「書く」って、なんだろう?
鉛筆と紙があればできる
とてもシンプルな行為でありながら、
誰かに思いを伝えたり、考えをまとめたり、
いま起きていることを未来へ残したり…
「書く」には、いろんな力がありそうです。
ほぼ日手帳2019では、
「書く」という行為にあらためて注目して、
書くことのたのしさや不思議さを
考えたり、おもしろがったりしてみようと思います。
この特集では、仕事やプライベートで
書く・描くことをしている十人のみなさんに
愛用の「書く道具」を見せてもらいながら
話を聞いたインタビューをお届けします。
十人十色の「書く」を、おたのしみください。

書くってなんだ?

vol.5
ヨシタケシンスケ

「その場で書いておかないと忘れちゃうぐらい
どうでもいいことを書き留めておきたいんです。」

絵本作家、ヨシタケシンスケさんの左手から
キャラクターが生まれる瞬間を捉えました。
細かい現象の中に隠されている、
世界の秘密のようなものを探しているヨシタケさん。
絵を描く理由は、衝動に近いものでした。

プロフィールヨシタケシンスケ

1973年、神奈川県生まれ。
筑波大学大学院芸術研究科総合造形コース修了。
イラストレーター。絵本作家。
日常のさりげないひとコマを
独特の角度で切り取ったスケッチ集や、
児童書の挿絵、装画、イラストエッセイなど、
多岐にわたる作品を発表しつづけている。
著書に『りんごかもしれない』『りゆうがあります』
『もうぬげない』など多数。

ーー
仕事場におじゃまさせていただき、
ありがとうございます。
イラストや絵本を描くときにお使いの
筆記用具を見せていただけますか。
ヨシタケ
仕事で使う文房具は、これで全部です。
下描き用のシャープペンと、
本番の線を描くのは0.3ミリのサインペン。
昔気に入って使っていたペンがあったんですが、
廃番になって悲しくなったので、
今は廃番になりにくそうな
コピックのペンを使っています。
消しゴムは普通のものとペン型のもので2種類、
あとは消しカスを掃除するブラシです。
A4のコピー用紙に書いています。
ーー
いたって普通のコピー用紙に見えますが、
すべて、これで納品しているんですか。
ヨシタケ
よくあるコクヨの出力用紙です。
でも、パッケージには「上質」と書かれているので、
きっと上質なんでしょうね(笑)。
ぼくは「原画を拡大して本にしている」という、
めずらしいタイプの作家なので、
絵本の原画でもA4サイズの紙に描いています。
絵本の場合は原画の1.5倍ぐらいの大きさで
使われていることが多いので、
絵を拡大すると、相対的に線が太くなりますよね。
あんまり安い紙を使うとインクがにじんじゃうので、
ちょっとだけいい紙にはしています。
元の大きさで線がにじんでいると
最終的な仕上がりが違ってきちゃうので、
なるべくにじまないペンと紙を選んでいます。
ーー
拡大される前提で、
にじまないことが最優先なんですね。
A4サイズでそろっているおかげで、
原画の管理はかなり楽そうです。
ヨシタケ
原画をクリアファイルで保管している作家は、
ぼくぐらいじゃないでしょうか。
原画といっしょに、その仕事について考えたこととか、
絵本全体の構成を描いたラフも
案件ごとにクリアファイルでまとめられるので、
空間的なパフォーマンスは非常にいいです。
しかも、ぼくは線描きまでしかしなくて、
じぶんで色を塗ることがないので、
絵の具やインクといった画材も使いません。
普通、絵本作家のアトリエ訪問というと、
もっと色鮮やかで素敵な世界を想像されるので、
よくガッカリされちゃうんですよね(笑)。
ーー
糸井との対談でも「色を塗ることから逃げた」
おっしゃっていましたもんね。
絵本では色づかいも大事な要素かなと思うのですが、
色の指定はどうされているのでしょうか。
ヨシタケ
最初の段階でデザイナーさんに伝えますね。
「こんな感じのことを考えています」、
「この子だけこういうふうにしてほしい」とか、
「なんにも考えてないです」もあるかな(笑)。
基本的にはデザイナーさんにお任せです。
どのデザイナーさんも
上手に色をつけてくださっているので、
あとで口を出すことはあまりないんですよね。
ーー
「ほぼ日手帳」でお仕事をお願いした際にも、
かなり自由に展開をさせていただいたのが、
とても印象的でした。
ヨシタケ
イラストレーターとしての仕事が長いせいか、
じぶんの絵に手を加えられることへの
抵抗があまりないんですよね。
イラストレーターって、
最終的に調整されてなんぼの世界でしたから。
じぶんでは気に入っていて自信満々で出したものが
「なんじゃそりゃ!?」っていう理由で
ボツになっちゃうこともあるんですよね。
心がポキっと折れながらも立て直すという
社会人としてのスキルはそこそこあるので、
絵本作家になった今でも、
いろんなことに対応できる人でありたいんです。
編集者さんと意見を交換しながら二人三脚で仕事しつつ、
失敗したら編集者さんと責任を半々にして(笑)。
ーー
絵本を描かれるときには、
絵だけではなくて、言葉もありますよね。
ヨシタケさんは「言葉」と「絵」、
どちらを先に考えているのでしょうか。
ヨシタケ
言葉と絵、どちらからでも考えるのですが、
最近はどちらかというと、
「言葉」の割合が大きいなと思います。
ぼくの絵は絵柄がとても単純なだけに、
叙情的なシーンを表現したいとか、
「世界一きれいな夕日を描きたい!」
というようなことをやろうとしても到底無理なので。
こういうコンセプトを言葉で伝えたいとか、
「こういう発見、おもしろくないですか?」
ということを伝えたいのが、まず先に来ますね。
ーー
日常のおもしろい発見は、
どこかにメモしているのでしょうか。
ヨシタケ
システム手帳をふだん持ち歩いていて、
ネタ帳として使っています。
手帳はそのまま仕事になるというより、
じぶんのためだけに書き残していますね。
考えたことだとか気づいたことを絵にして、
順序も気にせずに描いているんです。
ーー
絵本にはこどもがよく登場しますが、
ヨシタケさんのご家族や
身の回りで起きていることが
ヒントになっているのでしょうか。
ヨシタケ
うちの子が発端になることは多いですね。
こどもの仕草だったりとか、
親子の会話という目に見えるものの中に、
世界の秘密のようなものが、
ちょっとずつ現れているはずだと思うんです。
細かい現象を丁寧に観察していると、
人と人の関係だとか、人生だとか、
大きいルールのようなものを発見できることがあります。
大きなものを、なるべく小さいところから抽出する
喜びみたいなものがぼくにはあって、
そういうときに手帳がすごく大事なんです。
大事なことは書き留めなくても覚えておけますが、
世の中のほとんど、9割9分は、
書き留める価値のないことだらけなんですよね。
その場で書いておかないと忘れちゃうぐらい
どうでもいいことを書き留めておきたいんです。
「今のはどうでもいいぞー!」というものに気づけると
顔がニヤッとして、急いでメモするようにしています。
「このぐらいの年齢の子は、
 座るときに、こういう足の置き方をするんだ」とか、
「おじさんは飲み終わったコップを
 だいたいあのへんに置いている」とか。
人間ってだいたい同じ身体の造りをしているので、
やることってそんなに変わらなくて、
その形であるからこそのルールがわかると嬉しいです。
だから手帳はいつでも持ち歩いています。
運転中でもひざの上に手帳を置いておいて、
信号待ちの間にブワーッと描いたりして。
ーー
たしかにヨシタケさんの絵本を読んでいると、
小さな現象をきっかけに話が始まるのに、
真理や原理原則のようなものが
描かれているような印象があります。
ヨシタケ
ひとつの現象を言葉に表すことができるように、
「1枚の絵に落とし込むとこうだよね」
というのがぼくの描くメモなんです。
たとえば「1枚の絵に凝縮された人生の物悲しさ」
みたいなものが描けるといいなと思うんです。
ーー
些細なことでもおもしろかったりするので、
「どうでもいい」と頭では思いながらも、
書き留めておかないと
気が済まなくなっているんですね。
ヨシタケ
ずっと頭に置いておけないぐらい
どうでもいいことのはずなのに、
「なんかおもしろこと思いついたんだけど、
全然思い出せないんだよなあ」
って気持ち悪くなっちゃうんですよね。
16年間同じシステム手帳を使っていて、
どうでもいいことばかり描いては
手帳のリフィルだけを入れ替えていって、
イラストレーターの頃から数えて、いま73冊目です。
ーー
73冊分のメモは貴重ですね!
そのメモの内容をヨシタケさんが
解説してくれるような機会があれば、
喜んでもらえそうですよね。
ヨシタケ
そうですね、たまに役立つことがあるんですよ。
ぼくが人前でしゃべる機会が何度かあったんですが、
あまりうまくしゃべれないので、
時間が余ったときのために
メモに描いた絵をデータにして
トークショーでお客さんに見せると
本編よりウケるんですよ(笑)。
ーー
ずっとメモを続けているからこそ、
喜ばれるものになっているんでしょうね。
ヨシタケさんはどうしてそんなに
描くんでしょうか。
ヨシタケ
日々のストレス発散っていう意味合いもありますね。
ぼくはメンタル的に弱い部分があって、
じぶんとは全然関係のないニュースで
半日ぐらい落ち込んじゃったりするんです。
想像力を鍛えることって、
諸刃の剣のような側面があるんですよ。
想像力のおかげで
どんなことでも救われることもあるけれど、
全然関係ないことでいくらでも落ち込んでしまう。
道に落ちている石を見ただけで
「この世の終わりだ‥‥」と思うこともあるぐらい。
そういうときに、じぶんを盛り上げなくちゃいけません。
世の中には悲しいニュースもいっぱいあるけれど、
見方によっては、こんなにもおもしろがれるじゃないか、
とじぶんに言い聞かせ続けないといけないんですよね。
ぼくはそのために、絵を描くんです。
ーー
じぶんを盛り上げる手段が、
ヨシタケさんにとっては
絵を描くことだったんですね。
ヨシタケ
人によって表現の仕方や媒体の違いは
当然あるかと思います。
だからぼくは、イラストに描くことで
おもしろさが残るものをいつでも探しているんですよ。
継続して描き続けてきたことで、
イラストにしたときにおもしろくなるものが
少しずつわかるようになってきました。
カメラマンさんの「シャッターチャンス」のように、
「イラストチャンス」というのが転がっているので、
ぼくの担当物件として、残さず記録しておきたいんです。

(次回は松岡和子さんが登場します)

photos:eric

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