天狗、幼稚園に現る。
南
とある幼稚園でね、昼寝の時間に起きてる子を、おどかしちゃったことがあるんだよ、オレ。
糸井
それはなに? 大人になってから?
南
うん。オレはほら、仕事上、いろんな人になるでしょ?
糸井
はい(笑)。
南
で、天狗だったときもあってさ。
糸井
わはははは。
南
要するに、顔を真っ赤に塗ってね、鼻は発泡スチロールでつくって、両面テープでくっつけて、羽団扇も持って、山伏っぽい格好して、一本歯のゲタも履いて、完全装備の天狗になった。
糸井
「完全装備の天狗」(笑)。
南
で、群馬県にさ、天狗で有名な山があるじゃない。
糸井
迦葉山(かしょうざん)。
南
そうそう、迦葉山。迦葉山に行って、天狗になったわけですよ。
糸井
うん。
南
で、まぁ、写真を撮ったりしてたんだけど、そのときに、衣装担当でもあり、カメラマンでもある妻がね、「天狗っていったら、やっぱり、村に下りていって、子どもをかどわかしたりするんじゃない?」って、こう言うわけだ。
一同:
(笑)
南
「じゃ、行ってみよう」ってことになってさ、ウロウロしてたら、いい案配に幼稚園があったの。で、その園庭のところにこう、天狗として、近づいていってね。
糸井
ふふふふ、ふふふ。
南
そしたら、どうやら、お昼寝の時間でさ。みんなが寝てるなか、窓の外を見てる女の子がいたんだよ。ほかのみんなは、寝てんだよ。で、その女の子が、眠れずに、ひとり窓の外を見てると、そこに‥‥天狗が立ってる。
糸井
はははははは。
南
天狗のオレが、こういう状態で(天狗風に目をむく)。
糸井
いい(笑)。黙ってね。
南
黙って。もう、窓の向こうから、上目遣いで、ものすごく一所懸命、見てた。
糸井
いいねぇ(笑)。
南
で、泣かれたりしたらまずいから、しばらくそうしてから、スッとその場を離れてね。正面玄関のところに回ったら、お昼寝してない教室もあってさ、気づいた子どもたちが、わっと出てきちゃったんだ。
糸井
あらら(笑)。
南
で、悪ガキどもがオレを見て「中に人が入ってるんだよ!」とか言うからさ、オレはちょっとむきになって「入ってない!」って。
一同:
(爆笑)
南
着てるわけじゃないからね。鼻はつけてるけど、中に入ってはいない。
糸井
天狗としては、そこはゆずれない(笑)。
南
幼稚園児といえど。
糸井
いい話だねぇ(笑)。その、最初の、ひとり起きてた女の子だけが見てたとしたら、
また違う趣があっただろうね。
南
そうだね。「昔、幼稚園のときにね、あたし、天狗、見たんだよ」って。
糸井
うん、うん(笑)。しばらく言えなくて、おばあちゃんになったころにようやく言えたりしてね。「おばあちゃんが幼稚園のころ、お昼寝の時間にね‥‥」って話したら、けっこう、じんわりくるんだろうね。
南
「ほんとに、いたんだー」って。
糸井
ねー。
南
でも、いまでも、うちの妻とふたりで思い出しては話したりするんだよ。「あの女の子は、いま、どういうふうになっただろうね」って。
「セミについて。」を読む。
「レム睡眠の発見。」を読む。
書籍『黄昏』について