糸井 |
南さんのお辞儀は、
なかなかきれいですね。
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南 |
あ、そうですか。
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糸井 |
うん。
わざとらしくないというか、
こころがある感じがします。
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南 |
(静々とお辞儀する)
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糸井 |
いいねぇ(笑)。
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南 |
お辞儀については
ちょっとしたきっかけがあってね。
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糸井 |
ほう。
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南 |
オレ、お辞儀とか、苦手だったの。
あの、戦争に負けて、進駐軍が入ってきて、
日本人は自信なくしちゃってさ、
いままでやってたことは
すべてダメってことになったじゃない。
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糸井 |
ああー。
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南 |
大人がそうだから、
子どもはもろに影響受ける。
たとえば、お辞儀っていうのは、
つまり、民主的じゃないんだ。
ぺこぺこしてるしさぁ、
古いんじゃないの? お辞儀は‥‥って。
だから、お辞儀はたいてい、斜めにやってた。
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糸井 |
斜めに見たいわけね、世界を。
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南 |
そう、そう。
で、なんかの賞状もらった日にさ、
トイレでしょんべんしてたら、
隣に、体育のタナベ先生がやってきてね。
並んでしょんべんしながら、ふっと、
「南、お辞儀は、ちゃんとやったほうがいい」
って言ってくれたの。
それから、ちゃんとやるようになったと思う。
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糸井 |
ああー、いいねぇ。
いい話だねぇ、タナベ先生。
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南 |
タナベ先生。中学校の。
夏木陽介がちょっと与太ったみたいな
若い先生だったんだけどね。
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糸井 |
ふふふふ。
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南 |
そのタナベ先生にね、
「ちょっと海水パンツ貸してくれ」
って、たのまれてさ。
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糸井 |
え?
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南 |
海水パンツ貸してくれって、
忘れちゃったから。
タナベ先生に海水パンツを
貸したつぎの日から、
オレはインキンになった。
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糸井 |
はははははは。
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一同 |
(笑)
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糸井 |
つまり、海水パンツのお礼に。
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南 |
うん、インキンをくれたわけ。
インキン、長かったなァ、それから‥‥。
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糸井 |
ははははは。
「ぼくに挨拶を教えてくれたタナベ先生は、
お礼にインキンをくれたのです」
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南 |
「タナベ先生は、私に2つのものをくれました」
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糸井 |
わはははは!
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一同 |
(笑)
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南 |
ヨコボリ先生っていう数学の先生がいてね。
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糸井 |
うん(笑)。
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南 |
テストの成績がね、
廊下に貼り出されたりするでしょ?
そういうの、なかった?
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糸井 |
ときどきあった。
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南 |
あったでしょ?
学年全員1番から
ずらーーっと貼り出されるわけ。
で、高校受験が近づいてくると、
みんな勉強するから、
順位がガンガンどしどし入れ替わっていくの。
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糸井 |
はい、はい。
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南 |
一所懸命やる子はどんどん上に行く。
その貼り出されてる紙、ぼーっと見てたらさ、
ヨコボリ先生がね、
オレが、こう、自分の順位が落ちてきたのを、
気にしてると思ったんだね。
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糸井 |
ああ、なるほど。
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南 |
実際、順位、どんどん落ちてたからね。
まわりは一所懸命勉強してんのに
自分はちっともやってないからさ。
そしたら、横に立ったヨコボリ先生がさ、
「気にすんな」って言うわけ。
「気にしなくていいんだよ」って。
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糸井 |
ああ。
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南 |
で、オレは「‥‥‥‥えっ?」って。
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糸井 |
気にしてない(笑)。
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南 |
気にしてないんだよ(笑)。
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糸井 |
ははははは。
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南 |
そのヨコボリ先生、
先生として悩みがあったのかなぁ、
つぎの年ぐらいに学校を辞めちゃったんだ。
で、ある日、池袋で、
きれいなおねぇさんといっしょに
歩いてるところにバッタリ会っちゃってさ。
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糸井 |
おお(笑)。
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南 |
慌てて挨拶したら、
「いま、オレ、工場長やってんだよ」
なんつってたなぁ。
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糸井 |
へぇー、工場長。
なんていうか、戦後の匂いがするねぇ。
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南 |
ははは、たしかに。
(海水パンツを貸し借りするなんて‥‥。つづきます) |