東北の仕事論。気仙沼 石渡商店 篇
第4回
最高のオイスターソース。
──
震災後、新しくはじめた商品もありますね。
石渡
小籠包、オイスターソース、茶碗蒸し。
──
あ、そんなに。中でもオイスターソースは
唐桑の菅野一代さんで有名な
盛屋水産さんの牡蠣を、お使いですよね。
石渡
みなさんに支援していただいたお金って、
うちだけじゃなく、
気仙沼の水産業の復興のために
使わせていただきたいなあと思っていて。
──
ええ。
石渡
みなさんの支援のおかげで建った新工場で、
地元の素材を使って、
地元の生産者がよろこぶ商品をつくりたい。

そういう気持ちで、
オイスターソースの開発が始まったんです。
──
なるほど。
石渡
一代さんのことは、前から知っていました。

でも、唐桑の牡蠣なら
どれでも美味しいだろうなとは思っていて、
一代さんところの牡蠣だから
何かが特別だとは思っていなかったんです。
──
正直ですね、石渡さん。
石渡
どこも同じだろう、
同じくらいに美味しいだろうなと思って、
盛屋水産さんにおうかがいしたら
旦那さんが、静かに、話を始めるんです。
──
お会いしたこともないのに
こんなこというのも失礼なのですけれど、
無口で有名な方‥‥ですよね。
石渡
ええ、とっても物静かな旦那さんなんですが、
その物静かな口調で
「俺の牡蠣は、俺しかつくれねえ」と。

わたしが「どうしてですか」とお聞きすると、
湾のかたちや潮の流れなど、
地理的な要因で
この味はここじゃないとできないんだ‥‥と。
──
以前、気仙沼大島の牡蠣養殖業のかたにも、
まったく同じ話を聞いたことがあります。
石渡
なおかつ、牡蠣というのは
3月、4月、5月と、
どんどんおいしくなっていくんだとおっしゃる。

で‥‥食べさせてもらったら、
これが、うなるほど、おいしいじゃないですか。
──
おお。
石渡
すごい、牡蠣ってどれも一緒じゃないんだと
感心していたら、
旦那さんが、ぽつんと、物静かな口調で、
「ただ、正月が終わると、
 どんどん値段が下がっていくんだよね」と。
──
3月、4月、5月と、おいしくなるのに?
石渡
そう、どんどんおいしくなるのに、
値段は下がっていってしまうそうなんです。

だったら、その、おいしくなっていくのに
値段の下がっている牡蠣を使って
なにか、おもしろい商品ができないかなと。
──
そこで、オイスターソースの開発を。
石渡
一般的なオイスターソースって
牡蠣を茹でたときの「煮汁」を煮詰めて
つくるんです。

茹でたあとの牡蠣は、
干して商品にする方法もあるんですけど、
そうしようとすると、
一代さんに
「このサイズの牡蠣をこれだけください」
とお願いしなければなりません。
──
ええ、粒を揃えるために。
石渡
で、特定のサイズがなくなると、
在庫の管理が、一気に大変になるんです。

ふかひれも一緒なんで、わかるんですが。
──
なるほど。ご自分の経験から。
石渡
だったら、丸ごとぜんぶ溶かしちゃえと、
小さい牡蠣も、大きい牡蠣も。

そうやってつくったのが、
石渡商店の、オイスターソースなんです。
──
それも「端材」というか、そういう牡蠣でなく
どんどんおいしくなっていく牡蠣を
わざわざ溶かして、ソースにしているんですね。
石渡
そこが「売り」になるなと思いました。

生牡蠣をそのまま溶かしているので、
非常に濃厚なエキスです。
売れるかどうかはわからなかったけど、
いろいろな人たちにご協力いただいて。
──
やってみよう、と。
石渡
地元の人に開発段階の味をみてもらって、
細かく調整したりしました。

日本中のオイスターソースを集めて
味見をしたり、
香港から輸入して味見をしたり‥‥。
──
オイスターソースの味見を、とにかく。
石渡
はい、したんです。
──
ひとくちにオイスターソースと言っても、
けっこう、ちがうものですか。
石渡
ぜんぜんちがいます、メーカーによって。
ちゃんと牡蠣の味がするものもあれば、
添加物の味しかしないものもありました。

できるかぎり味見をして、
その中で
いちばんおいしいなと思った商品よりも、
おいしくすることを目指しました。
──
ちなみに、いちばんは‥‥。
石渡
香港の李錦記(リキンキ)という、
有名なオイスターソースの発祥のお店の、
プレミアムオイスターソースです。

日本では、売ってないんですが。
──
「本家本元」の「プレミアム」。
それは、いかにも、おいしそう。
石渡
味の追求はもちろんなんですが
これは難しいなと思ったのは「色」でした。

オイスターソースというのは茶色ですけど、
牡蠣自体は緑ですから。
──
ああ、たしかに。
石渡
でも、オイスターソースといえば
茶色というイメージで定着していますから、
「無添加で茶色にする工夫」をして。
──
そうしないと売れないってことですか。
石渡
緑色のオイスターソースでは、
おそらく‥‥売れないだろうなと思います。
──
そうか‥‥たしかに。

でも、その苦労の甲斐あって
石渡商店さんのオイスターソースって
黒蜜のようなうつくしさです。
石渡
ありがとうございます。

おもしろかったのは、祖父も父親も
オイスターソースをつくっていたそうなんです。
開発をはじめてから、聞いたんですけど。
──
へえ、そのときも商品化して?
石渡
ええ、とあるお客さまから、
「そういえば、以前に
 おたくの親父さんも売りに来たことがあるよ。
 オイスターソース」って。

「長く続かなかったみたいだけど」って(笑)。
──
親子三代にわたって
同じ商品にチャレンジしてきたんですね。

でもついに、満足のいく味が、完成した。
石渡
はい、おかげさまで。

商品に自信はあったんですが
1年目は「どうかな?」と思いながら出して
結果、おいしいと言っていただけた。
──
よかったです。
石渡
なので、2年目は、一代さんの旦那さんが、
石渡商店のオイスターソースのために
筏(いかだ)を組んで
特別な場所で、つくってくださったんです。
──
おお。
石渡
おかげさまで、2年目以降は、
より別格な石渡商店のオイスターソースを
つくらせていただいてます。
──
うれしいですね、それは。
石渡
はい、この商品は
「オール気仙沼でつくりたい」という
気持ちが乗ってくれた、
最初の商品になったような気がするので。

<続きます>
2016-02-24-WED