石川九楊の書から、音が生まれる日。塚田哲也×スコット・アレン 石川九楊の書から、音が生まれる日。塚田哲也×スコット・アレン
ほぼ日の「おちつけ」の書を手掛けた書家、
石川九楊さんの書論のひとつに
「書は音楽である」というものがあります。
その理論を概念として感じ取るだけでなく、
本当に聴くための楽曲にするプロジェクトが
まさにいま、進行しています。

石川九楊さんの代表作『歎異抄No.18』から
一文字ずつを抜き出して、
一点一画を計測、解析、数値化して、
楽譜にしたものを弦楽四重奏で演奏します。
この作品から、どうやって音楽に?
「書譜楽(しょふがく)」という世界初の試みを
現実のものにしようとしているおふたりから、
プロジェクトの動機と過程をうかがいました。
(3)夢は「みんなの歎異抄」。
写真
──
今一度『歎異抄No.18』を見ながら、
データを取る作業をするんだって考えると、
迷う要素はたくさんありますね。
木のように広がった字は、
どう判断したらいいんだろうって。
塚田
これは終筆といって、縦画の最後が
ぐーっと広がった「払い」の表現なんですよ。
全体を見ていただけたらわかるんですが、
縦画が太くて、横画が細くなっているんです。
水平垂直の芸術とも言われるように、
縦に伸びた柱のように書かれています。
写真
──
たしかに、遠くから見たら、
垂直にスーッと伸びた
1本の縦線のようにも見えますね。
塚田
そう、だから縦の数値をちょっと上げて、
横画をちょっと減らすという、
パラメーターの変更もちょっとありました。
スコット
石川先生が直接、
縦、横、斜めのウエイトは
それぞれ違うんだって教えてくださったんです。
塚田
数値化のルールについて発表をしたら、
石川先生から「縦画は太く横画は細い」という
ご指摘をいただいたんですよね。
──
学生さんたちからしたら、
そのフィードバックは嬉しいですよね。
塚田
嬉しくもあり、辛くもあり(笑)。
スコット
その場で動作でも示してくださって、
学生たちも印象に残ったようですね。
そのおかげで、作業しながら
先生の動きの真似もしていましたし。
塚田
この作品を小説にたとえると、
石川先生は原作者であって、
ぼくたちは映画化する際の監督とか
脚本家にあたるわけですよね。
どういうふうにやってもいいとは言われましたが、
原作者である先生の意図が
反映できたのはよかったなと思いますね。
──
思えば『歎異抄』だって、
親鸞のお弟子さんが言葉にして残したものですよね。
なんだか、同じようなやり取りが
時代を超えて先生との間にもあったのかなって。
今は、6月の発表会に向けて、
どこまで進んでいるんですか。
スコット
弦楽四重奏の音はできていて、
奏者の方々に渡す楽譜を修正している状況です。
音響系のプログラミング環境は
堤本禮太さんに力を借りて、
楽譜に起こす作業自体は簡単にできるんですが、
修正が必要な部分はあるんです。
奏者の方が呼吸を整える部分だとか、
どこで切ったらいいのか、という修正は必要です。
写真
塚田
楽譜にする作業で、
アドバイスをくださる方もいるんですよね。
スコット
そうですね。
非常勤講師として働いている作曲家の小松淳史先生が、
アドバイザーとして入ってくださっています。
プログラムによって出力された音楽が、
弦楽四重奏として
コンサートで聴くに耐えうるものなのか、
定期的に相談させていただきました。
ある程度ルールに妥当性は担保されているとはいえ、
細かい部分については
ぼくらでは判断できなくなってきてしまって。
──
どんなアドバイスをもらえたんですか。
スコット
小松先生に相談をして、
程よさが重要だなと思ったんです。
データによって作るということと、
弦楽四重奏として理解されるものの間の、
ちょうど共通部分を目指していたので。
楽譜の書き方にしてもそうだし、
奏者の方にうまく解釈していただいた上で
弾いていただけるようにするための、
修正作業までお願いしました。
おそらく、小松先生がいなかったら、
「データの音楽」という感じに
なってしまっていたんじゃないかなと思います。
──
スコットさんが聴いても、
よくなった感じがわかるんですね。
スコット
データの妥当性を担保したいという
意思をお伝えした上で相談できたので、
音楽的な魅力と、データの妥当性との
クロスポイントを探っていただくことになりました。
ぼくはクラシック音楽に詳しくはありませんが、
音楽的にもよくなったと思えましたし、
データが反映されているなっていうのも
理解できる形に仕上がっていますね。
──
データは用意できたけれど、
さてどうしようという感じだったわけですね。
スコット
とりあえず音程に起こしてみたら、
かなりピロピロしていたので。
──
その電子音は、産声のようなものですね。
塚田
そうです、そうそう。
「ピロピロ」がオンギャーです。
写真
──
1年ほど前に塚田さんから
途中報告をいただいたことがありましたよね。
なんでも、石川九楊さんが涙を流されたとか。
塚田
あ、それは弦楽四重奏バージョンの
第一弾が上がってきたときですね。
「なんだかわからないけどもやってみた」
というところから音楽にはなった、という状態。
すると、先生の頬をツーっと涙が流れて。
──
それ、塚田さんとしては
めちゃくちゃ嬉しかったのでは。
塚田
そのときは嬉しかったですねー!
もともと、どう出るかもわからない
実験的なプロジェクトではあったので、
どんな音になったとしても
「そうか」とはなったと思うんです。
でも、実際に聴いてみたら、
思っていたよりずっと音楽になったという
驚きと感動があったんでしょうかね。
『歎異抄No.18』を書きあげた1988年からの
永年の、まさに念願だったわけですから。
──
電子音のピロピロした状態だと、
九楊さんはどう感じたのでしょうか。
塚田
電子音楽をアレンジしたバージョンを
先生に聴いていただいたら、
「これはこれでええな」というふうには
おっしゃっていましたよ。
──
いいアレンジができているということですね。
コンサートのタイトルになっている「書譜楽」は
このために作られた言葉ですよね。
手のかかる作業だっただけに、
その発明をぜひ聴いていただきたいですね。
塚田
室内楽とか管弦楽とか、
そういうジャンルのひとつとして
「書譜楽」というものを
新しく提示できたのかなって思います。
──
6月14日のコンサート以外で
この書譜楽を聴ける方法はないんですか。
塚田
うーん、今のところはまだ未定です。
6月14日にコンサートを開いて、
そこからこのプロジェクトをどうしていくか。
ソフト化して配信をする可能性もあるし、
あるいは、最後までデータ化して
交響楽にするということも。
──
スコットさん的にはいかがですか。
スコット
正直、ぼくはやりたいですね。
塚田
えっ、ほんと!?やってくれる?
スコット
はい、ぼくはやりたいです。
塚田さんが初期の頃に構想されていたことがあって、
オープンデータ化に興味がありますね。
今回、ぼくたちが尺度に起こしたものを
オープンデータとしてインターネットに公開して、
二次創作だとか、何かの研究データとして
利用してもらうようなことができないかなって。
われわれが想像もしていない
おもしろい発展も期待できるんじゃないかと。
塚田
そうか、なるほど。
塚田
ゼミの学生さんが1字1字を解析したように、
ぼくも私もやってみたいっていう人がいれば、
みんなでやればいいんだし。
──
ほぼ日では過去に吉本隆明さんの講演を、
有志の方々に文字起こししていただくような
プロジェクトがあって、それとよく似ていますね。
塚田
先々の目標として、
みんなで作っていくというのもいいですね。
今回は数値データを元に
弦楽四重奏にしましたけれど、
この数値をインターネットに放出したら、
違うバージョンで創作する人がいてもいいし。
石川先生の言葉には「書は彫刻である」という
考え方もありますから、
同じデータを使って3Dプリンターで
二次創作をする人がいたっていいんですよ。
「みんなの歎異抄」っていうのかな、
そんなことができるといいなとも思っています。
──
今回作業をされた学生さんたちも
いずれ大学を卒業してしまうことを思うと、
「みんなの歎異抄」になるのはいいですね。
スコット
あ、そうですね。
作業してくれた学生さんたちは
4月に4年生になったので。
──
スコットさんの「電子音楽奏」も
かなり大詰めじゃないでしょうか。
スコット
まさに、自分が絶賛作業中ですね。
まだ、いろいろなパターンがあり得ると思ってまして。
弦楽四重奏はクラシック音楽として、
楽器を真正面から使うようなものなんです。
それとは対極に行きたいなと思っていて、
演奏行為を持ち込まないようするのがポイントかなと。
「超デジデジしたもの」を用意したいです。
弦楽四重奏と比較できたほうが、
お客さんも聴きやすいでしょうし。
写真
──
コンサートにいらっしゃるお客さんは
「歎異抄」の原文となる文字を
追うような形になるんででしょうか。
それとも、聴くのに集中できる感じですか。
塚田
「これがこうですよ」みたいに1対1で
対応させていくようなことをすると、
追体験を強いるような気がして。
もっと、仕上がった「音楽」を
ゆったり聴いていただきたいですね。
『歎異抄No.18』の複製を
会場に大きく飾ろうとは思っていますが、
一文字ごとに追うようなことはしないかな。
──
つまり、カラオケの歌詞みたいに
流れるようなことはしない。
塚田
この書に書かれていることが
こういう内容ですよっていう読み下し文は、
別途用意しようとは思っていますよ。
──
音楽のプロジェクトをきっかけに、
石川九楊さんの書を
感じ取っていただけるといいですね。
塚田
演奏会の当日にも、
石川先生から「書は音楽である」という
ご挨拶の時間はありますし、
スコットからの解説もありますから、
書について何も知らない状態でも
理解していただいた上で
聴けるんじゃないかなと思いますよ。
もちろん『歎異抄No.18』の作品の現物は、
その時期開催中の「石川九楊大全」展の会場
上野の森美術館に展示されていますから、
ぜひ展覧会場で、実際に書を見ていただきたい。
そして、無音の会場で、ご自身の中に
鳴り響く「音楽性」を感じとってほしいですね。



それにしても、このプロジェクトは、
昔だったら実現できなかったと思うんです。
きっと、2017年の個展のときですら
無理だったんじゃないかな。
スコット
技術的な意味で、そうでしょうね。
書の一点一画という見た目以外に、
文章の内容から感情の割合を抽出していまして、
AIのライブラリを使って、
喜怒哀楽を曲の転調に利用しているんです。
いまの技術がなかったら、
もっと単調なものになっていたのかな。
データをもとに制作した楽譜を奏者の方が見て、
最終的にどう弾いてくださるのかは、
たのしみなところではあります。
ぼくはぼくで、仕上げをしないと。
──
このプロジェクトを最初に伺ったときには、
2024年の6月だなんて
まだまだ先だと思っていましたが、
あっという間にやってきましたね。
塚田
そう、そうなんですよ。
もうすぐですよ、ほんとに。
──
上野の森美術館に、
ほぼ日の「おちつけ」グッズも
置いていただけることですし、
頑張って応援させていただきますね。
写真
(おわります)
2024-05-02-THU
2024年6月14日(金)18時開演
書譜楽「歎異抄No.18いはんや悪人をや」
コンサートのチケットを発売中!
石川九楊さんの代表作『歎異抄No.18』に
書き込まれた音を取り出し、
楽曲化した世界初のプロジェクトの
お披露目としてコンサートが開かれます。
書の一点一画を解析して音楽化した
「電子音楽奏byスコット・アレン」と、
藝大フィルハーモニア管弦楽団奏者が弾く
「弦楽四重奏byカルテット・オリーブ」の
ふたつを聴き比べるコンサートです。
石川九楊さんのご挨拶や、
スコット・アレンさんによる解説も
ぜひたのしみにいらしてください。
「石川九楊大全」展開催記念コンサート

書譜楽「歎異抄No.18いはんや悪人をや」
[日時]

2024年6月14日(金)18:00開演(17:30開場)



[会場]

旧東京音楽学校奏楽堂(上野公園)



[チケット(全席自由・税込み)]

一般:3,000円

学生:2.500円

※「石川九楊大全」展は上野の森美術館で

【古典篇】遠くまで行くんだ

2024年6月8日(土)~6月30日(日)

【状況篇】言葉は雨のように降りそそいだ

2024年7月3日(水)~7月28日(日)

こちらの前後期で全面掛け替えをして展示されます。

展示の詳細は公式サイトをご覧ください。