「書く」って、なんだろう?
鉛筆と紙があればできる
とてもシンプルな行為でありながら、
誰かに思いを伝えたり、考えをまとめたり、
いま起きていることを未来へ残したり…
「書く」には、いろんな力がありそうです。
ほぼ日手帳2019では、
「書く」という行為にあらためて注目して、
書くことのたのしさや不思議さを
考えたり、おもしろがったりしてみようと思います。
この特集では、仕事やプライベートで
書く・描くことをしている十人のみなさんに
愛用の「書く道具」を見せてもらいながら
話を聞いたインタビューをお届けします。
十人十色の「書く」を、おたのしみください。

書くってなんだ?

vol.9
ヒグチユウコ

描くことは、わたしにとって
世界と関わる方法。

「起きている間はだいたい描いている」
という画家のヒグチユウコさん。
ヒグチさんにとっての「描く」とは
どんなことなのか、
あらためて伺いました。

プロフィールヒグチユウコ

画家、絵本作家。
個展開催を軸にさまざまな企業とのコラボなどを展開中。
書籍に『ふたりのねこ』『ボリス絵日記』(祥伝社)
『ギュスターヴくん』『いらないねこ』(白泉社)、
『BABEL Higuchi Yuko Artworks』
『ヒグチユウコ シール・ボックス』(グラフィック社)、
『すきになったら』(ブロンズ社)など。
3月31日まで世田谷文学館にて個展『CIRCUS』開催中、
以後全国巡回を予定している。

――
ヒグチさんはほんとうにたくさんの作品を
生み出されていますが、
1日のうち、どれくらい
絵を描いているんですか?
ヒグチ
起きているときはだいたい描いています。
描いていないのは移動中くらい。
――
す、すごいです。
では、描く道具を見せていただけますか。
ヒグチ
まず2Bの鉛筆。
これはどこにでも売っているものです。
それから、ホルベインの「マクソン プロカラーII」を
0.05mm、0.1mm、0.2mmと太さ違いで何本かずつ。
学生の頃、もらったペンの中にこれがあって
すごく使いやすかったのでずっと使い続けています。
筆もホルベインですね。
これはキャップがついていて持ち運びができるのが便利。
人工毛と自然毛が混ざっているものなので
比較的安いのもいいです。
――
いまも「絵を描いているところを
写真に撮らせてください」というリクエストに応えて
手を止めずに話してくださっていますが、
やはり長年絵を描き続けているから
しゃべりながら描くことができるんでしょうか?
ヒグチ
いや、わたし、子どもの頃からこうですよ。
単純にそういうタイプなんだと思います。
私はしゃべりながら描けるタイプだけど、
ずっと無言でないと描けないという方もいる。
見られたら描きづらいという方もいるけど、
わたしは見張られながら描くと
仕事がはかどるタイプでもあります。
――
そういえば、キューライスさんは
「しゃべりながらでは描けない」と
おっしゃっていました。
ヒグチ
でもこの前、キューライスさんといっしょに
喫茶店に行ったとき、
「これってこうだよね」と絵を描きながら説明したら、
「いや、こうだよ」と同じように
描きながら答えてくれたので、
同じ血が流れているな、って思いましたよ。
――
ヒグチさんにとって、
「描く」ことはもう完全に
生活の一部だと思いますが、
あらためていうとすれば、どんな感覚ですか?
ヒグチ
わたしは旅行に行きたいとか、
おやすみがほしいとか、
そういう欲がほぼないんですよ。
絵に関しては
「もっとこういうものを描きたい」
「こんなふうに描きたい」と
いくらでも思いますけど。
だから基本的に、描いている時間が、らく。
まあ、あまりに締め切りがきついと
終わらないんじゃないかという恐怖はありますけど‥‥。
――
描いている時間が、らく。
ヒグチ
ただ、描くのが苦しい絵というのはありますよ。
気が向かない題材とか、
描きなおしがあまりにも多いとか。
そういうお仕事が多いと、
やっぱり気持ちが参ってしまうので、
ほんとうにわがままですが、
お断りすることもあります。

一方で、描きたくてたまらない題材も、苦しい。
――
描きたいのに、ですか?
ヒグチ
絵を描く人は誰しも、
「これを描いてみたい」とずっと思っている題材が
あると思うんですが、
そういうものほど、安易に手が出せないんですよね。
先日、「星の王子さま」を描いたんです。
原作がとても好きで、憧れが強すぎて、
難しい仕事でしたね。
完璧な挿絵はすでに原作者本人によって
描かれているんですから。
――
なるほど。
ヒグチ
でも基本的にわたしは
憧れるものやすごく好きなものを
絵にしてみることによって体内に取り入れる、
描くことによって対象とつながりをもつ、
それで納得できるところがあります。
――
描くことで、つながりをもつ。
ヒグチ
そう。
糸井さんとの対談でも話しましたけど
わたし飛行機があまり好きではないので、
その飛行機に乗ってまで行く場所って、
すごく限られてくるんですよ。
そのぶん、
わたしは行けないどこかにある何かを
絵にすることで消化したい。
実際の場所とはぜんぜん違う方向に
思いを膨らませすぎてしまうことも多いので、
行って現実とのギャップを見るよりも、
行かないでおくほうがいい場合もあります。
つまり、「行きたい場所」が
心の中にあるだけでじゅうぶん。
――
行きたい場所に対しても、
絵を描くという形で関わる。
ヒグチ
だから、わたしの「描く」というスタンスは、
自己満足的なところが強いんじゃないかな。
自分で消化するために、描く。
――
それは子どもの頃からですか?
ヒグチ
そうですね。
わたしはほんとうにずーっと絵を描いている子で。
すごく覚えているのが、
ご近所に、けんか鳥(軍鶏)を飼っているおうちが
あったんです。
――
はい。
ヒグチ
その鳥を見て、
羽根のパーツの多さにものすごく感動しまして。
「恐竜みたいだ!」って思ったんです。
まだ小学校に入る前だったと思うんだけど、
「描きたい!」って言って、
祖母にそのお家の方にお願いしてもらいました。
もともと知っている方だったので快諾してくださって、
わたし、画板に画用紙を挟んで、
描かせてもらいに行ってたんですよ。
――
そんな幼いころに!
ヒグチ
「描くところが多すぎる!」って
たのしく描いていたんです。

それは、わたしにとっては
写真に撮っても意味がないものなんですよね。
そのままそっくりに描けるかどうかは別として、
描くことによってそのものとの関係性が
生まれたところがあるのかな、と思います。
当然、その時は何も考えていなかったですけど。
――
もうほんとうに幼い頃から、
ヒグチさんが世界と関わる方法が
描くことだったんですね。
ヒグチ
もともと、
コミュニケーションが上手な方ではないので、
そういう意味でも、この仕事につけたことは
とってもラッキーだったと思います。
もしいまのわたしに仕事が来なかったとしても、
変わらず絵を描き続けているんじゃないかな。
ただ描くことに割く時間は
プロになった方が多いので、
とても幸せな状況だなって思っています。

(次回は、秀島史香さんが登場します)

photos:eric

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