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きょうから2回にわけて、
高橋さんのインタビューをおとどけします。
まずは、大学からドイツ修行時代、
そして日本に帰国するまでの、青年期のお話です。 |
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「ほぼ日」の武井です。
ぼくがはじめて買った高橋さんのグラスは、
こんな、コップでした。

広尾にあった「ギャラリー介」で
店主の井上典子さんから、こう説明を受けました。
「高橋さんのグラスで飲むと、
やすいワインでも
ほんとうにおいしく感じられるんですよ」と。
その時、ワイングラスは予算的にむりだったのですが、
コップなら──、と、ひとつ買い求めたのが、
このグラスでした。
有機的なフォルムというんでしょうか、
つるんと産み落とされたたまごのようでもあり、
すべすべと手にしっかりなじんで、
でもすべりおちることもなく、
そして、軽い。
しかし、ぱきんと割れそうな脆さもなく、
ひじょうに男性的なものだと感じました。
そして家にもどって、水を飲んでみて、おどろきました。
「するっ」と口に入る、その感じは、
いままで使ってきたどんなコップとも
ちがうものだったからです。
ワインをそそいでみました。
真っ赤なワインは、上等なものではなかったのですが、
高橋さんのグラスに入ると、
なんだか「とろん」と揺れるような
ふしぎな質感に見えて、
その見た目からしてもう、おいしそう。
口にすべりこむワインは、
なるほど井上さんが言うとおり、
「おいしい‥‥」と思える味でした。
いつものワインよりも、ずっと。
この謎を解明したいと思ったのですが、
高橋さんにおたずねしても
「さあ、どうしてだろうねー?」と
ちょっとはぐらかします。
そこで、高橋さんとふるい友人でもあり
ガラスの仲間でもある、プラハのshinoさんに コメントをいただきました。 |
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高橋禎彦さんのグラスの口当たりのよさは
ワイングラスだけじゃなくて、コップでも同じです。
だから、特別な時だけじゃなくて
普段遣いのコップとして
ぜひ使ってもらいたいと思います。
技術的な話をすると、
一般的にグラス(drinking glass)は
工業製品(量産)です。
工業製品の中にも口の処理には若干の違いはありますが、
高橋さんは「宙吹き」。
工業生産と宙吹きでは工程が全く別物ですから、
まずそこが大きく違います。
といっても、宙吹きの方が
優れているといってるんじゃないんですよ。
特にワイングラスは
ID(インダストリアルデザイン)の方が
いいものが多いと思ってるし、
宙吹きのグラスが全て口当たりがいいなんてこともない。
それは作り手(の技術)によってまったく違うことです。
土ものだって、同じ土を使ってろくろをひいても
作り手によって全然違いますよね。
仮に同じデザインでも、
職人さんの手が変われば全然違う。
それと同じで、ガラスも作り手の息の入れ方や
仕上げの仕方で全く違うものになります。
で、それを踏まえた上で、
高橋さんのグラスの口当たりは、
そういう工程の違いの問題じゃない気がします。
もちろん高橋さんの技術の高さはお墨付きだし、
実際の口当たりだって偶然でもなんでもなく、
それによって生み出されてるものなのですが‥‥。
例えば、絹、木綿、麻の肌触りの違いを
ガラスの制作工程や
ブランド(もしくは作り手)の違いだとすると
高橋さんのグラスの口当たりの違いは
木綿なら木綿の中での肌触りの違いに
近いのかもしれません。
絹も木綿も麻も、
それぞれ特有の優れた質感(触感)があるんだけど、
その中でも更に上等の肌触り、というようなもの。
絹と比べてどっちが上ということじゃなくて、
木綿としての上等の肌触り。
もっとパーソナルな気持ち良さに迫るもの、
例えば、Tシャツの襟ぐりの着心地感とか、
「この音楽好き」みたいな実に個人的な感覚。
通常、私達が食器を選ぶ時、
色や柄、かたちといったデザインに左右されます。
これは個人の嗜好の範疇といえるものです。
もうひとつは持ちやすさとか洗いやすさといった
使いやすさ=いわゆる機能、に即したこと。
で、高橋さんの「口当たり」は機能ではない。
どちらかといえば個人的な嗜好に近いもの、
更にいえば、もっと人間の生理に
直接働きかけるようなものだと思います。
使い勝手ではなくて、あくまで使い心地。
ワインもそうですが、コーヒーや紅茶等、
意識して飲む嗜好品に関しては
それなりに作法やうんちくもあるし、
加えて個人の趣味も
選ぶ器に反映されている気がします。
でも、日常的なものにはみな比較的無頓着。
以前から、私は友だちに
ご飯茶碗はいいもの使って! と
言い続けてるのはそこで、
普段使いのものほど
もっとパーソナルな心地よさを求めた方が
幸せになれると思うんです。
日本人はご飯茶碗やお箸に
「自分の」を持ってるでしょう?
あんがい無頓着で、
積極的に自分で選んでない人もいるでしょうけれど、
そういう人ですら、自分の箸を誰かが使うのは
嬉しくないと思うでしょう。
これはとてもパーソナルなことで、
日本人独特の感性といっていいと思うんです。
高橋さんの「口当たり」は
そういうより人間の生理に
フィットするもんなんだと思っています。
(だから当然それを心地よくないと
思う人もいるでしょうね。)
その人にとってとても大切なもの。
それに口をつけた時に、にこっとしたり、ほっとしたり、
ほろっとしたり‥‥
高橋さんのグラスって、
そういうものになれるんじゃないかな、
と思っています。
(shino) |
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shinoさん、どうもありがとうございました。
たしかにぼくにとっても
高橋さんのグラスはとてもパーソナルなもので
お客さんがきても「これは自分の」と
ゆずらなかったりしました。
先の震災で、そのグラスが割れてしまったので、
今回の「コップ屋」展、
ぼくもとてもたのしみにしています。
(シェフ) |
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2011-06-19-SUN |
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