かっこいい、 草刈さんと周防さん。
第3回 みんなの知らない長い時間。
草刈 ここ2年くらいは、
バレエの稽古場に毎日行ってないので、
たまに稽古着を着て稽古場に入ると、
「わっ!」ということになります。
自分の体は、どこがどうなっているか
瞬時にわかりますので。
そこから何日か稽古場に通うと
どんどん体形は変わっていきます。
糸井 そうなんですか。
草刈 気をつけながら体を動かしたり
稽古をすると、
自分のイメージのほうへ体が近づいていきます。
目も耳も全部、
自分をジャッジするためのもので、
それは子どもの頃からずっと養っちゃっています。
そのストイックさについては、
ダンサーはみんなそうだと思います。
糸井 当たり前のことなんだ。
草刈 そのハードルがより高く
訓練されちゃうのかもしれないですね。
糸井 それってつまり、「自我」じゃないですもんね。
環境全体の中で私はどうあるべきか、
ということでしょう?
主語が自分じゃなくて、境遇というか。
草刈 あぁ。おもしろい、それ(笑)。
自分なんだけれども、
体のパーツはすべて部品のように
動かなきゃいけない。それはそうです。

手をおろすときも、バレエでは
美しくなくてはいけないのですが、
それは、自分がイメージする形というよりも、
「その形」がすでにあって、それを習得し、
その上できれいにしなくてはなりません。
糸井 そうだ。まったく、そうですね。
草刈 ですからバレエは
「自分が、自分が」と言う人は、
上達しづらいと思います。
糸井 わかります。
草刈 徹底的に人の言うことを聞く人のほうが
上達しやすい。
私が、「あ、この人はすごい」と思う人は
いろんなものをちゃんと受け入れて、
最後に自己主張する、という人が多いんです。
特に女性が多いけれど。
それは決して「私が、私が」ではない。
そういう人たちはとても立派です。
糸井 はぁあ。聞いてて、感心します。
草刈 そういう方々に教わってきたから
そう思うのかな。
糸井 教わるときは、人としてまるごと、
先生を尊敬するわけですよね。
草刈 はい。その人の言ってることを
すべて受け入れる形じゃないと、
踊りの稽古は、うまくいきません。
私はわりと人を選ばず、
言われたことはなんでも聞くという姿勢で
仕事をしてきたつもりですが、
「わぁ、すごい!」と
思わせていただける方のほうが、
どんどん吸収していけます。
糸井 以前、市川染五郎さんと話したときに、
鏡の話が出てきたことがあります。
染五郎さんは、けっこう若いときに
鏡の前での練習を禁止されたそうです。
それは、古典の人たちが
手振りを見て教わりながらやっていく方法です。
客席側に自分の目玉が着くまでは
モニターを見ちゃいけないんだ、という話で、
それはすごく説得力がありました。
草刈 そうです。
あのね、鏡は見ちゃいけないんです。
糸井 見ちゃいけない?
草刈 私たちは鏡の前で踊るんだけど、
鏡を見続けてはいないんです。
糸井 おぉ! そうなんですか。
草刈 あれは中学生ぐらいのときかな、
鏡に向かって稽古してるのに
「鏡を見ちゃだめだ」と言われました。

「鏡は見るな」と言われながら、
鏡の前でずっと練習する。
みんなそういう状況で稽古してます。
糸井 うーん、どんな感じなのかなぁ。
草刈 いわば「見方を習得」するんです。
鏡を見ると、まずは
目線の定まり方が甘くなります。
ですから、鏡のないほうへ
向きを変えて練習することもあります。
しかし、バーにつかまって稽古するようなときは、
鏡の前で、自分で細部をチェックします。

鏡の前で「鏡を見るな」と
言われながら稽古することで
いろんな見方を覚えていくんですよ。
糸井 うーん、おもしろいねぇ。
草刈 ツアーなどで
なじみのない稽古場で稽古をするとき、
「クラス(基礎稽古)は鏡向きと鏡なし、
 どっちでやる?」
と訊かれたりすることもあります。
ほとんどの人が
「鏡を見ながら稽古する」と答えます。
私も、自分の基礎練習は、
ウォーミングアップも兼ねていますので、
鏡を見ながら自分でチェックできたほうが
いいと思っています。
個人レッスンでない場合は、
先生のチェックだけでは足らなくて、
自分でもチェックしながら稽古する。
周防 「クラス」というのは、
作品のリハーサルとは違って
いわば練習の冒頭にやる、基礎稽古です。
野球でいえば、
キャッチボールとかトスバッティングとか、
そういうものに近いんですよ。
糸井 毎回必ずやる、というやつですね。
周防 ええ。野球の練習って、だいたい
キャッチボールからはじめますよね。
しかも、キャッチボールの大事さは
「相手の胸めがけて投げなさい」というように、
子どもの頃からずっと教え込まれます。
それと同じで、基礎練習の「クラス」が
バレエダンサーの体を作ります。

肉体を作り、動きを習得し、そのうえで
作品のリハーサルをします。
「クラス」で作りあげたものを
作品の練習で統合してしていき、
また次の日も「クラス」からはじめる。
そのくり返しで、バレエの舞台は
作られていきます。
糸井 前提として、まず
すごい時間がそこにあるんですね。
周防 今回の映画には
リハーサルの部分も入れていますが、
実はあのリハーサルができるまでになる
すごく長い時間が、前提として存在します。
糸井 そこは描きようがないですね。
周防 はい。この人たちは子どもの頃から
毎日バーをつかんでいた、
それを思っていただくしかありません。
その何十年かの結果として、
あのリハーサルができる。

彼女がプロデュース公演をしたときに
ドキュメンタリーを撮ったことがあるんですが
そのとき、
「ここで稽古してるダンサーって、
 みんなちっちゃいときから、
 毎日これをやってきたんだ」
と思ったら、気が遠くなりました。
糸井 「クラス」にゴールはあるんですか?
周防 いや、「クラス」に卒業というのは
ありません。
草刈 ないですね。
周防 やり続けるんです。
草刈 基礎の動き──例えば
足先ひとつ伸ばすにしても、
そのダンサーの質があらわれてしまいます。
ダンサーのレベルがすべて
「クラス」の動きに投影されます。

つまり「クラス」は
動きの質を高めるためのものでもあるので、
どこまでやればゴールだ、
ということではありません。
プリエ(膝を曲げる)という
屈伸運動からはじまって、
足先を伸ばす、少しずつ足を上げていく。
それを、どんな音楽に合わせて
どういう順序でやっていくかは、
体がどう作られるかということに
まるごと影響していきます。

バレエの歴史が古い国では、
バレエの教師になるために、教員免許が必要です。
教員免許を与える大学では、
解剖学、コンビネーションの作り方、
何歳のときにどういうレッスンをするか、
カリキュラムの作り方も学びます。
そのカリキュラムに沿って
音楽と動きのコンビネーションも学び、
「この年齢の人たちに
 どういうコンビネーションを作りますか?」
というようなことがテストに出たりする。
糸井 体系的な学問なんですね。
草刈 そうです、完全に学問です。
いい先生の「クラス」は、3日受けたら
体が変わってきます。
いいダンサーは、いい教師についてるんですよ。
糸井 周防さんは、いまのお話を、
「そうそう」って思いますか?
周防 いまは、「そうそう」。
糸井 おぉ。思えるんだ!
(つづきます)
2011-06-27-MON
前へ 最新ページへ 次へ
HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN