糸井 |
谷川さんが1か月も推敲(すいこう)されるお話を伺って
ぼくもそういう力を持ちたいと思いました。
なぜならぼくはそれができないからです。
ものを書く人間だと思わずに
生きて、育ってきたので‥‥
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谷川 |
うん、うん。
ぼくもそうかも。そりゃわかる。
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糸井 |
できちゃったからできちゃった、
というところでやってきたもんですから。
なんだかぼくは、結局、
読み手としての自分が
書いてるような気がするんですよ。
言葉が生まれることと読むことが
ひっくり返しになって、
読み手が読んでることと
書き手が書いてることが
おなじになってきちゃって。
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谷川 |
それはぼくもすごくよくわかるんだけど、
読み手と書き手が
うまくかみ合わなくて、
書き手のほうが
「やっぱり直したい」
というふうにならない?
ぼくは、それなんですよ。
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糸井 |
ちょっとなります。
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谷川 |
ちょっとなる。
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糸井 |
ちょっとなるんですが、
ろくなことになんないんです。
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谷川 |
あ、それ、ある。
推敲しながら、
これは果たして改良してるのか、
改悪してるのか、
という疑問は常にある。
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糸井 |
でも、谷川さんは、
行ってしまうんですね。
つまりね、谷川さんは、
主語が自分じゃなくて
詩なんですよ。
主人が、詩なんです。
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谷川 |
そうかもしれない。
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糸井 |
以前、矢野顕子さんのドキュメンタリー映画の
タイトルの依頼を受けました。
ぼくはその映画に
「ピアノが愛した女」という
タイトルをつけたんです。
矢野顕子がピアノを選んだんじゃなくて、
ピアノが矢野顕子を選ぶ、
矢野顕子という人はそういう世界に
連れて行かれちゃったんです。
立川志の輔さんも
落語につかまっちゃった男です。
志の輔さんは、
落語に対するたのしさはあるものの、
なんでそこまでやるんだろう、というぐらい
苦しんで、ギリギリまでやる。
からだが壊れるくらいまで、落語やるんですよ。
ところが、俺はというと、
あらゆる場面で主人公が自分なんです。
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谷川 |
うん(笑)。
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糸井 |
奴隷になることから
逃げまくってやれ、という
気持ちすらあるんですよ。
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谷川 |
なるほどねぇ。
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糸井 |
そうじゃないと
ふつうの人でいられないからです。
ふつうの人というのは
ぼくの真ん中にある、軸なんです。
だけど、谷川さんの「推敲1か月」の話は、
もう、つかまってます(笑)。
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谷川 |
自分では、そういう意識は
ぜんぜんないんだけどもなぁ。
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糸井 |
たのしさと苦しさは、
どういう配分ですか。
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谷川 |
ぼくは、たのしいだけ。
苦しさはない。
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糸井 |
じゃあ、つかまってるんじゃないのかも。
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谷川 |
ぼくは詩って、
そんなに好きじゃないからね。
書きはじめたころから
ぼくは常に詩を疑い続けているし、
いまでも、疑ってます。
でも、歳取ってきたら、
書くのがたのしい。
締め切りなんかがあると、うれしいの。
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糸井 |
わぁ。
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谷川 |
絶対、ずっと疑ってるんだから。
ぼくは詩とは恋愛結婚じゃなくて、
見合い結婚です。
見合いしてるうちに、
だんだん情がうつっちゃったような感じですね。
やきものつくる人が、
一所懸命ろくろを回して、焼いてみて、
だめだったら捨てる、
そういうようなこと、やってるでしょ?
推敲は、たぶんあれとおんなじ。
詩の場合はやっぱり
美しい日本語というものが
理想なんじゃないのかな。
その美しさを、ああでもこうでもないって
組み替えたり壊したりして
つくってるんだと思う。
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糸井 |
ぼくのほうは、どっちかというと
さまになっちゃいそうなときに
すぐやめちゃう感じなんですが。
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谷川 |
でも、糸井さんの書きものの中には、
非常に詩的なものがありますよね。
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糸井 |
混じってますね。
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谷川 |
うん、混じってるんですよね。
糸井さんの発想についても、
詩的な次元での発想が
ぼちぼちありますよね。
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糸井 |
うーん‥‥、そうですね、ありますね。
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谷川 |
自分の中の
読み手と書き手が
問答してることはあっても、
それはその人から出てきたことだから。
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糸井 |
そこに批評家の目みたいなものが
入ってくるとややこしいですけど、
そうじゃないからなぁ。
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谷川 |
そうですね。
批評家的な部分もきっと必要なんだけど、
ただの批評家になってちゃ、
ぜんぜんだめなんでねぇ。
言葉を直していくための
自分の基準というものが、
ないとだめなわけでしょう?
自分の基準をある程度信じてないと
直せないわけです。
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糸井 |
そうなんです。
だけど、表現の中には、
批評されるのほうの側を向いてる、
いやなものが山ほどあって、
ぼくはそれがうれしくない。
「産直でないとだめだ!」
という気がするんですよ。
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谷川 |
うん、絶対そうだろうね。
産直というのは、
宮沢賢治が「無意識即じゃないとだめだ」
というのと同じことじゃないかな。
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糸井 |
そうですね。
引っこ抜いたものにみえる、フレッシュさ。
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谷川 |
そうそう。
ぼくは詩というのは、
荒れ地から生まれるもんだと
わりと信じています。
文化的なとこから生まれちゃ
つまんないんじゃないかと思います。
(つづきます) |