糸井 |
ちょっと「満足のいく眠り」の話から
離れるかもしれませんが‥‥。 |
高橋 |
ええ。 |
糸井 |
いままでのお話をお聞きしていて、
レム睡眠というのは
「質の低い睡眠」みたいに扱われていた、
というふうに聞こえたんですが‥‥ちがいますか? |
高橋 |
ええ、そのとおりなんですよ。
さきほどもすこし触れましたけど、
われわれが起きて活動しているときには
ある種のストレスが、つねにかかっているわけです。
そのストレスを解放してあげて、
「自由に動いてもいいよ」といってあげてるのが、
たぶん、レム睡眠なんだろうと。
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糸井 |
つまり、記憶の再編成であるとか、
脳の自由度みたいなものを確保することだとか‥‥
そういう役割があるとされはじめたんですね。 |
高橋 |
池谷先生の研究されている分野ですが、
ここ数年で、そういうふうに
学問的には解釈されてきてるんじゃないでしょうか。 |
糸井 |
でも、もし、僕らが
社会生活を
「自己抑圧的に」営んでいるのだと仮定したら、
その脳のストレスってのは、
人間が群れをなすようになって以降、
どんどん大きくなってるとは、考えられませんか? |
高橋 |
ああ‥‥群れをつくった時点で、
自由におもむくまま、生きられるわけじゃないし。 |
糸井 |
だって、ストレスじゃないですか。 |
高橋 |
うん‥‥環境要因プラス、
社会生活の人間関係からくるストレス。
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糸井 |
たとえば、10万年前の人間と現代人とで、
その「組成」は変わってないわけですよね。 |
高橋 |
遺伝子なんかは、ほとんど変わっていませんね。 |
糸井 |
つまり、人間のつくりじたいは
ほとんど変わってないのに
現代人が要求されているものの水準って、
すごく高くなっていると思うんです。
大むかしの人では考えられないほど、
大きな要求にこたえ、ストレスを感じながら、
その見返りとして、
それなりのごほうびを、もらってる。 |
高橋 |
つまり、相当ムリしてると。 |
糸井 |
だから、脳研究の見地からいったら、
もともと人間は
群れをつくる動物じゃなかったって捉えかたも‥‥。 |
高橋 |
ありうるかもしれませんね。
社会不適応ということに対して
すごく厳しいですしね、人間というのは。
そのならいに、従わざるを得ない。 |
糸井 |
吉本隆明さんと話しているとき、
「人間って、
群れをつくるものじゃないと思う」って、
おっしゃってたんですよ。
吉本さんの場合は、どちらかというと
哲学的な意味で捉えるべきなんでしょうけど、
でも、われわれが
群れをなす必要に迫られてきたのだとしたら‥‥。
つまり、レム睡眠的な「自由」のほうが
もし、よしとされていたならば、
人間って本来、「群れない」のかもしれない。
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高橋 |
みんなでちからを合わせて狩りをしないと
食物を手に入れられない、
という歴史がありましたよね。
それを理由にして語った場合には、
群れとは人間の本質である、とは言えるんです。
ですから、われわれが群れをなすまえから
スーパーやコンビニがあって、
食物の獲得に問題がなかったら、
もっと、自由に生きていたかもしれませんね(笑)。 |
糸井 |
ああ、おもしろいですね。
人間が「いいことだ」と選びとってることって、
どこか、自己抑圧的に我慢していたりしますから。
その、群れるかどうかということに限らず。 |
高橋 |
そうですよね。 |
糸井 |
なんというか、
「楽しさ」とか「よろこび」でさえも、
脳にとっては、ストレスなのかもしれない‥‥。 |
高橋 |
楽しいのもストレスだっていう言いかたは、
けだし、名言ですよ。 |
糸井 |
ようするに、脳にもストレスのない「遊び場」を
つくってあげてる、ということなんですね。
レム睡眠の役割というのは。 |
高橋 |
けっして「質の低い眠り」ではないんです。
<つづきます>
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