ミスターと、7脚の椅子。
- ──
- 瀧本さんの写真を見ながら、
理想にたどりつくためのアイディア‥‥
といったテーマで、
もう3時間以上、お話いただきましたが。
- 瀧本
- ええ。
- ──
- 結果的にはうまくいったんだけど、
あれは危なかったなあ、みたいな経験も、
あったりしましたか。
- 瀧本
- 長嶋茂雄さん‥‥。
- ──
- おお。
- 瀧本
- の話、しましたっけ。
- ──
- いえ。
- 瀧本
- 長嶋さんに出ていただいた
ANA(全日空)の広告だったんですが、
まず、自分以外のクリエイターが、
広告界の大御所ばっかりだったんです。
- ──
- ええ。
- 瀧本
- TUGBOATの岡康道さんと
シンガタの佐々木宏さんが組んで、
コピーライターが秋山晶さん、
アートディレクターが細谷巖さん‥‥。
- ──
- わあ(笑)。笑っちゃうくらいの面々。
- 瀧本
- それで、出演が長嶋茂雄さんでしょう。
自分だけが、26とか27の若造で。
そのときは、
CM撮影を関西国際空港でやっていて、
同時にスチールも撮ったんです。
- ──
- 同じ関空で。
- 瀧本
- 空港の搭乗口を丸々ひとつ借り切って、
白い布で覆って、
仮設のスタジオをつくりました。
僕、長嶋さんを撮らせていただくのは
はじめてだったので、
どういった感じの方なのか、
いろんな人からいろいろ聞いていたら、
ある人から、
「もう撮れたでしょ?」って
ご自分でOK出して
帰っちゃったことがあった、と(笑)。
- ──
- わあ(笑)。
- 瀧本
- もし、そうなったら、
困ったことになるなあと思いました。
というのも、
アートディレクターの細谷巖さんに、
「バリエーション撮ってきてね」
って、リクエストされていたんです。
- ──
- 若手の写真家が、
大御所アートディレクターさんから
そう言われたら、是が非でも。
- 瀧本
- 正面のアップだけでなく、
寄り、引き、全身、横から‥‥とか、
いろいろやってるうちに、
帰られてしまったらマズイですから。
- ──
- ですよね。どうしたんですか。
- 瀧本
- 仮設スタジオの中に、
椅子を7脚、
それもちょっとずつ違う椅子を7脚、
並べたんです。
それぞれの椅子に
「1」から「7」まで番号を振って、
それぞれの椅子に対して、
カメラもライティングも、
それぞれ7セット、用意したんです。
- ──
- 撮影ブースを7個つくった?
- 瀧本
- そう、つまり長嶋さんが‥‥というか、
スタジオに入った瞬間、
小学生でも
「ああ、今日は、これだけ撮るんだな」
とわかるようにしておいたんです。
ハッキリと一目瞭然に、わかるように。
- ──
- すごい‥‥。ようするに
1番から7番までのルートをつくって、
「ゴール」を見せたんだ。
- 瀧本
- そう(笑)。
- ──
- 「あそこまで行ったら終わりですよ」
- 瀧本
- 長島さんは天才すぎて、
いろんな逸話を耳にしていたので‥‥。
- ──
- でも、26歳とかで
今のアイディアを考えつく瀧本さんも、
天才なのではないでしょうか。
- 瀧本
- そんなことないですよ。
- ──
- 今みたいな対処法って、
アシスタント時代に学んだことですか。
- 瀧本
- いやいや、
藤井(保)さんはそんなことしないし、
長嶋さんみたいな人って、
他に、そんなに、いるとも思えないし。
- ──
- じゃあ、独立して何年も経っていない、
若干26歳の瀧本さんが、
考えついたアイディアってことですか。
必死で‥‥考えたんですかね?
- 瀧本
- でしょうね(笑)。
- ──
- 「どうすればミスターに帰られないか」
- 瀧本
- あそこまで用意周到に準備をしたのは、
ある意味、なかなかないです。
撮影自体はうまくいって、
ご本人にも「じゃ、次は3番ね」って、
楽しんでもらえて、よかったです。
- ──
- 少しずつ椅子のデザインがちがうとか、
今につながる芸の細かさですね。
そのようすを想像するに、
どこか、アトラクションっぽいですし。
- 瀧本
- カメラも蛇腹のついたカメラで撮ったり、
いろいろ変えていたので、
その感じは、あったかもしれませんね。
とにかく飽きないように工夫して(笑)。
- ──
- 日本昔ばなしみたいな話にも聞こえます。
「7脚の椅子」‥‥みたいな。
- 瀧本
- まあ、今の話は言うとウケるんですけど、
いろいろやっても、
結局、撮った写真が重要なんです。
知恵を絞ったとか、苦労したかどうかは、
写真の出来栄えには関係ないので。
- ──
- では、どんな写真になったら成功ですか。
- 瀧本
- 自分の写真が、撮れているかどうか‥‥。
そのことが、つねに重要です。
- ──
- 自分の写真。
- 瀧本
- はい。
- ──
- 自分の写真という言葉は、
写真家のかたからはよく聞くんですけど、
そうなっているかどうかって、
ご自身には、すぐわかるものなんですか。
- 瀧本
- 僕は、いつも悩んでます。
他の方はわかりませんが、僕は、いつも。
で、悩んで悩んで、何点も焼いたりして、
いろいろ検討して、ぐちゃぐちゃ考えて、
そのまましばらく放っといたあとに、
「ああ、これだな」とわかるんですよね。
- ──
- なるほど。決断を急がない。
- 瀧本
- 急げないんです。すぐにわからないから。
だから、むずかしいけど‥‥
やはり時間が経ったときにも選ぶ写真が、
自分の写真なのかなあと思います。
- ──
- 本日、瀧本さんのお話をうかがって、
ちいさなことでも、
何かアイディアを加えることの大事さが
よーくわかりました。
絶対に何かひとつ、足してますもんね。
- 瀧本
- 僕たち写真家にとって、
写真をうまく撮るのは当たり前なんです。
そこは前提条件として、
さらに、写真に何をプラスできるか。
- ──
- ええ。
- 瀧本
- それは「アイディア」もそうだし、
「考えた分量」もそうだし、
単純に「楽しんでいる」気持ちもそうだし。
そういうものの気配って、
やっぱり、写真に出ると思うんですよ。
- ──
- 具体的には写っていなくとも。
- 瀧本
- にじみ出てくると思いますね。どうしても。
(終わります)2018-08-06-MON