習うことなく、独学で
黒川さんが木工の道へ入った頃のこと、
聞かせていただけますか。
はい。僕、もともと工業高校の教師だったんです。
教えていたのは電子とかそういう制御系ですから、
今やっていることとはまったく違っていたんですが、
当時から趣味で木工をやっていました。
最初は、いつ頃からかなあ‥‥、
30代で家を新築した頃かもしれません。
もともと建築が好きだったんでしょうね、
建てとる様子を見て、せっかく新築したんやったら、
いいテーブルが欲しいなと思いました。
でも家具店に置かれている無垢のテーブルは高い。
そこで大工さんに
「テーブルをつくりたいんですけど、木、ないですかね」
と訊いたら、
「これをあげるよ」と、傷物の木といって、
一般のお客様には出せないような木をくれたんです。
それでテーブルをつくったのがスタートでした。
そこからプロの木工作家になられたのは、
どんな経緯だったんでしょう。
その後も、教師は続けられて?
教員を辞めて木工作家として独立したのが
今から5、6年前、52歳の時のことでした。
教員を一生やるつもりがなかったので、
40歳になった時ぐらいから、
車庫の外に移動式の簡易的な木工機械を置き、
土日に木工をしていたんですよ。
でも独学だし、参考書籍だけではなかなか
仕事にするレベルにまでなるのは難しい。
そんな時、濱田由一(はまだよしかず)さんという、
北欧家具をミニチュアでつくる、
とても有名な家具職人の存在を知ったんです。
濱田さんは木工の専門的な本を書かれていて、
しかも工房が近くだとわかり、
よし、習いに行こうと。
ただ、最初は門前払いでした。
というのも、すでに工房を構えて、
より技術を高めたいプロの方が来ていたんですね。
そんな中、いち教員が、
将来木工を仕事にしたいからって言っても、
なんら説得力がないわけです。
そんな遊びじゃないよって言われてしまったんですが、
将来ここに土地を買って工房をつくる予定ですと、
自分の熱意を伝えたところ、
一応覚悟はあるなっていうことで、
受け入れてもらったんです。
そこから5年間ぐらいかな、
土日しか行けませんし、
その方も職人さんなので仕事があり、
スケジュールと照らし合わせながら、
習いに行ったんです。
その頃ですか、
やまほんの山本さんと知り合ったのは。
そうなんですよ。
まだ教員でしたが、だんだんと、
仕事は受けとったんですよね。
いきなり教員を辞めて
仕事がとれるわけでもないので、
独立の準備を兼ねて仕事をする中で、
山本さんと出合いました。
最初のシェーカーボックスをつくられた
きっかけは?
お客様からご依頼があったんですよ。
たまたまテーブルと椅子などを
納めさせていただいたお客さまが、
シェーカーボックスっていうものがあるんだけど、
なかなか東海地区で手に入るところもないから、
木工やっとるんならつくれるんじゃない? と。
僕、新しいものをつくるのが好きなので、
ちょっとやってみようかと、
ほんとに習うことなく、独学で始めました。
シェーカーボックス、独学なんですね。
濱田さんに教わったわけではなく。
そうなんです。
でも唯一参考にした本があります。
アメリカの出版物で、
曲げ木のいろんな技術が載っている本です。
そこにシェーカーボックスのつくり方があったので、
英語が得意な娘に
「これなんと書いてあるんや」と訳してもらって、
写真を参考に、いろんな治具(*)をつくって、
試行錯誤して。
(*)治具とは、加工するものを固定する補助の工具。
アメリカの出版物を
参考になさったということは、
ある意味、本家本元の流れですね。
シェーカー家具は、シェーカー教徒が暮らした
アメリカの東部沿岸地域のものですよね。
そうですね。
そして、わりと細かく書いてあったんです。
けれども、実際に本家のシェーカーボックスを見ると、
意外と、つくりが雑だったりもするんですよ。
そうなんですか。
日常づかいの道具ですから、
そういうものなのかもしれませんね。
けれども、黒川さんのシェーカーボックスは、
すみずみまで、すごく丁寧なつくりです。
端も、切りっぱなしじゃなく、
ちゃんと削ってあるとか。
なにより驚いたのが、曲げ木の重なり具合。
きれいなグラデーションになっているんですよ。
こんなにきれいに、
ミリよりも小っちゃい単位で
重なりをつくられるのが、すごいなと思いました。
シェーカーボックスの側面、曲げ木が重なっているところ。
グラデーション状に木が削られています。
僕は、本来のつくり方とは、
ちょっと工程を変えています。
その本でつくり方を見ると、
木を曲げたときに鋲(びょう)を打つんですが、
それだと仕上げがすごく荒くなるんです。
どうしてもズレた状態で鋲を打つと、
研磨しづらくて毛羽立ちが出る。
いまはボンドっていう接着剤の技術が
発展しているのだから、
ボンドで仮留めして、最後を鋲で固めた方が、
よりきれいな、工芸品的な仕上がりに
なるんじゃないかなと思って、
じゃ、初めはオーダーをいただいて、
そこから結構試行錯誤をなさった?
そうですね、そのお客様が、
とても目が肥えた方で、
シェーカーボックスについても詳しく、
なかなか納得はいただけなかったです。
‥‥何年ぐらいかかったかな。
そんなに?!
2年ぐらいかかりました。
それでも待つとおっしゃるので、
今でもお付き合いがあるんです。
細部まで丁寧に、こまやかに
きれいにカーブしたまま、
かつ薄くなっていくっていうところなど、
ほんとうに美しいと思います。
プロのカメラマンに撮ってもらったんですが、
ディテールが得意な方なんですけれど、
そのカメラマンさんのレンズを通したとき、
「これ、すごいね」という話になって。
鋲を打つ場所がきちんとシンメトリーだったり、
サイズに合わせて鋲のサイズを替えていたり。
この部分だけ拡大して見ても美しい、銅の鋲。
そりゃうれしい。
鋲は、アメリカで出ている
シェーカーボックス用の鋲を使っています。
シェーカーボックスのサイズが小さくなると、
板も薄くしないと曲がらないので、
それを留めるための脚の大きさ(長さ)も変わるんです。
結局、先端をつぶすんですよ。
デニムの平らなボタンを
「カシメ」(カシメボタン)って言いますけれど、
その「かしめる」っていうイメージ。
銅なので、より硬い鉄のまる棒で叩いて、
裏の尖ったところをつぶすんです。
この鋲の先端がまた、形が全部違うんですよ、微妙に。
日本の銅の釘ってだいたい一緒なので、
日本の銅の釘を使う作家さんもいるんですけど、
僕は、それだとちょっと、逆にきれいすぎて。
そこは「こうしたい」と考えて、やっていることですね。
なるほど、そういうことなんですね。
アメリカ製の、シェーカーボックス用の鋲。
ひとつひとつ、銅の鋲を打ち込んでいきます。
鋲で留めるのは
意匠的な意味ももちろんあるんですけど、
実用的、技術的な意味が実はあって。
いくら、いい接着剤であっても、
長年経つとどうしても緩むんです。
経年変化や、落としてテンションがかかると、
はがれたり、外れてしまうことがあります。
そもそも木を曲げた状態で
強いテンションがかかっていますから。
底面をつなげてるのは銅ではなく木の釘ですか?
そうです。蓋穴開けて、打ち込んで。
ここに銅の鋲を打つ人もいるんですが。
蓋の上部と、底面近くに丸く見える部分が、木の釘です。
そこは意匠的な話でしょうか。
そうですね。
銅の鋲は、ちょっと派手になるんです。
悪くはないですけど。
一個一個穴を開けて、
打って入れてから、出た部分を切るわけですね。
側面に穴を開けて、木の釘を打ち込んだようす。
下に敷いてあるのは、黒川さん自作のテンプレートです。
そうです。
ペンチで切ってもちょっと頭が出るんで、
ノミでちょっとさらって、
ペーパーで仕上げていくっていう感じですね。
仕上げの前までの作業は、ようやく今、
スタッフができるようになったんですが、
最後の仕上げは自分じゃないと、と思っています。
研磨も難しいんですよ、
初心者だとどうしても端に力が入り、
端が多少、下がってくる。
そうすると、ディテールとしてカッコ悪くなるんです。
ほんのすこしのことで。
わずかでも、野暮ったくなるんです。
等間隔に打ち込まれているのも美しいと思いました。
テンプレートがあって、
それに合わせて打つところを決めています。
穴を開ける治具もあるんですよ。
自作のやつが。
前は錐(きり)でやっとったんですけど、
キリがないんで。
穴を開ける治具。木の板でドリルを固定して、同じ高さに穴を開けることができます。
(笑)道具は自作というのも、すごいです。
ああ、なるほど、底の板から、
側の曲げ木に貫通させることで、
強度を出しているんですね。
アメリカの本で学んだあとで、
独自にいろいろな創意工夫を重ね、
こうしてスキッとした感じの
たたずまいで仕上げていくという‥‥。
それは、さきほどお話しされていた
濱田先生が、ミニチュアの家具をつくられていたことは
関係していますか?
細かい作業が苦にならないというか。
そうかもしれませんね。
僕、飛び込みで、先生のところに行ったじゃないですか。
で、教えていただけることになったとき、
「僕、こんな椅子がつくりたいです」って、
自分で描いた図面を持っていったんです。
そしたら「素人がデザインした椅子なんかつくるのは
10年早い」って言われました。
北欧の名作椅子の図面を起こすところから始めて、
ミニチュアをつくってから
本物をつくる工程をやらないと、
もう絶対将来がないぞって。
で、あらゆるミニチュアをつくったんです。
もとの図面はデンマーク製のものがあるんですが、
それをもとに、自分なりに手書きで、
大きな原寸図をつくっていくんです。
その頃はCAD(キャド:コンピュータの設計ソフト)が
なかったので‥‥。
そしてその前に忠実に5分の1の模型をつくるんです。
その段階で椅子をつくるのにどんな治具が要って、
どういう加工手順が必要なのかを検証するんですよ。
つまり、それができなければ、
いくらデザインをしても
ダメだって言われました。
もしそれが一見していいデザインでも、
ほんとにつくり込めるかどうかは、わからないと。
それでミニチュアの模型を延々とつくりました。
なるほど。
黒川さんがつくったミニチュアの家具の模型。
時間をかけてつくる理由
シェーカーボックスですが、
小さいものをつくるのと
大きいものをつくるのって
大変さっていうのはそう変わらないものですか。
材料コストはだいぶ違うんですが、
手間としてはそんなに変わりません。
例えばいちばん大きいものですと、
きれいな柾目(まさめ)で節のない、
1メートル30センチぐらいの木がないと
曲がらないので。
小さいものなら幅も狭くていいですし、
長さも40センチぐらいあればいい。
そういう違いですね。
製品全体にツヤがあるのは、
最後になにかなさっているんですか。
まずオイルをかけるんです。
それも2回かけて、最後にワックスを塗ります。
オイルって1回かけると毛羽立ちが出るんですよ、
いくら研磨しておいても。
ですからかけたあとの毛羽立ちを
400とか600番のやすりで一回研磨して、
再度、オイルをかけます。
そして蜜蝋ワックスを塗り込む。
ただ、無塗装がよいという作家のかたもいますし、
最初はどうしてもオイルの匂いが残るから、
無塗装で仕上げてくださいという
リクエストをお客さまからいただくこともあります。
香りはいずれは飛ぶんですけど。
1個つくるのに
どのくらいの時間がかかるものなんですか。
単純に1個ですと、4日かかりますね。
乾燥する時間や、
曲げておいておく時間があるので。
作家さんの中には本体と蓋用で、
曲げる型を2種類持つ方もいるんですが、
僕の場合は本体と蓋との相性をよくするために、
本体を先に曲げてから、それに合わせて
蓋を曲げるっていうやりかたなんです。
そのこともあり、時間がかかります。
わかります。ちょうど伊賀の土楽さんの
土鍋も担当しているんですけど、
胴を引いたと同時に蓋も引いて、
一緒に乾かすことで
カタカタ鳴らないようにしてるっておっしゃっていて。
やっぱりそういう技があるんですね。
木を曲げるためにつかう道具。これも、黒川さん自作です。
どう使うかというと‥‥。
中にお湯が入っていて、木の板を浸しておきます。
木が柔らかくなったら取り出します。
柔らかくなった木の板を型に合わせ、側面に巻いていきます。
ころんと一周転がすと、シェーカーボックスの側面になります。
厚みが結構蓋自体にありますよね。
ちょっと重さもあって、
締まりがいいなって思いました。
たしかにあります。
実は昔、無垢材でやっとったんですけど、
やっぱりどうしても隙間ができるので、
今は「厚突き」(あつつき)の板を使っています。
普通の突板(つきいた)ってコンマ2の薄さなんですけど、
突板屋さんに別注で、
よく北欧家具で使われる、
厚みが1ミリ弱ぐらいある厚突きのものを
つくってもらっているんです。
それを蓋に使ってるってことなんですか。
蓋にも底にも使ってます。
日本のふつうの突板だと
シェーカーボックスの質感としてはよくないので、
その4倍ぐらいの厚みのものを使います。
突板にすることで安定感も出るでしょうね。
無垢材に比べて。
そうです、安定感が出ます。
たとえば百貨店の催事に出すと、
館内が非常に乾燥しているので、
無垢材だと隙間があいてしまうことがあるんです。
僕のシェーカーボックスは、そこで立証済みなので
どこへ持っていっても大丈夫です。
なるほど、それゆえの重みだったんですね。
使う木は、今は何種類ぐらい?
今はメープル、ウォールナット、チェリーですね。
あとはカラーだとタモっていう木を使います。
シェーカーはもともとはメープルで
つくっとった歴史があるんですけど、
出回っとるのは実はチェリーが多くて。
やっぱり経年変化がきれいなんですよね。
日常の生活空間で紫外線が若干当たるところに
置いておくと、また色に深みが出ていくんです。
メープルはあんまり色が変わらないですね。
実際、シェーカーボックスは断然
チェリーのオーダーが多いですね。
チェリー、癖があって曲げづらいんですけど。
癖があるんですか。
一番曲げやすいのはやっぱりメープルです。
だいたい失敗なく、曲がりやすい。
サクラでつくってほしいっていう方もみえるんですが、
サクラはなかなか難しいんですよね。
そもそもいい材が入らないので。
チェリーとサクラは違うんですね。
輸入材のチェリーではなく、
日本のサクラのことですね。
色が白いんです。
いつか風景のひとつに
黒川さんの木工のお仕事、
今のメインはシェーカーボックスでしょうか。
わりと家具も多いんですよ。
半々ぐらいかな。
家具はご自身でデザインを?
お客さまが「こんな家具つくって」と
おっしゃることが多いですね。
最初は雑誌や家具のカタログを前に、
こんなテーブルが、というふうにお話しされるんですが、
僕はシンプルで長く使い続けてもらった方が
いいと思うので、
それがコストを落とす方法でもあるとお話しし、
納得いただいた方におつくりしています。
ちなみに、ラウンドテーブルが多いです。
黒川さん、ありがとうございました。
このシェーカーボックスが
素敵な理由がよくわかりました。
量産じゃない良さ、と思っていただけたら。
丁寧につくることで、長く2世代にわたっても
使えるシェーカーボックスを
提供したらいいかなって思っているんです。
たしかに長持ちしそうです。
使い込まれるとアンティークみたいになっていくので、
流行りで持たれるというよりは、
長年使いこなされて、
何代も、そういう風景の中に
自分のものが残っておればいいかなっていうのが
僕の思いなんです。
将来自分がいなくなったとしても、
そういう風景があった方が
ものとしては価値があるんだろうなって。
ほんとに好きな人にちゃんと手渡って、
長く愛用してほしいと思います。
シェーカーボックスは、
2024年3月7日(木)販売開始です。
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