休符と珈琲。虎へび珈琲・タナカサトル✕糸井重里
休符と珈琲。
対談 タナカサトル ✕ 糸井重里
コラボレーションブレンド、
「Torahebi 1101 Blend」の完成と発売を記念して、
虎へび珈琲オーナー・タナカサトルさんと、
糸井重里の対談をお届けします。



お店にはよく訪れている糸井ですが、
サトルさんとゆっくり話すのは、この日がはじめて。
コーヒーの香りに包まれながらの会話は、
最後までたのしくころがりました。



新潟から上京してファッションの道に進み、
やがて「虎へび珈琲」をうみだすまで、
サトルさんの半生をたどる、全4回の物語です。






第1回

家出~東京コレクション。
写真
糸井
「社長」というお立場なんですか? 
サトル
そうですね、一応、代表をやっています。
糸井
「虎へび珈琲」という会社の。
サトル
いや、「虎へび珈琲」はブランドで。
もともとぼくはファッションデザイナーで、
そのときにつくった
「shape of liberty株式会社」というのが
本体なんです。
ぼくはそこで、プロデューサーとか
ディレクションとか、すべてのことを。
糸井
その会社に、コーヒーの部門があるような? 
サトル
そうですね。
ぼくの甥の今井惇人が
「焙煎士になりたい」ということで、
この会社で「虎へび珈琲」をつくった、
という感じです。
───
今井さん、きょうもこちらで、
コーヒーの準備をしてくださっています。
写真
糸井
あの贅沢な試飲会はいつでしたっけ? 
もう1か月くらい前? 
サトル
たぶん、そのくらい前だったかと。
糸井
あの日がはじめましてでしたから、
まずはどんな会社なのか、
そのへんの話を聞いておいたほうがいいですよね。
サトル
ええ、ぜひ。
ぼくも「会社」とか「ブランド」とか
そのあたりのお話を糸井さんとしたいなと思って。
糸井
オーケー、話しましょう。
だって謎ですもんね、普通に考えたら。
「コーヒー屋さんじゃないの?」みたいな。
サトル
そうですよね、
たぶん他にないかたちなので。
糸井
‥‥お。もう、コーヒーのいい香りだ。
───
いま今井さんがコラボブレンドを
淹れてくださっています。
パッケージのデザインも決まりました。
サトルさん、お見せいただけますでしょうか。
サトル
サンプルですが、こんなふうに。
写真
糸井
おさるがいますね。
しっかりと「ほぼ日刊イトイ新聞」。
へえ~、うれしいですね。
サトル
やっぱり、このロゴは
ぼくにとっては象徴的というか。
糸井さんのイメージは、ぼくはこのロゴなので。
糸井
うれしいけど、ちょっと意外(笑)。
「株式会社ほぼ日」になってから、
あんまり「新聞」って
言わなくなっちゃったから。
サトル
ネットではずっと、ぼくはこのロゴを眺めながら
糸井さんが書いているものを読んでいたので、
「イトイ新聞」のイメージが強いんです。
糸井
何でもできそうだから「新聞」で始めたんですよ。
その意味では、
虎へびさんと重なるものがありますよね。
へぇ~、いいなぁ。
───
すみません、お話の途中ですが、
コラボブレンドがはいりました。
糸井
お、はいはい、いただきます。
写真
糸井
‥‥うん、いけますね。
サトル
この味はほんとに、
ほぼ日にぴったりかなと。
糸井
他の2種類も十分においしかったですけど、
そうですね、これにしてよかったです。



で? どういう道筋で
ファッションの仕事から
このコーヒーまで進んでこられたんですか。
サトル
簡単に説明すると‥‥。
糸井
ちょっとそこは簡単にじゃなく訊きたい(笑)。
サトル
わかりました(笑)。
いまぼくは54なんですけど、
15歳のとき新潟から家出をしまして。
糸井
ほぉ、家出を。
サトル
東京に来て、まずは新聞配達をしました。
相部屋の宿舎に住んで。
糸井
それは何年ころですか? 
サトル
1985年ですね。
そういう時代ですから、
相部屋の宿舎には、借金に追われているとか、
わけありの人ばかりで。
そんな中に、ぼくが入って。
糸井
15歳のぼくが。
サトル
はい。
それで、たのしく新聞配達をしてて。
糸井
それはたのしかったの? 
サトル
そのときは、
自由になれたうれしさのほうが強くて。
ぜんぜん苦しいとは思ってなかったです。
写真
糸井
新聞配達は長かったんですか? 
サトル
2年くらいですね。
相部屋のおじさんたちがすごくいい人たちで、
「お前は俺みたいになっちゃいけない」
「お金をためて早く出ろ」と言われて。
それで、上野に行くんです。
上野のジーパン屋さんでバイトをはじめました。
糸井
すこし洋服に近づいた。
サトル
新潟にいるころから
ファッションは好きだったんです。
母親が洋裁学校で働いていて、
小さいころからいろいろな
洋服を着せてもらっていたので。
中学にはDCブランドのブームがきて、
よくわからないなりに
洋服への興味が強くなりました。
糸井
あの時代に中学生だったんですね。



それで? 
上野のジーパン屋さんでバイトして? 
サトル
池袋の古着屋に移ったりしているうちに、
20歳になって。
糸井
1985年から1990年。
そこはまだ元気ですよね、日本中が。
サトル
元気でした。
古着ブームで、当時は円高で、
「アメリカに行けば、安く買った古着が
日本ですごく高く売れる!」
みたいな世界で。



ある日、古着屋の先輩から、
「お前の銀行のキャッシュカードを
逆に入れたら300万円出てくるから
おろしてこい」と言われて。
糸井
え? え? なにそれ。 
サトル
借金なんですよ。簡単に言えば。
銀行のカードを逆向きで差し込むと
キャッシングになるんです。
糸井
そうだったんだ。ぜんぜん知らない(笑)。
サトル
当時は何の保証もない人間でも、
300万円まで簡単に借りられたんです。
糸井
はあ~。それで?  
サトル
言われたとおりに
銀行のカードを逆向きに入れて、
出てきた300万円を持って、
バイトの先輩のところへ行ったら、
「それ持ってアメリカ行ってこい」と。
「買ってきたら俺らが買ってやるから」と。
糸井
そんなこと言われても(笑)。
写真
サトル
ロサンゼルスの地図を1枚渡されました。
一応、点がいくつかついてるんです。
買い付けをする場所ですね。
その地図と300万を持って、
ロサンゼルスへ行って、
レンタカーを借りて、
地図の点の場所を回って、
古着を買って、
戻ってきたら先輩たちが500万円で買ってくれる。
ということを、どんどん回していました。
糸井
旅費とかもかかるから、
手元に残るのはたくさんではないでしょう。
サトル
まあ、そうですね、どんぶり勘定で。
それくらい無知な状況で始めたんです。
写真
糸井
無知だけど行動的です。
サトル
そんな感じで始まったことが
すこしずつビジネスになっていって、
25歳のときに起業して、
高円寺に古着屋さんをつくりました。
糸井
まだ25。
サトル
で、28歳のときに、
原宿のほうに移転するんです。
古着屋さんもそろそろダメになってくるから、
「よし、自分たちで洋服をつくろう」と。
糸井
2000年のちょっと前くらいだ。
サトル
はい。
今のNIGO(ニゴー)くんとか、
1990年ころから、どんどん出てきた
ああいう人たちと同時期だったんです。
※〈NIGO〉ライフスタイルブランド
「HUMAN MADE」の創業者兼デザイナー。
糸井
いわゆる「裏原宿」。
サトル
ええ。
糸井
あのあたり、家賃も安かったんですよね。
サトル
最初はほんとに安い値段で。
今でいうスタートアップみたいな感じで
みんながブランドを始めていました。
糸井
そうか、あのころのそういう人たちだった。
写真
サトル
しばらくして、
青山の骨董通りのほうに移って
事務所をつくりました。
糸井
うちの近所に。
サトル
糸井さんと、川久保玲さん。
このおふたりをよく見かけるようになりました。
お見かけするたびに「おお!」と(笑)。
※〈川久保玲〉ファッションブランド
「コム・デ・ギャルソン」創始者。
糸井
そりゃあ見かけますよ、ご近所だもん(笑)。
でもぼくだって、川久保さんを見かけたら、
「おお、川久保玲だ」って思います(笑)。



そうですか、青山へ。
そのころは青山もそんなに高くなかった? 
サトル
まだ、いまほどでは。
糸井
ですよね。
だから、サトルさんはいつも、
早めのところでちゃんと触ってますよね。
サトル
あー、そうですね。
そういう意味では運がいいと思っています。
いろいろなことに、
けっこう早くにタッチできていたので。
糸井
それと、出ていくタイミングもいい。
サトル
出ていくことについて、よく言われました。
「お前はあのタイミングで出ていったのがすごい」
糸井
そこはすごく重要だと思いますよ。
やめるのは難しい。
「いま回っている」なら、なお難しい。
サトル
難しかったです。
ですから、それこそ、この前の試飲会で
はじめて糸井さんにお会いしたときに、
ああ、こういう先輩がいたら
もっと自分の人生、
変わっていただろうなと思いました(笑)。
写真
糸井
ええ?! なにそれ?(笑)
あの日ぼくは何を言ったの?(笑)
サトル
着眼点が、やはり。
あんなふうにぱっと判断して、
アドバイスをくれる先輩がいたら、
もうちょっと人生うまくいってたかなと(笑)。
糸井
いや、でもね、いろいろ言ってくる
先輩がいても同じで‥‥。
似てるんですよ、ぼくらふたり。
「古着はもうダメだな」とかを決めるのは、
アドバイスじゃなくて結局、自分ですよね。
サトル
ああ‥‥。
糸井
「ダメだな」の前に、
「つまんない」と思うんじゃないですか? 
サトル
まさしく。
糸井
おんなじです、ぼくも。
世の中の動きを見て考えるんじゃなくて、
心が離れるんですよ。
そうしたら、もう、出ていっちゃう。
サトル
いわゆる裏原ブームみたいなのがあって、
Tシャツブームがあったときも、
いちはやくそこから抜けました。
自分のテリトリーじゃないなと感じたので、
すぐに「東京コレクション」のほうに移って。
※〈東京コレクション〉毎年春と秋の2回、
東京で開催されるファッション・デザイナー(ブランド)による
新作発表の場。
糸井
Tシャツブームの争いはしたくない。
サトル
そうですね。
「利権」みたいな領域に入っていくのは
ちょっと違うな、と。
「ファッションだぜ」という、
15歳の気持ちが抜けなくて、
変にイノセントなところがありました。
糸井
ああ、いいですねぇ。
2024-10-09-WED
(つづきます)







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