石川九楊の書から、音が生まれる日。塚田哲也×スコット・アレン 石川九楊の書から、音が生まれる日。塚田哲也×スコット・アレン
ほぼ日の「おちつけ」の書を手掛けた書家、
石川九楊さんの書論のひとつに
「書は音楽である」というものがあります。
その理論を概念として感じ取るだけでなく、
本当に聴くための楽曲にするプロジェクトが
まさにいま、進行しています。

石川九楊さんの代表作『歎異抄No.18』から
一文字ずつを抜き出して、
一点一画を計測、解析、数値化して、
楽譜にしたものを弦楽四重奏で演奏します。
この作品から、どうやって音楽に?
「書譜楽(しょふがく)」という世界初の試みを
現実のものにしようとしているおふたりから、
プロジェクトの動機と過程をうかがいました。
(1)書を音楽にしたい。
写真
──
壁に貼らせていただいた書が
石川九楊さんの代表作のひとつ、
『歎異抄No.18』ですね。
この作品が音になるというお話を
塚田さんから1年ほど前に聞いていましたが、
いまでも想像がついていなくて。
塚田
石川先生が2017年に
上野の森美術館で開催した
「書だ!石川九楊展」がありましたよね。
──
ありました、ありました。
ほぼ日でも石川九楊さんと糸井重里の
対談コンテンツを掲載させていただきました。
塚田
あの展覧会でも出せなかった作品や、
その後に制作した作品も増えてきたし、
今回は全部を出したいねという話があって。
「石川九楊大全」という展覧会タイトルにふさわしく、
今までにやってきたことの
集大成という展覧会にしたいんです。
そのひとつとして、石川先生が論じている
「書は音楽である」ということを、
なんとか実現したかったわけですね。
でも、どうしたらできるかがわからなくて。
写真
▲石川九楊『歎異抄No.18』
──
石川九楊さんのモチベーションが
かなり高いんですね。
塚田
石川先生はたくさん作品を書いていますが、
同時に、書の理論もたくさん書いておられるんです。
「書は音楽である」という理論もあるし、
「書は文学である」もあれば、
「書は彫刻である」というものもあります。
そういった、書に込められている秘密を、
解きあかして具現化したいなということがあって。
写真
──
その「書は音楽である」を、
本当に音楽にしたんですね。
塚田
そう、先生が『歎異抄No.18』を書いたときに、
そこから音が聞こえてきたっていうんですね。
それがどんな音だったのかを、形にしたいんです。
この作品は、親鸞のお説教を文章にした内容が、
一冊分すべて、一枚の作品として書き込まれたものです。
その厖大(ぼうだい)な物語をまるごと全部
交響曲としてオーケストラで奏でるのが
最終ゴールなんですが、
今回はその一歩を踏みだした、という感じです。
──
書の作品を鑑賞することで、
書の奏でる音楽を聴いてほしいって
おっしゃっていたのを覚えています。
その理論を具現化して
『歎異抄No.18』に音を与えているのが、
スコットさんなんですね。
スコット
塚田さんからお話をいただいたときに、
過去に計画されていた事例もお聞きしたんです。
それがどういう内容だったかというと、
音楽家のかたが『歎異抄No.18』から
感じ取った印象をもとに、
音楽的な解釈で曲にするという
プランだったそうなんです。
ただ、九楊先生からすると、
書として立ち現れているものが
直接音楽になるのであって、
音楽家としての解釈はいらない、と。
写真
──
スコットさんは音楽家ではなく、
メディアアーティストですよね。
スコット
ですね、ぼくがどういう存在かというと、
もちろん音楽家ではなくて、
プログラミングを使用した
視覚表現が主な仕事なわけです。
つまり、感覚とか解釈みたいなこととはまた別の、
データを拠り所として何かを作っています。
あくまでデータとして書を扱って、
それを可聴化しています。
──
書を、聴けるようにする。
スコット
そう、「音楽」にするというよりも、
「可聴化」するっていうニュアンスが強いと
塚田さんから依頼をいただいたんです。
あ、これならできるなと思って、
お受けしたという流れだったんですよね。
データを扱うことで、
最終的に別のメディアに起こして
視覚化することへのノウハウは
このプロジェクトにも転用できるぞって。
──
石川九楊さんの『歎異抄No.18』とは、
もう長いおつきあいになっていますよね。
最初はどんな印象でしたか。
スコット
最初はその‥‥、ほんとに失礼ながら、
パッと見たときに、「書」の作品であるという
理解ができなかったんです。
グラフィックのパターンのように見えて、
塚田さんに説明をしていただいたら
「あ、これはひらがなの『の』なんだ」と、
徐々にわかっていったという感じです。
九楊先生の他の作品も見せていただいて、
どんな流れでこの書ができたかというのも
ちゃんと理解できました。
──
ああ、はじめてご覧になる方は、
すぐには理解できないかもしれませんね。
書なので、上から下へ一行を
縦に書かれているんですよね。
下までいったら改行して、右から左へと。
この書をデータ化するときには、
全体をまとめてスキャンするように
読み込むだけじゃダメなんですよねえ。
塚田
そうですね、絵画の場合、
できあがった作品を見て
どこから描きはじめたのかわかりませんよね。
筆があっちにいったりこっちにいったりして。
ところが書は絵画と違って
書いた順番があきらかにわかります。
縦書きで上から下へ、行は右から左へ、と
順番どおりに書かれるものだから
時間芸術だと言うこともできます。
音楽も、譜面どおりに進む芸術ですから、
書と音楽には共通するものがあるといえます。
──
一文字の単位どころか、
一点一画に順序がありますもんね。
写真
塚田
石川先生が書いた一点一画を、
どういう順番で、どう書いていったかを
すべてデータにすることがこのプロジェクトの肝です。
それをただひたすらに計測し、数値化することを
スコット・アレンにお願いしました。
スコット
同じ文字が書かれていたとしても、
その一つひとつを尺度化していました。
全部ではなく、一部を時々
サンプリングしながら進めていました。
塚田
少しずつ進めていってすぐに、
この分析は大変だなとわかりました。
スコットのゼミの学生さんに声を掛けて、
まずは最初の一行だけテストでやってもらいました。
冒頭部分は、
「彌陀の誓願不思議にたすけられまゐらせて」
と書かれてるんですけど、
その一文字目の「彌」を見つけたら印をつけて、
その一画目がどう書かれていているか、
じゃあ二画目は、と
そんな感じで全部測っていくんです。
──
ああ、気が遠くなる作業です。
塚田
しかも、書き順だけではなくて、
石川先生の理論の大元にある
「筆蝕(ひっしょく)」というものは、
筆が書き進むときの紙との関係で、
筆を入れる角度、深さ、速度、という
3つが相まってできあがるという考えがあって。
「この横画は、これら3つがどう働いているんだろう」
と全部調べながら数値化してもらったんです。
スコット
九楊先生がおっしゃっていたことで、
書として立ち現れたものから全部がわかるはずだ、と。
速度、角度、深度とプラスアルファ、
一定の基準を持って見ていけば、
意外にできないことでもないんです。
例えば、ぎゅーっと、長く太くなる線が
現れたときにどうしていくか。
──
はいはい、わかります。
どうするんですか。
スコット
一つひとつのケースをパターンとして捉えて、
このくらいの太さになれば
このくらいの深度が出るだろう、と変換します。
「角度」「速度」「深度」
それぞれを担当者を固定して尺度化することで、
解析の揺れが出ないように心がけましたね。
工数はかなりかけているんですけど、
できないことはないです。
写真
──
学生さんは、書の専門家ではなく、
メディアアートを専攻する学生さんですよね。
どうやって書かれたものかも、
あまり想像がつかなそうですが。
塚田
最初に、石川先生がデモをしてくれました。
縦画の書き方、横画の書き方、丸の書き方を
こういうふうにして書いているんだよって。
スコット
それを元に学生のみなさんは
作業をしてくれました。
実際に書いてみることもしていました。
──
学生さんはこの作業を
最初はどう捉えていたんでしょう。
スコット
どのくらいタフな仕事になるかを
あまり想像してなかったみたいですが、
取り組んでいくうちに、
「あっ、これはそうとう時間がかかるぞ」って。
終わりが見えている作業ではありますが、
マラソンをしてるような雰囲気でしたね。
ぜーぜー言いながら、
ランナーズハイのようにもなりながら。
──
みんなは集まって作業をするんでしょうか。
それとも、個人の作業なんでしょうか。
スコット
基本的には個人で各尺度を担当する形でしたが、
けっこう集まってやっていた印象はあります。
最初は1文字ごとに切り分けても
「え、これってなんの文字?」というところから
はじまったんで、どう切り分けたらいいか、
数人で集まって相談しあってました。
それでもわからなければ質問がきて、
最終的には塚田さんが全部解明してくれました。
写真
塚田
いやいや、
最初はぼくが全部の文字を
「これななんという字で」と
説明しなくちゃいけないのかと心配していたんです。
ところが、みんなは「歎異抄」の原文と照し合わせながら
解読することはできたみたいで、
むしろ、より細かな質問が
ぼくのところにきました。



たとえば「口」という漢字は
通常なら三画で書きますよね。
でも、この作品では「◯」のようになっている。
だから、「三画として数値化しないで、
一画として捉えてもいいでしょうか」という
細かい質問が来たんで
「もちろんいいですよ」と答えました。
点の数も、四つのはずが省略されて三つになっていたり
あるいは五つ六つと増えていることもあります。
そこは「実際に書かれたもの」から判断してもらう、と。
本来の字の形はこうだけれども
実際に書くと字の形はこうなる、
ということを、まさに身をもって
理解してくれました。
──
作業を進めていくうちに、
読めるようになったんですね。
なんというか、「読める」っていうのも
ちょっと無粋な言い方ではありますが。
スコット
理解が深まって解読できるようになったから、
ちょっとずつ速くなっていきましたね。
塚田
石川先生が実際に書いたものを、
追体験していると言えなくもない。
──
九楊さんもよく「書をなぞって鑑賞する」と
おっしゃっていますもんね。
塚田
そうですね。
今回は手を動かしてなぞるだけではなくて、
計測し数字に落としこむことで
より細かな追体験をしたともいえるでしょう。
(つづきます)
2024-04-30-TUE
2024年6月14日(金)18時開演
書譜楽「歎異抄No.18いはんや悪人をや」
コンサートのチケットを発売中!
石川九楊さんの代表作『歎異抄No.18』に
書き込まれた音を取り出し、
楽曲化した世界初のプロジェクトの
お披露目としてコンサートが開かれます。
書の一点一画を解析して音楽化した
「電子音楽奏byスコット・アレン」と、
藝大フィルハーモニア管弦楽団奏者が弾く
「弦楽四重奏byカルテット・オリーブ」の
ふたつを聴き比べるコンサートです。
石川九楊さんのご挨拶や、
スコット・アレンさんによる解説も
ぜひたのしみにいらしてください。
「石川九楊大全」展開催記念コンサート

書譜楽「歎異抄No.18いはんや悪人をや」
[日時]

2024年6月14日(金)18:00開演(17:30開場)



[会場]

旧東京音楽学校奏楽堂(上野公園)



[チケット(全席自由・税込み)]

一般:3,000円

学生:2.500円

※「石川九楊大全」展は上野の森美術館で

【古典篇】遠くまで行くんだ

2024年6月8日(土)~6月30日(日)

【状況篇】言葉は雨のように降りそそいだ

2024年7月3日(水)~7月28日(日)

こちらの前後期で全面掛け替えをして展示されます。

展示の詳細は公式サイトをご覧ください。