── |
もともと三陸のご出身ではないんですよね。
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八木 |
ええ、静岡です。
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── |
なんでまた、大船渡で起業を?
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八木 |
母方が医者の家系なこともあって
北里柴三郎という人に、憧れがあったんですね。
で、北里大学の理学部に入りたくて。
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── |
北里大って‥‥岩手にあるんですか?
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八木 |
いえ、ありません。僕の行きたかった理学部は。
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── |
えーと、つまり。
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八木 |
第一希望の理学部に落ちまして、
間違って出願していた水産学部に引っかかって。
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── |
間違って。‥‥じゃあ、水産学部が岩手に。
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八木 |
はい、大船渡です。
今は「海洋生命科学部」という名前に
なってますけど、
そこに通っていたんです、イヤイヤ。
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── |
イヤイヤ‥‥ですか。
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八木 |
すでに一浪してましたから
「もう、なんでもいいや!」というヤケクソで
入学したんです。
だから、
学生時代は嫌で嫌でしかたがなくって。
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── |
はー‥‥。
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八木 |
身内の集まりでも「水産です」なんて言ったら
半ば「コント」なんですよ。
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── |
つまり、そういうご家系であると。
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八木 |
ずっと「水産」から逃げまわってました。
ある種「コンプレックス」だったんでしょうね。
医学や生物学のほうへ逃避してたんです。
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|
── |
逃避というと?
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八木 |
まわりに「僕は水産じゃない」って言い続けて、
卒論のテーマも「細菌」にして。
僕の大学生当時、
「腸管出血性大腸菌」いわゆる「O157」が
堺市で流行して、
民間の検査機関がパニックになったんですね。
その細菌を検査するアルバイトなんかに
「ずっぽし」になってたりとか‥‥。
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── |
徹底的に避けていた、と。
|
八木 |
大学のときの教授は
そこらへんのことをお見通しだったので
「わかった、お前は研究者になればいい。
ただし北里の大学院に進んでも
お前のコンプレックスは払拭されないだろうから
がんばって東大の大学院に行け」と。
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── |
そりゃまたすごい。
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八木 |
「そのために、俺のもとで修業をして
研究者としての素養をつけろ」と。
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── |
東大の大学院へ行くために。
|
八木 |
そんなわけで
北里大学の水産学部を卒業したあと、
研究生のポストに収まって
その教授のところで研究をして論文を書いて‥‥
というコースを
歩んでいたはず‥‥なんですが。
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── |
はず?
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八木 |
半年が経ったころ、緊張が緩んだんですね。
その教授と交わしたある約束を果たさずに、
「お前なんか出ていけ!」と。
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── |
それは「勘当」ですか?
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八木 |
「ふざけるのもいい加減にしろ、
現場を見てからモノを言え!」と言われて。
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── |
現場というのは?
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八木 |
水産の現場です。
そのとき、生まれてはじめて
寄りかかれるものもなく「真っ裸」にされて
よろよろしながら
あれだけ嫌っていた「水産」の現場に
足を踏み入れたんです。
そしたら‥‥。
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── |
ええ。
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八木 |
メチャクチャだったんですよ。
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── |
‥‥何がですか?
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八木 |
おもしろさが。
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── |
おもしろかったんですか!
あれだけ嫌っていたのに。
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八木 |
そう、おもしろかったんです。三陸の水産が。
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── |
具体的には、どのように?
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八木 |
たとえば、外からお客さんが来たときには
おもてなししますよね。
土地でとれたものを、ご馳走ですといって。
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── |
ええ、ええ。
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八木 |
それは、全国どこでも同じだと思うんですが
このあたりだと、
行き着く先が「舟盛り」になっちゃうんです。
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── |
それは‥‥美味しそうですけど。
|
八木 |
美味しいですよ、それはそれで。
でも
「自分たちがふだん食べているものを
お客に出すわけにはいかない」
と背伸びした結果「どこでも食えるもの」を出す。
|
── |
たしかに「舟盛り」というだけなら
東京にもありますが‥‥質がちがいますよね?
|
八木 |
いえ、ふだん彼らは、そんな舟盛りなんかより
とんでもない料理を食べてるんです。
たとえば、11月くらいの時期になると
漁師さんがやってきて
「お前ら、今日の夜はカレーでも食う?」って。
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── |
ええ。
|
八木 |
で、「食べる」と言ったら
ドッカン持ってきてくれるんですよ。
「アワビしか入ってないカレー」を。
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── |
具がアワビ‥‥だけ?
|
八木 |
そう、ジャガイモもニンジンもなし、
アワビだけ。
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── |
す、すごいですね。
|
八木 |
しかも
「1人前でアワビ5個入れねぇと
出汁が出ねぇ」とか言う。
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|
── |
なんたるぜいたく。
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八木 |
‥‥と思うでしょ?
でも、漁師さんに言わせると
「バカ野郎、
肉や野菜は買わなきゃならねぇだろ」と。
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── |
なるほど、アワビはとれるから‥‥。
|
八木 |
そう、つまり「アワビで我慢しろ」と。
で、
「5個以上入れたら、うまくにゃあし、
5個以下だと、おもしろくにゃあし」
という、このバカバカしさ。
|
── |
漁師さんたちって、
ふだん、そういう料理を食べてるんですか。
|
八木 |
「アワビを剥いたら
食べる直前にカレーと和えて
ひと煮立ちさせると、うみゃあんだ。
食ってみろ」
「えええっ?」みたいな、
とんでもない料理ばっかり食ってたんです。
|
── |
でもそれは「お客には出せない」んですね。
自分たちが、ふだん食べているものだから。
|
八木 |
そう。
|
── |
商品でもない?
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八木 |
ない。
白いごはんに、本わさびをちょびっと付けて
アワビの刺身をゴボッと載せて熱湯をかける。
と、かけるそばから出汁が出てくるんですが
そこに醤油を2、3滴。
「これが、いちばんうみゃあお茶漬けだ」と。
‥‥食べてみたくなりません?
|
── |
なりますなります。
|
八木 |
このあたりは、月替わりで特定の水産品が
ジャブジャブとれるから
要は1ヶ月間、そればっかりになるんです。
だから「飽きちゃう」んですよ。
|
|
── |
つまり、その「カレー」やら「お茶漬け」やらは
アワビを飽きずに美味しく食べるための
「創意工夫」の果てであると。
|
八木 |
そうです。
生産者が、アワビを使い倒そうと
あらゆる工夫を凝らした末に生まれた
とんでもない料理なんです。
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── |
はー‥‥。
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八木 |
炊き込みごはんに
どっさりアワビ突っ込んだら不味かったとか、
そんなバカげた話が
延々と展開されている世界だったんです。
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── |
ちなみに、他の月には、どんなものが?
|
八木 |
まず、1月の時期になるとタラですよね。
鼻から白子が出るほど食えます。
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── |
すごい、「鼻から白子」が(笑)。
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八木 |
2月に入ると、ワカメやマツモなどの海藻類。
3月になったら、サケ類。
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── |
サケ?
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八木 |
そう、秋にとれるサケとはまた別で
もっと高級なサケが帰って来るんです。
で、5月になると、ウニの時期。
初物の海藻を食べて育ったウニですね。
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── |
はい。
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八木 |
6月はイワガキ、マンボウ。
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── |
ええ。
|
八木 |
7月はスルメイカの時期なんですが、
イカ刺しにして食うんです。
残り物の生ウニを醤油で溶いた、ウニ醤油で。
|
|
── |
‥‥ウニは「調味料」ですか。
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八木 |
あくまで、この時期はイカが主役ですから。
同じように
色の悪いウニが出荷されずに返って来たら
味噌と地酒を入れて炊くんです。
すると、
そぼろみたいに、固まってくるんですけど
それをキュウリにつけて食べる。
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── |
ウニがキュウリの引き立て役‥‥。
|
八木 |
やりつくして、食べつくしたすえに
「結論はこれ」みたいな
そんな料理ばっかり食べてるんです。
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── |
お客のいない、舞台裏では。
|
八木 |
三陸沖というのは
寒流と暖流がぶつかり合う「潮目」なんです。
寒流を泳ぐ魚にとっては南限だから
これ以上、南へ行きたくない。
暖流を泳ぐ魚にとっては北限だから
これ以上、北へ行きたくない。
つまり、魚にとっていちばん嫌な場所なので
すごく「鍛えられる」んですよ。
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── |
身が、なるほど。
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八木 |
うまいものが、勝手に月替わりでやってきて、
勝手に鍛えられて、水揚げされる。
そういう土地だったんですよ、ここは。
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── |
足を踏み入れてみたら。
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八木 |
ええ。
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|
── |
‥‥つまり、三陸の「おもしろさ」とは
旬の食材を、いちばんぜいたくに食べる料理が
「商品になってない」ということだと。
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八木 |
そう、みんな隠しておく‥‥んでもなくて、
単純に「売るようなもんじゃない」という意識。
東京からお客さんが来たので
「舟盛り、お寿司」‥‥で、おもてなしをして、
たいへん満足して帰ってもらった。
「んじゃあ、うちらもメシ食うか」とか言って
今言ったような料理を食べてるんです。
|
── |
おもしろいです。
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八木 |
僕がもらっていちばんうれしいものって
何だかわかります?
|
── |
んー‥‥。
|
八木 |
マクドナルドとか、ケンタッキー。
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── |
‥‥それは、売ってないから?
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八木 |
そう、買って帰ってくるのに2時間かかる。
アワビなんて30秒で手に入る。
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── |
価値観の次元が、ぜんぜんちがう‥‥。
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八木 |
ものすごい強烈な「資源」だと思うんです。
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|
── |
お聞きしていると「コンテンツ」ですよね。
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八木 |
それなのに
「岩手はダメだ、貧乏だ」とか言ってるわけです。
たしかに沿岸の給与所得を見ると
平均年収は300万に満たない。200万くらいかな。
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── |
そうなんですか。
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八木 |
でも、その中身は「資本主義で動いてない」んで。
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── |
つまり、もらったり、交換したり。
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八木 |
魚なんか買わなくったって
お裾分けで回ってくるし、食うに困らないんです。
お金なんか、そんなになくても大丈夫。
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── |
むしろ、すんごい料理を食べてるんですものね。
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八木 |
東京とか大都市圏で無職だなんていったら
飢え死にするかもしれませんが、
ここだと、
誰かが困ってたら助けるという仕組みが
自然にできているんです。
たとえば、ホタテの時期なんかに
「ちょっと殻むき手伝えや」みたいに言われて
手伝えば小遣いもらえますし、
「ほれ、夕飯も持って行け」みたいな。
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── |
なるほどー‥‥。
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八木 |
どこかの誰かが「日本のチベットだ」って
言ったみたいですけどね、昔。
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── |
あ、ここらへんのことを?
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八木 |
それってつまり
「遠い」とか「貧しい」という意味じゃなくて
「チベットだぞ」ってケムに巻いておいて
実は、人々が人間的に、幸せに暮らしている岩手に
「みんなを行かせたくない」的な。
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── |
そういう「撹乱作戦」だったってことですか。
|
八木 |
そのくらい豊かで‥‥。
|
── |
ええ。
|
八木 |
メチャクチャなんです、おもしろさが。 |
|
<つづきます> |