ゼロから立ち上がる会社に学ぶ 東北の仕事論。 大船渡 三陸とれたて市場 篇
セキュリテ被災地応援ファンドのこと 営業を再開した 三陸とれたて市場のホームページはこちら。 東日本大震災ですべてを失った状態から もういちど 立ち上がろうとする企業に学ぶシリーズ、第5弾。 今回は、岩手県大船渡に拠点を置く 「三陸の鮮魚の産地直売サイト」として 震災前から有名だった「三陸とれたて市場」代表、 八木健一郎さんにご登場いただきます。 港はこわれて、船も漁具も流されてしまったのに、 「海のなか」は猛烈に再生していく。 「会社をたたんでいる場合じゃない」と思い直し、 操業を再開した日は「大漁」だったそうです。 「生産者」(漁師さん)と 「消費者」(全国で待っているファン)を いちはやく「つなげる」ために、 いちどは呆然としつつも、 再び立ち上がろうと決めた八木さんのお話を 「ほぼ日」奥野がうかがいました。
第1回 おもしろさがメチャクチャ。
── もともと三陸のご出身ではないんですよね。
八木 ええ、静岡です。
── なんでまた、大船渡で起業を?
八木 母方が医者の家系なこともあって
北里柴三郎という人に、憧れがあったんですね。

で、北里大学の理学部に入りたくて。
── 北里大って‥‥岩手にあるんですか?
八木 いえ、ありません。僕の行きたかった理学部は。
── えーと、つまり。
八木 第一希望の理学部に落ちまして、
間違って出願していた水産学部に引っかかって。
── 間違って。‥‥じゃあ、水産学部が岩手に。
八木 はい、大船渡です。

今は「海洋生命科学部」という名前に
なってますけど、
そこに通っていたんです、イヤイヤ。
── イヤイヤ‥‥ですか。
八木 すでに一浪してましたから
「もう、なんでもいいや!」というヤケクソで
入学したんです。

だから、
学生時代は嫌で嫌でしかたがなくって。
── はー‥‥。
八木 身内の集まりでも「水産です」なんて言ったら
半ば「コント」なんですよ。
── つまり、そういうご家系であると。
八木 ずっと「水産」から逃げまわってました。

ある種「コンプレックス」だったんでしょうね。
医学や生物学のほうへ逃避してたんです。
── 逃避というと?
八木 まわりに「僕は水産じゃない」って言い続けて、
卒論のテーマも「細菌」にして。

僕の大学生当時、
「腸管出血性大腸菌」いわゆる「O157」が
堺市で流行して、
民間の検査機関がパニックになったんですね。

その細菌を検査するアルバイトなんかに
「ずっぽし」になってたりとか‥‥。
── 徹底的に避けていた、と。
八木 大学のときの教授は
そこらへんのことをお見通しだったので
「わかった、お前は研究者になればいい。
 ただし北里の大学院に進んでも
 お前のコンプレックスは払拭されないだろうから
 がんばって東大の大学院に行け」と。
── そりゃまたすごい。
八木 「そのために、俺のもとで修業をして
 研究者としての素養をつけろ」と。
── 東大の大学院へ行くために。
八木 そんなわけで
北里大学の水産学部を卒業したあと、
研究生のポストに収まって
その教授のところで研究をして論文を書いて‥‥
というコースを
歩んでいたはず‥‥なんですが。
── はず?
八木 半年が経ったころ、緊張が緩んだんですね。

その教授と交わしたある約束を果たさずに、
「お前なんか出ていけ!」と。
── それは「勘当」ですか?
八木 「ふざけるのもいい加減にしろ、
 現場を見てからモノを言え!」と言われて。
── 現場というのは?
八木 水産の現場です。

そのとき、生まれてはじめて
寄りかかれるものもなく「真っ裸」にされて
よろよろしながら
あれだけ嫌っていた「水産」の現場に
足を踏み入れたんです。

そしたら‥‥。
── ええ。
八木 メチャクチャだったんですよ。
── ‥‥何がですか?
八木 おもしろさが。
── おもしろかったんですか!
あれだけ嫌っていたのに。
八木 そう、おもしろかったんです。三陸の水産が。
── 具体的には、どのように?
八木 たとえば、外からお客さんが来たときには
おもてなししますよね。

土地でとれたものを、ご馳走ですといって。
── ええ、ええ。
八木 それは、全国どこでも同じだと思うんですが
このあたりだと、
行き着く先が「舟盛り」になっちゃうんです。
── それは‥‥美味しそうですけど。
八木 美味しいですよ、それはそれで。

でも
「自分たちがふだん食べているものを
 お客に出すわけにはいかない」
と背伸びした結果「どこでも食えるもの」を出す。
── たしかに「舟盛り」というだけなら
東京にもありますが‥‥質がちがいますよね?
八木 いえ、ふだん彼らは、そんな舟盛りなんかより
とんでもない料理を食べてるんです。

たとえば、11月くらいの時期になると
漁師さんがやってきて
「お前ら、今日の夜はカレーでも食う?」って。
── ええ。
八木 で、「食べる」と言ったら
ドッカン持ってきてくれるんですよ。

「アワビしか入ってないカレー」を。
── 具がアワビ‥‥だけ?
八木 そう、ジャガイモもニンジンもなし、
アワビだけ。
── す、すごいですね。
八木 しかも
「1人前でアワビ5個入れねぇと
 出汁が出ねぇ」とか言う。
── なんたるぜいたく。
八木 ‥‥と思うでしょ?

でも、漁師さんに言わせると
「バカ野郎、
 肉や野菜は買わなきゃならねぇだろ」と。
── なるほど、アワビはとれるから‥‥。
八木 そう、つまり「アワビで我慢しろ」と。

で、
「5個以上入れたら、うまくにゃあし、
 5個以下だと、おもしろくにゃあし」
という、このバカバカしさ。
── 漁師さんたちって、
ふだん、そういう料理を食べてるんですか。
八木 「アワビを剥いたら
 食べる直前にカレーと和えて
 ひと煮立ちさせると、うみゃあんだ。
 食ってみろ」

「えええっ?」みたいな、
とんでもない料理ばっかり食ってたんです。
── でもそれは「お客には出せない」んですね。
自分たちが、ふだん食べているものだから。
八木 そう。
── 商品でもない?
八木 ない。

白いごはんに、本わさびをちょびっと付けて
アワビの刺身をゴボッと載せて熱湯をかける。

と、かけるそばから出汁が出てくるんですが
そこに醤油を2、3滴。
「これが、いちばんうみゃあお茶漬けだ」と。

‥‥食べてみたくなりません?
── なりますなります。
八木 このあたりは、月替わりで特定の水産品が
ジャブジャブとれるから
要は1ヶ月間、そればっかりになるんです。

だから「飽きちゃう」んですよ。
── つまり、その「カレー」やら「お茶漬け」やらは
アワビを飽きずに美味しく食べるための
「創意工夫」の果てであると。
八木 そうです。

生産者が、アワビを使い倒そうと
あらゆる工夫を凝らした末に生まれた
とんでもない料理なんです。
── はー‥‥。
八木 炊き込みごはんに
どっさりアワビ突っ込んだら不味かったとか、
そんなバカげた話が
延々と展開されている世界だったんです。
── ちなみに、他の月には、どんなものが?
八木 まず、1月の時期になるとタラですよね。
鼻から白子が出るほど食えます。
── すごい、「鼻から白子」が(笑)。
八木 2月に入ると、ワカメやマツモなどの海藻類。
3月になったら、サケ類。
── サケ?
八木 そう、秋にとれるサケとはまた別で
もっと高級なサケが帰って来るんです。

で、5月になると、ウニの時期。
初物の海藻を食べて育ったウニですね。
── はい。
八木 6月はイワガキ、マンボウ。
── ええ。
八木 7月はスルメイカの時期なんですが、
イカ刺しにして食うんです。

残り物の生ウニを醤油で溶いた、ウニ醤油で。
── ‥‥ウニは「調味料」ですか。
八木 あくまで、この時期はイカが主役ですから。

同じように
色の悪いウニが出荷されずに返って来たら
味噌と地酒を入れて炊くんです。

すると、
そぼろみたいに、固まってくるんですけど
それをキュウリにつけて食べる。
── ウニがキュウリの引き立て役‥‥。
八木 やりつくして、食べつくしたすえに
「結論はこれ」みたいな
そんな料理ばっかり食べてるんです。
── お客のいない、舞台裏では。
八木 三陸沖というのは
寒流と暖流がぶつかり合う「潮目」なんです。

寒流を泳ぐ魚にとっては南限だから
これ以上、南へ行きたくない。
暖流を泳ぐ魚にとっては北限だから
これ以上、北へ行きたくない。

つまり、魚にとっていちばん嫌な場所なので
すごく「鍛えられる」んですよ。
── 身が、なるほど。
八木 うまいものが、勝手に月替わりでやってきて、
勝手に鍛えられて、水揚げされる。

そういう土地だったんですよ、ここは。
── 足を踏み入れてみたら。
八木 ええ。
── ‥‥つまり、三陸の「おもしろさ」とは
旬の食材を、いちばんぜいたくに食べる料理が
「商品になってない」ということだと。
八木 そう、みんな隠しておく‥‥んでもなくて、
単純に「売るようなもんじゃない」という意識。

東京からお客さんが来たので
「舟盛り、お寿司」‥‥で、おもてなしをして、
たいへん満足して帰ってもらった。

「んじゃあ、うちらもメシ食うか」とか言って
今言ったような料理を食べてるんです。
── おもしろいです。
八木 僕がもらっていちばんうれしいものって
何だかわかります?
── んー‥‥。
八木 マクドナルドとか、ケンタッキー。
── ‥‥それは、売ってないから?
八木 そう、買って帰ってくるのに2時間かかる。
アワビなんて30秒で手に入る。
── 価値観の次元が、ぜんぜんちがう‥‥。
八木 ものすごい強烈な「資源」だと思うんです。
── お聞きしていると「コンテンツ」ですよね。
八木 それなのに
「岩手はダメだ、貧乏だ」とか言ってるわけです。

たしかに沿岸の給与所得を見ると
平均年収は300万に満たない。200万くらいかな。
── そうなんですか。
八木 でも、その中身は「資本主義で動いてない」んで。
── つまり、もらったり、交換したり。
八木 魚なんか買わなくったって
お裾分けで回ってくるし、食うに困らないんです。

お金なんか、そんなになくても大丈夫。
── むしろ、すんごい料理を食べてるんですものね。
八木 東京とか大都市圏で無職だなんていったら
飢え死にするかもしれませんが、
ここだと、
誰かが困ってたら助けるという仕組みが
自然にできているんです。

たとえば、ホタテの時期なんかに
「ちょっと殻むき手伝えや」みたいに言われて
手伝えば小遣いもらえますし、
「ほれ、夕飯も持って行け」みたいな。
── なるほどー‥‥。
八木 どこかの誰かが「日本のチベットだ」って
言ったみたいですけどね、昔。
── あ、ここらへんのことを?
八木 それってつまり
「遠い」とか「貧しい」という意味じゃなくて
「チベットだぞ」ってケムに巻いておいて
実は、人々が人間的に、幸せに暮らしている岩手に
「みんなを行かせたくない」的な。
── そういう「撹乱作戦」だったってことですか。
八木 そのくらい豊かで‥‥。
── ええ。
八木 メチャクチャなんです、おもしろさが。
<つづきます>
2012-01-24-TUE
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第1回 おもしろさがメチャクチャ。 2012-01-24-TUE
第2回 この浜を全力で楽しむ。 2012-01-25-WED
第3回 海だ! 2012-01-26-THU
 
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