石川九楊の書から、音が生まれる日。塚田哲也×スコット・アレン 石川九楊の書から、音が生まれる日。塚田哲也×スコット・アレン
ほぼ日の「おちつけ」の書を手掛けた書家、
石川九楊さんの書論のひとつに
「書は音楽である」というものがあります。
その理論を概念として感じ取るだけでなく、
本当に聴くための楽曲にするプロジェクトが
まさにいま、進行しています。

石川九楊さんの代表作『歎異抄No.18』から
一文字ずつを抜き出して、
一点一画を計測、解析、数値化して、
楽譜にしたものを弦楽四重奏で演奏します。
この作品から、どうやって音楽に?
「書譜楽(しょふがく)」という世界初の試みを
現実のものにしようとしているおふたりから、
プロジェクトの動機と過程をうかがいました。
(2)140文字に3カ月。
──
この書を数値にしていく作業には、
どのぐらいの時間が
かかっているんでしょうか。
塚田
試しに冒頭の一文を解析してもらったんですけど、
だいたい140字ぐらい。
それで3カ月ぐらいかかりました。
写真
──
え、140字だけで3カ月も!
塚田
そう、SNSに1投稿するだけの文字数ですが、
学生さんたちはとっても細かく計測してくれて。
──
ひええーっ。
ちなみに石川九楊さんが
『歎異抄No.18』を書くのには、
どのくらいの時間がかかっているんですか。
塚田
全文を書くのに、8カ月ぐらい。
それもすごい時間ですよね。
──
8カ月かけた書を追体験しようとすると、
3カ月かかるんですね、たった140字で。
それはスコットさんにとっても、
想定外の時間のかかりかたでしたか。
スコット
学生のみなさんに手を動かしてもらって、
イメージと違ったことは
同じ文字でも形が変わることですね。
機械学習系のプロジェクトの考え方でいうと、
一文字ずつ画像で切り出して、
文字の読み方を組み合わせて大量に学習させるんです。
すると、任意の文字が出たときに
ある文字である確率が算出できるので、
一番高いものを答えとして得るようなものなんです。
でも、そういった再現性がある程度あるような
AIを前提としたものでは不可能でした。
まあ、それなら時間がかかってもしかたないかなと。
自分で追体験して理解するところまでが、
すごくタフな作業だったんでしょうね。
──
さて、数値化ができたら、
今度は音にしていく作業ですね。
スコット
そうですね、その数値をもとに
いろんな音の要素に割り当てて、
最終的に曲にするという工程でしたね。
塚田
データを音にするとしたときに、
「ピーピーピー」とか「ポーポーポー」と、
単に音が鳴っているでしょうってことじゃ
ダメだったんです。
遠い目標として交響楽オーケストラがあるんで、
その目標に近づけるためにも、
どう「音楽」にしていくか、という
方向を定めていかないといけませんでした。
ただ、その方向も、自分たちの主観というよりは、
あくまでも、この書から
導き出されるものでなくてはならないんです。
スコット
あ、そのパートは重要でしたね。
ともすると、音楽として聴きやすいものに
寄っていってしまうので、
あくまで変換ルールに着目するようにしました。
写真
塚田
このプロジェクトの最終目標としては、
オーケストラで『歎異抄No.18』全文を
演奏することなんですが、
もうね、今回は無理だなってわかりました。
140文字で3カ月かかったので、
全部を数値化したら何カ月、何年かかるか。
その前にみんな倒れちゃいますから。
だから、今回ははじめの一歩として
冒頭部分、中盤からふたつ、終盤、と、
四つのパートから抜粋して
計測・数値化をすることに決めたんです。



演奏方法も、オーケストラみたいな大人数じゃなくて、
弦楽四重奏にシフトしたのも、
文字を音に置き換えることを思うと、
そのぐらいのパートが限度かなと。
スコット
最初、ピロピロ鳴っていただけの状態で
ほんとうにいわゆる「音楽」とは
呼べないところからのスタートでした。
そこから音楽のルールに基づいて
丁寧に割り当てるようにしました。
──
途中過程については、
石川九楊さんにはどこまで共有されたんですか。
写真
塚田
冒頭、第1楽章を調整していったところで、
データをそのまま音にしたものと、
人が弾けるようにした調整したものの
2つを聴いていただきましたね。
石川先生は、この書から
音ができてきているという驚きといいますか、
感無量というコメントをいただきました。



もともと、弦楽四重奏として
人が演奏する前提ではありましたが、
スコットによる「電子音楽奏」という
パフォーマンスも行われることになりました。
スコット
データをそのまま使っていく方針にしたら、
人間が弾くことが考慮されないものになりますね。
その差もたのしんでいただけるかなと。
──
電子音のほうが、
ある意味では原曲ですよね。
スコット
そうですね、そのまま反映した状態に近いので。
そこから人が演奏弦楽四重奏として成立させるために
ぼくがやった作業としては、
解析した尺度からルールへのつなぎ込みです。
その試行錯誤はありましたね。
たとえば、人が弾くとしたら無理のある
動作があると、
そのまま割り当てるわけにはいきません。
塚田
一度に出せる音にも限度があるもんね。
スコット
流れてきたときに、
ちゃんと音楽だと思えるものにするための
ルールを割り当てる必要がありました。
主として鳴っている音と、
次に取られるべき音の組み合わせを、
解析した尺度そのまま音にするだけだと、
めちゃくちゃになってしまうので、
頻出率みたいな考え方で分解して、
メロディーラインをつくっていきました。
塚田
そこでのやり取りで覚えているのは、
「『歎異抄No.18』を音にしましたよ」と言ったときに、
極端な話、何か音が鳴ってれば、
「はいはい、そうですね」となるんだろうけれど、
ちゃんと「音楽」になっているほうが
説得力があると思ったんです。
今回は弦楽四重奏にしようと決めたので、
やはりそれらしく収めたいなと。
ただ、音楽らしくしようとするほど、
「こうあるべき!」みたいな
主観が入ってしまうことがあって。
それは本来の目的とは違うものなので、
スコットから何度か確認がありましたね。
スコット
「それでもいいんですか?」みたいな。
音楽らしいアレンジを加えると、
過去の失敗例を繰り返すことになるので。
写真
塚田
もとのデータを活かしながら、
音楽らしくなるにはどうしようかなって。
どこまで音楽らしくできるかは、
あくまでも書き込まれた数値から引っ張ってくることで、
説得力を出すように考えました。
スコット
そうですね。
妥当性を担保しながら、
データに基いてで作ったものの延長として、
世に出せる状態になるように調整しました。
塚田
だから、すべては
『歎異抄No.18』に書かれている。
──
この書はもう、何回も何回も
立ち返る拠り所だったわけですよね。
塚田
そうなんですよ。
だから最初のデータ取りを
丁寧にやっておいて本当によかったです。
スコット
本当にそうですね。
データを元に音にしていくときに、
細かく取られた尺度をいろいろと使えたのは
ありがたかったです。
角度、深度、速度以外にも、
幅などのデータがあったのも助かりました。
細かいデータがあったおかげで、
音楽にしたときの展開も作れましたから。
──
この曲の「サビ」にあたる部分、
聴かせどころはどこなんでしょう。
塚田
全部かな、とも思いますけど
あえて上げるとすれば、
今回のタイトルにもなっていて、
親鸞の言葉の中でもパンチライン的な、
「いはんや悪人をや」という部分でしょうかね。
「善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」
という逆説の言葉です。



この「歎異抄No.18いはんや悪人をや」という
タイトルは石川先生が付けたんですけど、
『歎異抄No.18』から4箇所、どこを抜粋するか
学生に選んでもらった中のひとつです。
──
へえーっ、そこには
学生さんの考えが入っていたんですね。
塚田
そう、4箇所を抜き出すときに、
最初と最後は入れるとして、
残り2個所は選んでもらいました。
制作途中を、石川先生にも聴いてもらったときに、
学生さんが直接ヒントをもらったこともありましたよ。
縦横の線の長さや角度、深度、速度だけでなく、
行をまたいで横画がぶつかる線をどうするか。
写真
──
たしかに、そういう箇所もありますね。
塚田
後から書いた字の横画が、
びーーっと伸びてきて前の行の字にぶつかる。
当初計測していたデータには、
それが加わってなかったんです。
つまり、未来が過去に干渉するようなケースです。
──
そうか、漢字の横画は
左から右へと伸びていくから、
後に書いた文字が「未来」ということですね。
塚田
そうそうそう。
左から右に線が伸びていくことで、
線がぶつかることがある。
それもあって、パラメーターが増えましたね。
──
そう言われて書を見返すと、
横に伸びる線がたくさんありますね。
塚田
そうそうそう。
この作品には「No.18」という
番号が振られているじゃないですか。
この前に17個の作品があって、
この後にもNo.20ぐらいまで書かれているんですよ。
最初の頃は、普通に『歎異抄』を全部書こうとして、
前に書いた字に干渉するようなことは
タブーにしていたんですって。
でも、この2、3個前の頃から
横線を伸ばしてぶつからせてみたら
「何だ、これ!?」となったそうです。
──
石川九楊さんの中に衝撃が。
この『歎異抄No.18』は、
『歎異抄』をたくさん書かれた中で
もっとも手応えのあった作品なんですね。
塚田
最後まで書き切ったのも、
この「No.18」だけでした。
──
ということは、
他のものは発表もされていない?
塚田
いやいや、全文じゃないけれども、
作品として残されているものはありますよ。
たとえば、途中までだけど、
ここで終わり、ということで出す作品も。
この『歎異抄No.18』においては、
横画がぶつかって干渉するということが
他と違う要素としても必要であったわけです。
パラメーターが追加されてしまったので、
学生さんにはやることを増やしちゃって
申し訳ないなあと思いながら(笑)。
──
きっと、手を動かしている学生さんにとっても
気になっていたポイントなんでしょうね。
塚田
そうですよね。
「なんだろう、この横画は」と
思っていたかもしれませんよね。
写真
(つづきます)
2024-05-01-WED
2024年6月14日(金)18時開演
書譜楽「歎異抄No.18いはんや悪人をや」
コンサートのチケットを発売中!
石川九楊さんの代表作『歎異抄No.18』に
書き込まれた音を取り出し、
楽曲化した世界初のプロジェクトの
お披露目としてコンサートが開かれます。
書の一点一画を解析して音楽化した
「電子音楽奏byスコット・アレン」と、
藝大フィルハーモニア管弦楽団奏者が弾く
「弦楽四重奏byカルテット・オリーブ」の
ふたつを聴き比べるコンサートです。
石川九楊さんのご挨拶や、
スコット・アレンさんによる解説も
ぜひたのしみにいらしてください。
「石川九楊大全」展開催記念コンサート

書譜楽「歎異抄No.18いはんや悪人をや」
[日時]

2024年6月14日(金)18:00開演(17:30開場)



[会場]

旧東京音楽学校奏楽堂(上野公園)



[チケット(全席自由・税込み)]

一般:3,000円

学生:2.500円

※「石川九楊大全」展は上野の森美術館で

【古典篇】遠くまで行くんだ

2024年6月8日(土)~6月30日(日)

【状況篇】言葉は雨のように降りそそいだ

2024年7月3日(水)~7月28日(日)

こちらの前後期で全面掛け替えをして展示されます。

展示の詳細は公式サイトをご覧ください。