── |
被災の状況は、どのようなものでしたか?
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八木 |
津波で、会社が根こそぎ流されまして
あとに残ったのは、
本当に「床板一枚」だったんですね。
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── |
ええ。
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八木 |
すべてが終わったと思いました。
誰かが口火を切れば、一気に会社が崩壊すると。
そんなふうに思ってたら、
お客さんから、安否確認の問い合わせやら
「なんとしても復活しろ」
というようなメールが、山のように来て。
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── |
おお。
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八木 |
3月というのはカキの時期で
津波の到達時刻が、だいたい4時すこし前。
その時期のその時間、
うちに商品を供給してくれている生産者は
どう考えても、海にいるんですよ。
沖で、カキをとっているはずなんです。
うちのお客さんのために。
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── |
‥‥はい。
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八木 |
生きた心地、しなかったです。
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── |
ええ。
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八木 |
丸3日くらい、まったく消息がわからずに‥‥
みんなで胃をもんでいて。
流された会社のすぐそばにあった家も
ペッタンコになってるし。
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── |
はい。
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八木 |
でも、4日目に会えたんです、その人に。
もう「生きててよかった!」って。
そのあと、その生産者が言ったんです。
「ここまで潰れたら、さっぱりするなぁ」
って。
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── |
ああ‥‥。
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八木 |
誰よりも泣きたいはずなんです。
家も船も、大切な仲間まで失った生産者が
「ここまで潰れたら、さっぱりした。
今まで、いろんな問題を抱えていたけど
ぜんぶ整理して
また、いちからいいものを作っぺし」って。
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── |
いいものを、また、いちから。
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八木 |
この土地を離れられない人が、
猛烈に強がりながら
未来へ向けて、進んで行こうとしている。
口が裂けても
「会社たたんで静岡に帰ります」なんて
言えなくなっちゃって。
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── |
ええ、ええ。
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八木 |
もう一度、立ち上がりたい人がいて
「届けてくれ」というお客さんがいてくれる。
進む道はひとつでした。
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── |
はじめは、どこから手をつけたんですか?
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八木 |
大船渡の港は壊滅してるし、
船だって残ったのが5%に満たないくらい。
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── |
5%ですか‥‥。
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八木 |
そういう状況でしたけど
僕たちの会社は、震災から1カ月後の
4月11日に操業を始めました。
ほとんど「意地」だけで。
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── |
操業というと、具体的には?
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八木 |
海に網を刺して、半日置いて、引き揚げて。
とれた魚を、インターネットで直売して。
市場もすべて壊れていましたから、
魚がとれても「売る先」がないんですよね。
そんななか、通信だけは確保できたんです。
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── |
それで、インターネット直売を。
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八木 |
4月11日、大漁だったんです。
津波で海がかき混ぜられていたおかげで、
魚が活発に動いていて。
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── |
何がとれたんですか?
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八木 |
カレイ、ヒラメ、タラ‥‥ありとあらゆる魚が
とんでもない量で揚がってきました。
これは、諦めてる場合じゃないなと思いました。
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── |
はー‥‥。
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八木 |
陸は相変わらずメチャメチャでしたけど、
海は強烈に再生していた。
近年、過密養殖で疲れていた海が、
その豊かさを、猛烈に回復していたんです。
陸を見たら心が病むんですけど
海のほうは、すっごいことになってる。
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── |
‥‥なるほど。
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八木 |
直売に出した魚は、とれたうちの一部だけにして
あと半分以上、避難所に持って行きました。
みんなが甘えちゃうから
そんなに持ってくるなって怒られたんですけど、
あとからたくさんのメールが来たんです。
「魚うんめぇ!」って。
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── |
ああ‥‥。
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八木 |
「みんな、泣きながら魚食べてる」って。
ずっと、魚を食べてきた土地の人たちが、
1カ月間、魚を食べられなかったんですから。
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── |
そうか‥‥そうですよね。
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八木 |
避難所の生活では
ふだん食べ慣れてないものを
ひたすらに食べるしかなかったんです。
それで、ムダに体力を消耗してた面も
あると思うんですよ。
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── |
そこへ「魚」が戻ってきた。
|
八木 |
進むべき方向が、みんな一気に見えたんです。
「海だ!」って。
「魚が呼んでる!」って。
「俺らの場所は、陸じゃなくてやっぱり海だ」って。
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|
── |
すごいです。
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八木 |
でも、案の定、
動きはじめたら、問題が次々と出てきました。
まず、「氷」がない。
漁業者は、漁に出たいにもかかわらず。
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── |
製氷工場も壊れちゃったから。
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八木 |
取引先の板長が電話をよこして、
「お前、必要なものがあったら何でも言え」
と言ってくれたんです。
で、つい「氷がなくて漁に出れない」と
言っちゃったんですね。
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── |
ええ、ええ。
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八木 |
そしたら、3日後に製氷機が届いたんです。
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── |
え!
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八木 |
板長に「どうしたんです、これ!」と聞いたら、
「お前たちを応援したいって、
巨人のOBがお金を出してくれたんだ」と。
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── |
巨人て‥‥プロ野球の巨人軍?
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八木 |
そう、そのお店の常連さんだったんですよ。
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── |
巨人軍のOBが? へーっ‥‥。
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八木 |
そんな人たちが送ってくれた製氷機、
「うちの会社がもらいます」とは言えないです。
だから、みんなで共同で使うことにして、
自分とこのは、中古で買いました。
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── |
‥‥これから先の展開としては、
どのようなことを、考えてるんですか?
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八木 |
さっきさんざん「すげぇ、すげぇ」言ってた
おかしな漁師料理ありますよね。
あれを、商品化できないかなと思っています。
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── |
おお、浜の隠れメニューがついに陽の目を!
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八木 |
生産者にとっても無理なくできますし、
お客さんにも、いい商品になると思っていて。
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── |
ええ、ええ。
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八木 |
CAS(キャス)冷凍って、知ってます?
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── |
いえ、知らないです。
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八木 |
「セルアライブシステム冷凍」の
略なんですけど、
要は、これまでの冷凍とはちがって
瞬時に水分を凍結させることで
冷凍による食味の低下を
大幅に防ぐことのできる技術なんです。
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|
── |
へー‥‥そんなに、ちがうんですか。
|
八木 |
もう、ぜんぜん。
で、
「おかしな漁師料理」の商品化にあたっては
ぜひ取り入れたいんですけど、
いかんせん高くて、その冷凍機の値段が。
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── |
いかほど‥‥?
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八木 |
6000万円。
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── |
それは‥‥超高いですね。
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八木 |
フェラーリ2台分ですよ?
国の補助事業を獲得するために作文を書くから
漁師さんたちに
「何があったらうれしい?」って聞いたら
「CAS」と言われたんですが
「いくらなんでも、そりゃあ‥‥無理だわ」と。
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── |
そうでしょうね‥‥。
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八木 |
でも、どんな機械なのかいちど見たかったので、
製造元に行ったんです。
そして、そのすごさを、あらためて認識して
「今、現場はいろいろと難しいんですが
でも、生産者といっしょに、
こういう商品をつくっていきたんです」
と説明したら、
製造元の社長さんが「その心意気を買った」と。
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── |
‥‥おお。
|
八木 |
「機械はすぐに入れるから、雇用をつくれ」と。
「そういうかたちで
うちは被災地を応援することに決めた。
だから、
お前は水産の現場に未来をつくれ」と
言ってくださったんです。
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── |
‥‥すごい。
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八木 |
ある意味、買うより高いことになっちゃって(笑)。
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── |
入り口のところにあったのが、そのCASですか?
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八木 |
そう。
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── |
つまり、あの機械は‥‥。
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八木 |
ええ。 |
── |
もらったわけじゃないでしょうけど。 |
八木 |
そりゃ、もちろんです。
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── |
でも事実として今、ここにある、と。 |
八木 |
「ご好意で貸していただいている」状態ですね。 |
── |
そんな高い機械を。‥‥すごいなぁ。
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八木 |
震災で職をなくして
じゃあみんな、まったく魚と関係ない内職を‥‥
と言っても、病んじゃうと思うんです。
だって、もともと魚の町なんだから。
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── |
ええ。
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八木 |
ひたすら魚の頭を落として、
なんていうのならアリかもしれませんけど、
それじゃあ、
どう考えても「未来」が見えてこないです。
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── |
はい。
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八木 |
「水産」の持っている底ぢから。
それ自体、すごい産業なんだっていうことを
しっかり認識して、
復興のプランを立てていかなければ。
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── |
それはつまり「誇り」の話でもありますね。
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八木 |
そう、それがなければ立ち上がれないです。
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── |
ちなみに、インターネットですから
お客さんの声がフィードバックされやすいと
思うんですけど
そういうのを漁師さんたちも読むんですか?
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八木 |
ええ、とてもいい刺激になってると思います。
生産者、お茶を飲みに来るんですよ。
で、遠まわしに
「この前送ったのどうだった?」って。
「すっげぇ喜んでましたよ」
とかって言うと、
「なぁに、あんなもので喜びよって」
みたいな(笑)。
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── |
つまり、うれしいんですね(笑)。
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八木 |
はい、ニコニコしてます。
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── |
いいなぁ。
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八木 |
いままで、漁師さんも忙しすぎたんですよ。
でも、震災でかつてないほど時間ができた。
その間に「消費者が求めていること」を
できる限り共有して、海に戻ってもらう。
この船の使えない何カ月間は、
そういうことに、取り組んでいきたいです。
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── |
そうなったら「強い」でしょうね。
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八木 |
「東北の食材?
しょうがないから買ってあげようか」
じゃなくて
「買いたい、食べたい」にしてやりたくて。
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── |
そうですね。
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八木 |
そうすれば「東北への支援」という
枠組みを超えて
日本全体を盛り上げることのできる産業に
なっていけるんじゃないかな‥‥と。
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── |
漁師料理を商品化はどのくらいで?
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八木 |
来年(2012年)の早いうちには、と思ってます。
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── |
じゃあ、もうメニューが決まってたり?
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八木 |
あとで食べてもらいたいんですけど、
「イカのフゾカラ焼き」とか。
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── |
フゾカラ‥‥聞いたことないです。
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八木 |
イカって、どこ食べます?
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── |
どこ? うーん‥‥ゲソと身体?
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八木 |
それ、だいぶ人生ソンしてますよ。
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── |
え。
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八木 |
イカの耳と足を刻んで、
イカの腑(内臓)といっしょに炊いて
味噌を入れて味付けした、
フゾカラっていう漁師料理があるんですよ。
これが体に悪いんですよ、美味くて。
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── |
「体に悪い」(笑)
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八木 |
イカの目も入れると
さらに旨みが増すんですけど、
そのとき、
身は絶対に入れちゃダメなんです。
おいしくなくなるんです。
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── |
へぇ、不思議ですね。‥‥ちなみに、残った身は?
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八木 |
身は刺身に良いですから、主にお客さんが。
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── |
あ、そういう土地でしたねここは(笑)。
じゃあ、その「おかしな漁師料理」の商品化、
楽しみに待ってます。
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八木 |
はい、ありがとうございます。
かならず、届けますんで。 |
|
<終わります> |