう。
でも、これなら細い棒が伸びているだけなので、
細かいところも指し示すことができるんです。
ーー
書くだけではなく、指し示すのにも使えるんですね。
佐藤
さらに芯を出せば、もっと細かいところ…
「ここをあと0.2mm削ろうか」みたいな指示も
的確にできますよ(笑)。
ーー
うわあ、細かい!
佐藤
重さも僕にとってはちょうどいいんです。
金属の嬉しさというか、
適度な、やや重いっていう存在感。
これも心地いいんでしょうね。
ーー
芯は、HBの0.5mmですか?
佐藤
そうです。いろいろ使ってみたけど、
僕にとってはHBが
自分の気持ちを素直に表現できる濃さなんですよ。
Fになると、ちょっと薄くて感触が硬い。
Bになると、やわらかくて折れやすいし、
細かいところの表現が甘くなる。
ちょっとの変化でも、もう感触が違うんです。
ーー
使い慣れているからこそ、
些細な変化を感じるのですね。
毎日書いているほぼ日手帳ユーザーさんはとくに
お気に入りの濃さや太さがある、という方も
多いかもしれません。
佐藤
いい道具っていうのは、身体の延長線になるでしょう?
たとえば大工さんにとって
使い慣れている鉋(かんな)というのは、
道具として意識するというより、
もう大工さんの身体の一部じゃないですか。
僕にとってのこれもそうで、
指先が0.5mmになっているような感覚なんです。
ーー
指先が0.5mm!
佐藤
書いているときは紙の素材感と芯との摩擦、
つまり、ざらざら感だったりさらさら感が
自分の指を伝って感じられるんですよね。
視覚だけではなくて、指先から入ってくる
大切な情報があるわけです。
キーボードやマウスで入力をするような表現では
そういうデリケートな感覚は
なかなか入ってこないと思うんです。
ーー
書き心地がいいペンがうれしい理由って
そういうところにあるのかもしれませんね。
佐藤
ええ。それから紙の質感にしても、
ほぼ日手帳の紙とコピー用紙では違うだろうし、
もっと言うと、気候や湿度によっても違います。
湿度が高い夏は、
紙の繊維がしなっとしていてなめらかですが、
冬は乾燥しているので、紙の繊維が立っていて、硬い。
夏と冬とでは、違った感触の情報が
身体を通してインプットされるわけですね。
ーー
夏と冬とで感触が違うなんて、
意識したことがありませんでした!
佐藤
そもそも、僕らの生活って
意識されているものや情報ってごく一部で、
ほとんどは無意識で感じていることが
占めているとも言われています。
そういう意味では、書くっていう行為って、
実は無意識のうちに、すごくデリケートで豊かな感覚を
刺激したり、身体に取り込んでいるんだと思うんです。
ーー
ええ。
佐藤
いまの世の中は特に、
意識化されたもののことしか
語らないことが多いけれど、
昔のシャーマンみたいな人っていうのは、
身体で明日の天気とか変化みたいな情報を感じて
これから起きることがわかる、ということも
あったんだと思うんです。
いまは、なにか視覚と聴覚に頼るっていうか、
身体全身で感じる力は
ずいぶん弱く、鈍くなっているんだと思います。
ーー
そうかもしれません。
佐藤
豊かな情報や感覚って、
無意識から得られるもののほうにこそ
あるような気がするんですよね。
これからの世代のために、子どもたちのために、
そうした環境を僕らがいかに用意できるか、
考えていかなければと思っています。
ーー
そうした思いが、卓さんの「デザインあ」展にも
つながっているように感じました。
「書く」は身体で感じることでもあるということ。
「書く道具」は、身体の一部でもあるということ。
そして、ほぼ日手帳とロットリングがセットで
卓さんの「考える道具」になっているということも
おもしろかったです。
佐藤
そういえば、
ほぼ日のロゴを作ったのは、2年前でしたね。
ほぼ日手帳にもラフを描いたんですよ。
そのときは、新幹線の中で
手帳を広げて描いていたんですけど、
不思議なのは、そのときの新幹線の中の景色を、
いまでも覚えているんです。
ーー
ええ! 本当ですか?
佐藤
書くって、おもしろいね。
書いたもの自体の記憶だけじゃなくて、
書いていた時間とか環境の記憶も、ちゃんと残る。
これも、自分の身体を使って書くからこそ、
環境までも記憶できるのなあ。
僕はそんな気がしているんですけど、
これは誰かに、学術的に証明してほしいな(笑)。

(次回はみうらじゅんさんが登場します)

photos:eric

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