── |
大木さんが尊敬している酒蔵とかって、
ありますか?
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大木 |
やはり「田酒」(でんしゅ)という
お酒を造っている、青森県の西田酒造店です。
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河野 |
有名ですよね、田酒って。
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大木 |
全国の居酒屋さんが支持する純米酒の
ベスト3に、必ず入る銘柄。
憧れの酒蔵、です。
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── |
それはまた、どういった理由で?
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大木 |
まず、頑なに伝統技法を守る姿勢。
そして、人気ブランドでありながら、
決して流行を追わないところ。
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── |
ははぁ。
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大木 |
フルーティで甘口で‥‥という
いまの主流に対し、
西田酒造店さんが造っているお酒って
香り穏やかで、ふっくらとし、
なにより「うまみ」があるんです。
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── |
それって、大木さんのつくるお酒と
似てらっしゃる‥‥んじゃないんですか?
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大木 |
いや、似てるなんて、とてもとても‥‥。
あの領域には、まだまだ達してないです。
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── |
古くからのお蔵なんですか。
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大木 |
創業130年以上もの歴史をお持ちですね。
でも、古いままの蔵ではないです。
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── |
新しい時代にも対応されている。
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大木 |
決して「市場に迎合する」というような
ものづくりではないですが、
古き良き時代の日本酒を継承しながらも
今の人に支持されています。
こういう写真集が出ているんですが‥‥。
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── |
へぇー‥‥。
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大木 |
この本に載っている写真からも
本当にたくさん、学ぶことがあるんです。
たとえば、当たり前のことなんですけど
「タンク肌」を
こうやって、きれいにしていますね。
これは、もろみが飛び散ったままにしておくと
「火入れ」したときに
雑菌などが発生してしまって
微妙に、よけいな味がついてしまうから。
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── |
当たり前のことを
ひとつひとつ、ていねいにやっている、と。
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大木 |
はい。この写真集、僕の「バイブル」です。
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── |
お味のほどは‥‥。
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大木 |
もちろん、おいしいですよ。
といっても、なかなか手に入らないんです。
居酒屋さんで、たまーに入っていたら
ラッキーというようなお酒。
酒屋さんが店頭にならべようものなら、
すぐに売れてしまいますし。
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── |
そんな「幻のお酒」みたいな。
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大木 |
でも、やはり「すごいな」と思うのは
「10年15年、トップであり続けている」こと。
人気にあぐらをかかず、
クオリティの高いお酒を造り続けている‥‥
ということですから。
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── |
今後、大木さんが
取り組んでいきたいことって、何ですか。
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大木 |
伝統的な「山廃造り」を
私どものやり方で
完成させていきたいなと思っています。
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── |
例によって、すみません、
「山廃造り」というのは?
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大木 |
説明がやや専門的になってしまいますが、
合成乳酸を使わず
乳酸菌の乳酸を発酵させながら、
続いて、酵母のアルコールを発酵させる‥‥
というものですが、
ともかく、
昔ながらの伝統的な酒造りの手法です。
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酒井 |
手間も時間もかかる手法なので、
いま、やってるところ、少ないですよね。
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── |
山廃造りには、どういった魅力が?
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大木 |
まず、特有の味わいがあります。
深く、ちょっと枯れた感じ‥‥。
山廃造りの酒には
質の良いアミノ酸が多く含まれますので
つまり「うまみ」が強いんです。
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── |
なるほど。
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大木 |
私どもの料理酒では
全面的に山廃を採用しています。
ただ、日本酒でも山廃を採用するのは
手間ひまを考えると、
いまは、現実的に難しいんですね。
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── |
ええ。
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大木 |
そこで、
昭和初期に書かれた古い文献にあたったり
温度管理の方法や
菌の生育しやすい環境を整えたりして
短時日で伝統的な山廃と同じ効果を出せる
うちなりの「山廃」を開発しようと‥‥。
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── |
おお。
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大木 |
ずっと取り組んできたんですが
いま、その「基礎」ができたところなんです。
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── |
大木さんオリジナルの、山廃が。
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大木 |
自分たちの進んむべき方向や
蔵の特性に見合った山廃造りをするには‥‥
という視点から構築した技法なので
一般的な「山廃」とは
ぜんぜん、捉え方がちがうんですが。
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── |
大木さんが「山廃」にこだわる
いちばんの理由って、何なんですか?
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大木 |
やはり、自分たちが「生きていく道」は
そっちだから、ですね。
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── |
なるほど。
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大木 |
いま、何でも合理的、経済的な考え方に
傾いてしまっていますよね。
多かれ少なかれ、酒の世界でも同じです。
でも、これからのものづくりを考えると、
そんないまだからこそ、
伝統的な技法で独自の酒の味を表現することが
私どもの生きていく道だと思ったんです。
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── |
流行のなかに埋もれるのでなく。
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大木 |
はい。
私どもが目指す酒造りは
菌がのびのびと発酵できる場をつくってあげて、
あるいは逆に負荷をかけながら
菌の力を最大限に引き出す、というようなもの。
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── |
「のびのび」は、なんとなくわかりますが、
「負荷」というのは?
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大木 |
たとえば、大吟醸のフルーティな香りって
「生きるか死ぬかの極限」にまで
温度を下げることで
「酵母が子孫を残そうとして出す」んです。
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── |
へぇー‥‥フェロモンみたいな。
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大木 |
そうです。
ですから、そのような微生物の特性を
もっと勉強しながら
彼らの持っている力を、引き出していきたい。
マニュアルにはない独自のやり方なんですが
そこを突き詰めて
昔からの「良いもの」も継承しつつ
時代に合った酒を、つくっていきたいですね。
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── |
お話をお聞きしていると、
本当に日々の試行錯誤の積み重ねなんですね。
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大木 |
まさに、そのとおりです。
たとえば、大吟醸に加える醸造アルコールは
セオリーでは「30%」なんです。
つまり、それ以上でも、それ以下でもない。
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── |
ええ。
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大木 |
でも、私どもが知らないだけで
もっとよい比率があるかもしれない‥‥と
思ったんです。
そこで、加える醸造アルコールを
30%、33%、35%、40%と変化させて
テストしてみたところ‥‥。
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── |
ベストマッチの比率を求めて。
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大木 |
高い度数の醸造アルコールを少量加える、
というレシピにたどり着きました。
酒造りには不確定要素が多く、
とくに
今期の大吟醸には調整が必要だったのですが
その比率で酒を仕上げたら
ぜんぜん味や香りがちがってきたんです。
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── |
お酒造りって
「やってみなければ、わからないこと」
だらけなんですね、本当に。
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大木 |
はい、完成したお酒に少し水を加えるだけで、
上品な甘さが出てきたりもしますし。
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── |
なんか、可能性が無限に転がってるみたいな。
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大木 |
それを「試すか、試さないか」ですよね。
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河野 |
「30%」という常識を疑ってなければ
「33%」「35%」「40%」を試そうなんて
思いませんもんね。
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大木 |
うちの社風には「どんどん、やってみよう」
という雰囲気があるのも、助かっています。
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── |
なるほど。
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大木 |
ほんと、最初のうちは
「ダメもろみ」だ、なんて思ってたんですが。
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── |
準優勝に輝いたわけですものね、その大吟醸。
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大木 |
「あきらめずに、やろう」を合い言葉にして
失敗や工夫やを重ねた結果です。
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河野 |
雄太さんの姿勢には、ほんと学ばされるんですよ。
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大木 |
‥‥福島には「お酒の学校」が、あるんです。
清酒アカデミー職業能力開発校といいまして、
座学、試験醸造、現地視察と、
広範囲に酒の勉強をすることができるんです。
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── |
そうなんですか。
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大木 |
私も昨年、そこを卒業いたしました。
酒蔵の社長なのに学校通いですかって
みなさんに、冷やかされながら(笑)。
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── |
それって、何年で卒業なんですか?
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大木 |
3年です。
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河野 |
雄太さん、大木代吉本店に入る前、
若いころは
東京の醸造試験場で
アミノ酸組成の研究をしていたんですよ。
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── |
そんな経験もある酒蔵の社長さんなのに
お酒の学校に3年も通うなんて、
なんというか、すごいなあと思いました。
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大木 |
いま、うちの社員も5名、在籍してます。
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── |
社長に続けと。
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大木 |
やっぱり、雰囲気が変わってきました。
休憩のとき、ごはんを食べているとき、
ただの井戸端会議にならないです。
酒についての技術的な話をしたり、
何より発酵に興味を持って、
いつも、
ああだこうだと話し合うようになりました。
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── |
楽しそうですね。
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大木 |
これまで「技術は盗むもの」だったのですが
私は、そうじゃないと思うんです。
むしろ、できるだけていねいに説明して
若い人を、育てていきたいんです。
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── |
今日、お話をうかがって、お酒造りって
やはり「生きもの」を相手にしていることが
よくわかりました。
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大木 |
そうですか。
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── |
微生物の出方に合わせて、
「そう来たか、じゃあ、これでどうだ!」
みたいな感じだなあって。
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大木 |
私ども、今度の震災で
14棟の仕込蔵のうち、5棟が全壊しましたが
地震翌日、壊れた蔵に戻ってみたら‥‥
もろみの発酵する音が、聞こえてきたんです。
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── |
へぇー‥‥。
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大木 |
だからやっぱり、うん、おもしろいですよね。
相手が「生きてる」っていうのは。
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<終わります> |