第3回 いのちは、時間のなかにある。

── 映画を拝見して
もうひとつ、印象に残ったことがありまして、
それは「愛と死」みたいなことでした。
辰巳 それは、どういうことでしょう。
── ひとつには、先ほどもお話に出てきた
お父さまのエピソードです。

食べ物が喉を通らなくなったお父さまに
辰巳さんが
工夫を凝らしてスープを作り続けたこと。
辰巳 ええ。
── それが、いつしか「いのちのスープ」と呼ばれて
一般の方だけでなく、
緩和ケア病棟に勤める医療従事者の方々も
辰巳さんのところへ
スープの作り方を習いに来ているというお話。
辰巳 はい。
── もうひとつは、旦那さまのことです。

結婚三週間で出征され、
戦死されたという旦那さまのお話には
すごく、心を打たれました。

そして、この映画に出てくる「死」には
必ず「愛の話」が、
セットになっているなあと思ったんです。
辰巳 やっぱり、私たち人間というのは
死ぬときに
「自分がいちばん愛したものは何か」
ということを、
そして自分は、それにたいして
「どれくらい
 愛を尽くすことができたか」
ということを、
瞬時にして考えるんじゃないでしょうか。

それは、人が死んでいくときの
中心的なことではないかなと、思います。
── そう思われますか。
辰巳 そう思いますね。

私はね、「いのち」とは
「時間のなかにある」と思っているんです。
── 時間のなか。
辰巳 たとえば、私がこの取材を受けている時間、
あなたが、この取材をなさっている時間、
それが
本当に「真心をこめた時間」であるか否か。
── はい。
辰巳 それいかんによって「時間の値打ち」が、
つまりは「いのちの値打ち」が、
決まってしまう。

だから、いいかげんな取材をすれば、
「今ここにある、あなたの人生」そのものが、
いいかげんなものに、なってしまう。
── ‥‥はい。
辰巳 以前、こういうことがあったの。

あるホテルでね、
何とも言えない、まずい紅茶が出たんです。
── まずい‥‥紅茶。
辰巳 帰り際、お金を払うときに
私は、紅茶を淹れてくれたお姉さんに
こう言ったんです。

「あの紅茶は、
 私のためにちゃんと淹れたんじゃなくて
 作り置きを出しましたね。
 人生というのは、時間のなかにあるのよ」
── ‥‥ええ。
辰巳 どうしてか、私、そう言ってしまったの。

「人生というのは、時間のなかにあるのよ。
 あなたが、あのまずい紅茶を淹れた時間、
 あなたは、そのなかに、ある。
 だから、その時間のあなたは、
 あのまずい紅茶と一緒だったんです」と。
── その方は‥‥。
辰巳 何だかね、目をパチクリしてらしたけれど。
でも、そういうことだと思うの。
── はい、そう考えると
「まずい紅茶を淹れている時間」が
すごく、もったいないですね。

自分の人生が、そのなかにあると思ったら。
辰巳 でしょう?
── 映画を観て「時間」ということについては、
ひとつ、思うところがありました。

辰巳さんが
旦那さまのことを語っている場面です。
辰巳 どういうふうに?
── ひとことで言いますと
「ずっとわからないままだったのに
 50年後に、わかる」
というようなことが、あるんだなあ‥‥と。
辰巳 ああ‥‥。
── 辰巳さんと旦那さまは
たった「三週間」しか結婚生活がなかった。
辰巳 出征が決まっていましたから。
── 三週間後に戦争へ行ってしまうのでは
娘をやることはできないと
辰巳さんのお父さまが結婚話を断りに行くと
旦那さまが、泣いてしまわれた‥‥と。
辰巳 ええ。
── そのとき、辰巳さんは
「これから死ぬかもしれない人を
 泣きっぱなしにさせては、いけない」
と言って、結婚された。
辰巳 はい。
── そして旦那さまは、三週間後に戦争に行って
帰らぬ人になるわけですけれど
辰巳さんは
それからずっと、50年ものあいだ、
「結婚してよかったのかどうか、
 わからなかった」と、おっしゃっていて。
辰巳 そうね、ずっと結論が出ませんでした。
結婚して、本当によかったのか。

それは「戦死」ということが
どういうことなのか
私には、わからなかったから。
── はい。
辰巳 でも、戦争から50年が経ったときに、
テレビで
私と結婚した人が亡くなったセブ島あたりの、
野ざらしの日本兵の死体を見た。

それは、本当に「不自然な死」でした。
── 不自然な死。
辰巳 私が戦争に反対する理由は、ひとつです。

それは、
その死が「あまりに不自然」だからです。
── はい。
辰巳 でね、そうしたら‥‥
あれは、とても不思議な体験だったんだけど
「見てほしい、見てほしい」って
呼びかけのようなものを、感じたんです。

自分が死んだところを、見てほしいって。
── そして辰巳さんは、セブ島へ行かれた。
辰巳 そう。

そしてね、実際にその場に立ってみたら
あの「野ざらしの空しさ」が、わかったの。

そして、
「これは、待ってくれている人がいるのと
 いないのとでは、全然違う」と思った。

自分の心に寄り添ってくれる人がいるのと、
いないのとでは、全然違うと思ったんです。
── 同じ、そこに倒れてしまうのでも。
辰巳 だから‥‥。
── はい。
辰巳 「結婚してよかった」って、思ったの。

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<続きます>
2012-11-05-MON