草刈 | ここ2年くらいは、 バレエの稽古場に毎日行ってないので、 たまに稽古着を着て稽古場に入ると、 「わっ!」ということになります。 自分の体は、どこがどうなっているか 瞬時にわかりますので。 そこから何日か稽古場に通うと どんどん体形は変わっていきます。 |
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糸井 | そうなんですか。 | ||
草刈 | 気をつけながら体を動かしたり 稽古をすると、 自分のイメージのほうへ体が近づいていきます。 目も耳も全部、 自分をジャッジするためのもので、 それは子どもの頃からずっと養っちゃっています。 そのストイックさについては、 ダンサーはみんなそうだと思います。 |
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糸井 | 当たり前のことなんだ。 | ||
草刈 | そのハードルがより高く 訓練されちゃうのかもしれないですね。 |
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糸井 | それってつまり、「自我」じゃないですもんね。 環境全体の中で私はどうあるべきか、 ということでしょう? 主語が自分じゃなくて、境遇というか。 |
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草刈 | あぁ。おもしろい、それ(笑)。 自分なんだけれども、 体のパーツはすべて部品のように 動かなきゃいけない。それはそうです。 手をおろすときも、バレエでは 美しくなくてはいけないのですが、 それは、自分がイメージする形というよりも、 「その形」がすでにあって、それを習得し、 その上できれいにしなくてはなりません。 |
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糸井 | そうだ。まったく、そうですね。 | ||
草刈 | ですからバレエは 「自分が、自分が」と言う人は、 上達しづらいと思います。 |
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糸井 | わかります。 | ||
草刈 | 徹底的に人の言うことを聞く人のほうが 上達しやすい。 私が、「あ、この人はすごい」と思う人は いろんなものをちゃんと受け入れて、 最後に自己主張する、という人が多いんです。 特に女性が多いけれど。 それは決して「私が、私が」ではない。 そういう人たちはとても立派です。 |
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糸井 | はぁあ。聞いてて、感心します。 | ||
草刈 | そういう方々に教わってきたから そう思うのかな。 |
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糸井 | 教わるときは、人としてまるごと、 先生を尊敬するわけですよね。 |
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草刈 | はい。その人の言ってることを すべて受け入れる形じゃないと、 踊りの稽古は、うまくいきません。 私はわりと人を選ばず、 言われたことはなんでも聞くという姿勢で 仕事をしてきたつもりですが、 「わぁ、すごい!」と 思わせていただける方のほうが、 どんどん吸収していけます。 |
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糸井 | 以前、市川染五郎さんと話したときに、 鏡の話が出てきたことがあります。 染五郎さんは、けっこう若いときに 鏡の前での練習を禁止されたそうです。 それは、古典の人たちが 手振りを見て教わりながらやっていく方法です。 客席側に自分の目玉が着くまでは モニターを見ちゃいけないんだ、という話で、 それはすごく説得力がありました。 |
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草刈 | そうです。 あのね、鏡は見ちゃいけないんです。 |
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糸井 | 見ちゃいけない? | ||
草刈 | 私たちは鏡の前で踊るんだけど、 鏡を見続けてはいないんです。 |
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糸井 | おぉ! そうなんですか。 | ||
草刈 | あれは中学生ぐらいのときかな、 鏡に向かって稽古してるのに 「鏡を見ちゃだめだ」と言われました。 「鏡は見るな」と言われながら、 鏡の前でずっと練習する。 みんなそういう状況で稽古してます。 |
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糸井 | うーん、どんな感じなのかなぁ。 | ||
草刈 | いわば「見方を習得」するんです。 鏡を見ると、まずは 目線の定まり方が甘くなります。 ですから、鏡のないほうへ 向きを変えて練習することもあります。 しかし、バーにつかまって稽古するようなときは、 鏡の前で、自分で細部をチェックします。 鏡の前で「鏡を見るな」と 言われながら稽古することで いろんな見方を覚えていくんですよ。 |
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糸井 | うーん、おもしろいねぇ。 | ||
草刈 | ツアーなどで なじみのない稽古場で稽古をするとき、 「クラス(基礎稽古)は鏡向きと鏡なし、 どっちでやる?」 と訊かれたりすることもあります。 ほとんどの人が 「鏡を見ながら稽古する」と答えます。 私も、自分の基礎練習は、 ウォーミングアップも兼ねていますので、 鏡を見ながら自分でチェックできたほうが いいと思っています。 個人レッスンでない場合は、 先生のチェックだけでは足らなくて、 自分でもチェックしながら稽古する。 |
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周防 | 「クラス」というのは、 作品のリハーサルとは違って いわば練習の冒頭にやる、基礎稽古です。 野球でいえば、 キャッチボールとかトスバッティングとか、 そういうものに近いんですよ。 |
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糸井 | 毎回必ずやる、というやつですね。 | ||
周防 | ええ。野球の練習って、だいたい キャッチボールからはじめますよね。 しかも、キャッチボールの大事さは 「相手の胸めがけて投げなさい」というように、 子どもの頃からずっと教え込まれます。 それと同じで、基礎練習の「クラス」が バレエダンサーの体を作ります。 肉体を作り、動きを習得し、そのうえで 作品のリハーサルをします。 「クラス」で作りあげたものを 作品の練習で統合してしていき、 また次の日も「クラス」からはじめる。 そのくり返しで、バレエの舞台は 作られていきます。 |
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糸井 | 前提として、まず すごい時間がそこにあるんですね。 |
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周防 | 今回の映画には リハーサルの部分も入れていますが、 実はあのリハーサルができるまでになる すごく長い時間が、前提として存在します。 |
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糸井 | そこは描きようがないですね。 | ||
周防 | はい。この人たちは子どもの頃から 毎日バーをつかんでいた、 それを思っていただくしかありません。 その何十年かの結果として、 あのリハーサルができる。 彼女がプロデュース公演をしたときに ドキュメンタリーを撮ったことがあるんですが そのとき、 「ここで稽古してるダンサーって、 みんなちっちゃいときから、 毎日これをやってきたんだ」 と思ったら、気が遠くなりました。 |
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糸井 | 「クラス」にゴールはあるんですか? | ||
周防 | いや、「クラス」に卒業というのは ありません。 |
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草刈 | ないですね。 | ||
周防 | やり続けるんです。 | ||
草刈 | 基礎の動き──例えば 足先ひとつ伸ばすにしても、 そのダンサーの質があらわれてしまいます。 ダンサーのレベルがすべて 「クラス」の動きに投影されます。 つまり「クラス」は 動きの質を高めるためのものでもあるので、 どこまでやればゴールだ、 ということではありません。 プリエ(膝を曲げる)という 屈伸運動からはじまって、 足先を伸ばす、少しずつ足を上げていく。 それを、どんな音楽に合わせて どういう順序でやっていくかは、 体がどう作られるかということに まるごと影響していきます。 バレエの歴史が古い国では、 バレエの教師になるために、教員免許が必要です。 教員免許を与える大学では、 解剖学、コンビネーションの作り方、 何歳のときにどういうレッスンをするか、 カリキュラムの作り方も学びます。 そのカリキュラムに沿って 音楽と動きのコンビネーションも学び、 「この年齢の人たちに どういうコンビネーションを作りますか?」 というようなことがテストに出たりする。 |
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糸井 | 体系的な学問なんですね。 | ||
草刈 | そうです、完全に学問です。 いい先生の「クラス」は、3日受けたら 体が変わってきます。 いいダンサーは、いい教師についてるんですよ。 |
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糸井 | 周防さんは、いまのお話を、 「そうそう」って思いますか? |
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周防 | いまは、「そうそう」。 | ||
糸井 | おぉ。思えるんだ! | ||
(つづきます) | |||
2011-06-27-MON |