── |
「辺境生物学者」として知られる
長沼毅さんの著書に
「海と陸の動物の総重量を100億トンだとしたら
地球上の微生物の総重量は1兆トンを超える」
みたいなことが書いてあったんです。
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大木 |
へぇ、そうなんですか。
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── |
それ以来「微生物」という見えない存在が
やたら気になってしまいまして。
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大木 |
あはははは、なるほど。
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── |
で、そんなときに
こちら八木澤商店の河野通洋社長が
「こんど、
福島の酒蔵さんのところに行くんですが
来ます?」
と誘ってくださったので
こうして、勇んでおじゃまいたしました。
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大木 |
それはそれは、ようこそ(笑)。
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河野 |
微生物とか発酵のことだったら
何時間でもしゃべれますよね、雄太さん?
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大木 |
ええ、毎日、付き合ってますんで(笑)。
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── |
おお、それは楽しみです!
それじゃ、さっそくではありますが
河野さんとも、長いお付き合いなんですか?
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大木 |
はい、微生物ほどではないんですけど(笑)、
15年くらいになりますか、もう。
八木澤商店さんには、お醤油の原料として
うちのお酒を使っていただいてるんです。
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── |
つまり、お取り引き先という間柄。
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河野 |
うちの醤油の加工品やタレ類の原料として
こちらの「蔵の素」という
特別な料理酒を使わせていただいています。
八木澤の店舗でも
「こんにちは料理酒」という別の料理酒を
販売させていただいたり。
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── |
料理酒以外にも
「自然郷」という日本酒が有名だそうですが
どういうところが、良いんですか?
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河野 |
ひとことでは申し上げられないんですけど、
ようするに
「化学調味料を使わずに
手間ひまかけて、おいしいものをつくる」
という、
シンプルな考えかたに基づいているところ。
添加物を使うことなく
保存性を高める工夫をされていたり、
うちと、ものづくりに対する考えかたが
いっしょなんですよね。
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酒井 |
お魚に「こんにちは料理酒」を少しかけて
焼くだけで、
ぜんぜん美味しさがちがってくるんですよ。
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── |
へぇー‥‥。
具体的に、お酒としてはどんな特徴が?
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大木 |
「濃い酒」ですね。
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── |
濃い?
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大木 |
はい、よく日本酒の飲み口を言い表すのに
「淡麗」と言いますけど
「濃い」というのは、その逆です。
つまり、わたしたちは
「濃醇なお酒」をつくろう、と‥‥。
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── |
すみません、日本酒があまり飲めないので
ピンときていないのですが
「濃い」とか「濃醇」というと、つまり?
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河野 |
ようするに「うまみ」の高いお酒、です。
コクがあって、
味に「奥行き」や「厚み」があるんです。
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大木 |
しかし、現在の日本酒の主流を占めているのは
「淡麗辛口」と言いまして
これは
端的に言って「うまみを抑えた」お酒です。
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── |
淡麗辛口とは、聞いたことあります。
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河野 |
有名な「上善如水(じょうぜんみずのごとし)」
が良い例ですけど、
つまり「水のような酒」がよしとされていて。
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── |
サラッと、すっきりしているお酒が。
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河野 |
淡くて、平坦で、薄い飲み口。
業界では「そうじゃなきゃ、売れない」と
ずっと思われてきたんです。
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大木 |
よく「磨いてなんぼ」と言うんですが、
日本酒の味の表現というのは
ずっと「消去法」でやってきました。
そこでは、許容されるのは「甘み」くらい、
その他の味や香り、「うまみ」などは
ムダでよけいなものだとされてきたんです。
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── |
へぇー‥‥。
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大木 |
フルーティな香りで「芳醇」と形容される
大吟醸の場合は、また別なんですけど
ともかくも「淡麗辛口一辺倒」の流れのなかで
私どもは、30数年前から
「濃醇な酒造り」をつくり続けてきました。
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── |
あえて主流とは別の道を歩んでいる‥‥と。
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大木 |
ええ、ですから
はじめは、なかなか売れませんでしたね。
でも、河野さんをはじめ「人との縁」で
少しずつ、少しずつ
評価していただけるようになりました。
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── |
やはり、大木さんご自身が
そういう「濃い」お酒がお好みなんですか?
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大木 |
ええ、よく女性にたとえるんですが
スッと切れのよい、あっさりしたお酒でなく、
かといって
華やかな、グラマラスなお酒でもなく‥‥。
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── |
ははあ。
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大木 |
「癒し系」が好き、といいますか(やや照れる)。
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── |
癒し系? |
大木 |
つまり、ほっとさせてくれるようなタイプが
好きなんです、お酒でも、女性でも(笑)。
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── |
はー、深い表現ですね‥‥。
でも、なんとなくわかりました。
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河野 |
あの、雄太さん、「こんにちは料理酒」って
「蔵の素」が元になってるんですか?
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大木 |
いえ、順番としては
「こんにちは」のほうが「先」です。
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河野 |
いや、その「こんにちは料理酒」というのが、
また、すごいんです。
銀座の寿司屋で出してるくらいだから。
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── |
銀座の寿司屋?
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大木 |
料理酒ですから
基本的には、ありえないことですけれど
銀座のお寿司屋さんで
「こんにちは料理酒 六〇〇円」と
お品書にあったんです。
あ、飲ませてるんだと思って(笑)。
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── |
へぇー!
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大木 |
私も、びっくりしてしまいましてね。
もちろん、飲めるだけのクオリティに
仕上げてはいますが
全国の名だたるブランド酒の横に
うちの「料理酒」が、並んでいたので。
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── |
堂々と「料理酒」って書いてあるのに
お品書に載せちゃうって、すごいですね‥‥。
でも、それくらい「おいしい」と。
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大木 |
お店のご主人は、
気に入ってくださっているみたいです。
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── |
料理酒って飲めるんですか、ふつう?
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大木 |
いま、一般に流通してる料理酒は
「安く提供する」という視点でつくられたものが
ほとんどですから、
基本的には、飲めるものはないと思います。
そもそも「不可飲処理」と言いまして、
酒税を低くするために
塩を加え、
酒として「飲めなくして」いますし。
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── |
「塩が入ってりゃあ
誰も飲まないだろう」ということで、
税金が安くなる、と。
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大木 |
そうです。
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酒井 |
一般に「料理酒は安いもんだ」と
思われているのは、そういう理由もあります。
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大木 |
私どもの「こんにちは料理酒」は
新しい醸造の可能性を追求しようという
強い思いがあって
いろいろ試行錯誤しながら、整えてきました。
五段仕込みをしたあとに
甘酒を加えて、味をより濃醇にして‥‥。
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酒井 |
え、つまり「六段仕込み」なんですか!?
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大木 |
はい。
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── |
あの‥‥基本的なことがわかってなくて
たいへんすみませんが、
その「六段仕込み」について、教えてください。
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大木 |
ふつう、日本酒の醸造工程では
酒母へ、麹と蒸米を、三段階に分けて加えます。
うまく発酵させるために
そうするのですが
これが一般的な酒造り、「三段仕込み」です。
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── |
つまり、ふつうは三段である、と。
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大木 |
私どもは、味に「濃醇さ」を持たせるため、
「三段仕込み」に
まず「麹」を加えて、さらに「酒粕」を加えて、
最後に「甘酒」を加えているんです。
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── |
それで「六段仕込み」なんですか。
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大木 |
はい。
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── |
そうすることで‥‥。
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河野 |
淡麗辛口と真逆の「濃醇」な酒ができる。
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大木 |
淡麗辛口の場合、
尻上がりに凛として切れるんですが‥‥。
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── |
尻上がりに‥‥何です?
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大木 |
つまり「すっと消えていく」んですけど、
私どものお酒は
「余韻」が、とても長いのが特徴です。
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── |
余韻が。
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大木 |
ちょっと舌にざらつくような感じ、ですね。
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河野 |
雄太さんのお酒に「うまみが強い」のには
科学的な裏付けもあるんです。
数年前、お酒に含まれるアミノ酸の量が
ものすごく多いことがわかって‥‥。
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大木 |
そうですね、一般のお酒の3倍ぐらい。
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── |
それも、濃醇な六段仕込み製法だから。
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大木 |
ええ。
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── |
河野さんが、大木さんのお酒を
お醤油の原料に使ってらっしゃるのは、
どうしてなんでしょうか。
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河野 |
ともかく、こんなにも「いいもの」なのに
世の中に知らせなきゃ、もったいない。
それに、
より手軽に、安くできるもののほうがいい、
という目的だけを追求していたら
日本の伝統的な醸造は、廃れてしまうので。
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── |
なるほど、なるほど。
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河野 |
雄太さんのところでは
手間がかかっても、伝統的な技法を守りつつ、
新しい挑戦をしている。
簡単には真似できないことだと思います。
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大木 |
私どもも、はじめは
ふつうの「三段仕込み」だったんです。
でも、もっとよい酒を‥‥と
酵母の増殖に合わせて温度帯を変えてみたり、
いろいろ試行錯誤しているうちに
四段‥‥五段‥‥六段、と増えていきました。
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── |
満足できなくて、足していったと。
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大木 |
そうですね、味のバランスを取るために。
発酵すればするほど
酵母は、どんどん糖を分解して
アルコールをつくりだしていきますから
酒は「辛く」なっていきます。
そこで、甘酒や酒粕を加えてみたりなど
いろんな要素を複合させて
ようやく
いまのスタイルができあがってきました。
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── |
何年くらい、かかったんですか?
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大木 |
今年で「発売35年」を迎えますけど
やりたいことは、まだまだ、ありますね。
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── |
じゃあ、これからも改良を?
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大木 |
はい、続けていきます。
<つづきます> |