── | まったく個人的なことなんですが、 今から三年ほど前に、父親が亡くなりまして、 それはもう、 映画に出てきた先生が言ってたみたいに、 最後の何日間は 何も食べられなくなってしまったんです。 ですから、映画を観ながら あのとき、 辰巳さんのスープがあったらよかったのにと すごく思いまして。 |
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辰巳 | そうでしたか。 |
── | 脳梗塞で倒れ、嚥下障害となったお父さまに 「いのちのスープ」を作り続けた辰巳さんも ああいうお気持ちだったのかなあと思ったり。 |
辰巳 | ええ、同じようでしょうね。 |
── | 映画に出てくる方々は 緩和ケア病棟に入院されているわけですから ご病状も進んでらっしゃると思うんです。 自分の父を見ていたからわかるんですけど、 そういう状態の人に 飲んで「おいしい」と言わせるスープって 素晴らしいなと思いました。 |
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辰巳 | あれはね、 何でもない玄米のスープなんですよ。 でも、緩和ケアの病棟でも何でも いつでも枕元に置いて、 ご病気の方が欲しいと思ったとき、 お茶代わりに 飲めるようにしておいてくだされば、 それは、そのかたの命を助けると思います。 |
── | そうですか。 |
辰巳 | もちろんね、 病気を治すようなものでは、ないですよ。 |
── | はい。 |
辰巳 | でも、そのくらい、お茶みたいに 欲しいときに飲ませてあげられたら‥‥ 亡くなるときの脱力感を 軽くしてあげられると思っているんです。 |
── | 脱力感? |
辰巳 | 私はね、亡くなっていく方の脱力感とは どのようなものだろうと、 いつでも、考えているんです。 その脱力感から 少しでも守ってあげたいという気持ちで。 |
── | 脱力感というのは‥‥。 |
辰巳 | よくわからない。 私は、そこまで弱ったことがないから わかりませんけど、 自分の生命力が抜けていく感じというのは、 独特なものではないでしょうか。 |
── | あのスープは 「死の脱力感を、和らげてあげたい」 という思いからのもの、でしたか。 |
辰巳 | あなたも、たいへんお疲れになったときに、 きちんとできたおつゆを一杯、貰えたら 肩のあたりに詰まった重さが すうっと抜けていくこと、あると思います。 いいおつゆを飲むと、とても楽になるのよ。 |
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── | そうなんですか。 |
辰巳 | 私が、こうやって毎日、 取材でお話させていただいたりできるのも、 私のことを手助けしてくれる 対馬千賀子が、 1日3回、おつゆを飲ませてくれるから。 朝一杯、お昼に一杯、晩に一杯。 さっきは シイタケのコンソメを飲ませてくれました。 |
── | シイタケ。 |
辰巳 | 「ちかさん、 何だかふたりともくたびれちゃったから、 シイタケのスープ飲もうよ」って。 それはね、とっても、何でもないんです。 |
── | 特別なものでは‥‥。 |
辰巳 | ないです。 シイタケのもどし汁を熱くして、 そのなかに シイタケと昆布とうめぼしを入れて、蒸す。 それだけですから。 |
── | はー‥‥。 |
辰巳 | 手間なんか、何にもかからないんです。 火の力だけで、30分から40分。 |
── | でも、そんなに素朴なものなのに‥‥。 |
辰巳 | どうしてかわからないけど、 シイタケの力は、素晴らしいものですね。 やはり、お寺さんが大事にしたものには すべて意味があるんじゃないかな。 |
── | とても、豊かな感じがします。 |
辰巳 | あるいは、かつお節ね。 ああいうかたちで 良いタンパク質を摂れるものというのは よその国には、ありません。 |
── | ああいうかたち、といいますと? |
辰巳 | 油けのない、脂肪のない、上質なタンパク質。 それが、2分か3分あれば 口へ入るものになるんですから、かつお節は。 |
── | そんなこと、全然わかっていませんでしたが、 素晴らしいものなんですね。 |
辰巳 | あなた、菜っ葉を茹でられる? |
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── | ええと、茹でるということだけなら‥‥。 |
辰巳 | 菜っ葉を茹でるの、日本人は下手なんです。 おひたしなんて、 もう、自分の手の内のものと思ってるかも しれませんけど、 全然みんな、おひたしを茹でられない。 |
── | 茹でられない、といいますと? |
辰巳 | 病院で出てくる青菜、硬すぎます。 だから、そう言うと 今度は、くったくたに煮てくれる。 そうすると、 ビタミンが無くなってしまうのね。 |
── | なるほど、はい。 |
辰巳 | ですから、菜っ葉の「軸」と「葉先」は 別々に茹でなければ、駄目なの。 はじめに葉先を茹でて、 そのあとに 茹でたお湯に軸を入れて、もう少し長く。 そうすると、ぴったりそろう。 |
── | ああ‥‥。 |
辰巳 | 何でもないことなんだけど、わかれ目です。 食べることというのは、 1日3回、365日のことですから 菜っ葉から ビタミンを摂れるか摂れないかは 生死をわかつといっても、大げさじゃない。 |
── | そうですよね、病気の人にとっては、特に。 |
辰巳 | ですからね、私たちは 玄米や、シイタケや、かつお節や、青菜など 自分たちの持っている素晴らしいものを それらの、あるべき姿で 味わわなければならないと思います。 それは、いつでも。 |
── | いつでも。 |
辰巳 | そう。 毎日、貰わなければならないと思ってる。 毎日。 |
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<続きます> |