東京という名の、広い森。

江戸東京博物館 藤森照信

糸井重里

HOBONICHI no TOKYOHOBONICHI no TOKYO

僕らが住んでいる東京って、
改めて、どんな街なんだろう。

「ほぼ日の東京特集」は、
江戸東京博物館の館長を務める藤森照信さんと、
糸井重里の対談からスタートします。

東京の街並みを長年に渡って
観察してこられた藤森さんが、
建築や歴史について語ってくださいました。

東京の街が世界でも際立っていることが、
「木でつくられていること」でした。

第1回お膝元としての東京

糸井
まさか藤森さんが、
江戸博の館長になられるとは。
藤森
私だって、まさかねぇ。

ここの博物館はもう、
20何年前の創立以来、
ずっと手伝っていたんですよね。

展示にも建築があるもんだから、
一応、学者として手伝いをしていたの。

糸井
そうだったんですか。
藤森
だんだんと、上の人たちがいなくなり、
江戸東京博物館の創立時代から、
つき合いがあったのが私ぐらいで。

前の竹内館長からも
「お前がやらないと困る」と言われて、
しょうがなしにね。
糸井
受けざるを得なかった(笑)。
藤森
大学を退職した後は、
文筆と設計だけでいこうと
思っていたのにね(笑)。
糸井
誰が館長をやるかは、
なかなか悩ましいテーマですよね。
藤森
そうですね。

あまり堅い人がやるとね。
糸井
ああ、そうですね。
藤森
江戸博は堅い感じでもないので。
今の博物館は、
だいぶ昔と変わってきていますよ。

糸井
たしかに違っていますね。

でも、江戸博は最初の頃の常設展から、
何かおもしろいものがありました。
藤森
創立当時、私が関係するようになったきっかけも、
常設展をどうするかだったんです。

そもそもね、収蔵品がなかったんですよ。
糸井
あっ、そうですか。
藤森
博物館をつくることになってから、
オープンの日までに収蔵品を集めるわけです。

こんなに大きな建物をつくっておきながら、
東京都が収蔵品を集めているわけがなくて。
糸井
集めていないんですね。
藤森
江戸時代の文物も書類も、
だいたい燃えているか、捨てられたか、
どこかの博物館に収蔵されているかで、
なかなかいいものが出てこないんです。

じゃあ、どうしようかとなって、
建築模型をたくさんつくることにしました。

糸井
よく、ここまでもってきましたね。

博物館、人気がありますよね。
藤森
幸いなことに、
地方から学校教育で来てくれて。
糸井
ああ、修学旅行ですね。
藤森
聞いたらね、国会見学とセットになっていて、
江戸博でお弁当を食べるそうで。

あとね、天皇陛下もよくいらして。
糸井
はあ、お好きなんですか。
藤森
天皇陛下は歴史がお好きで、
美智子さまは美術がお好きなんです。

江戸博では歴史と美術を一緒に展示しますから。

たとえば今だったら、
「江戸と北京」という催しをやっていますが、
北京から、珍しい故宮の絵や資料が来ていますしね。

だから、おふたりでいらっしゃるんですよ。
糸井
いいですね。
藤森
宮内庁としても、警備がしやすいみたいで。

御所からまっすぐの平地で、
クルマなら15分ぐらいで来られます。

それと、周りに民間住宅がないんですよね。
糸井
ああそうか、
周りは国技館とか、学校とか。
藤森
そうでしょう。

民間は、線路のむこうですから。
糸井
たしかにそうですね。

思ってもみなかったです。
藤森
それとね、博物館で両陛下を迎え入れるための
特別室を持っている施設が意外と少なくて。

たとえばね、トイレつきのいい部屋がないと。

陛下が一般のトイレに行くわけにいかないでしょう。

糸井
ああ、言われてみれば。

どう言ったらいいでしょうか、
天皇陛下のお膝元にある東京、という感覚は、
僕らの中に、意識しないなりに強くありますよね。
藤森
ええ。
東京で暮らす人は、山の手線に乗りますよね。

皇居の中は通れないわけだから、
ごく自然に、ぐるぐると回っている。
糸井
何かの行事で皇室のクルマを見ただけでも、
それこそ、海でクジラを見た時のような、
ある種の感動がありますよ。
藤森
少なくとも、その日の話題にはなりますね。
糸井
誰かに話したくなりますよね。

僕も一度だけ、皇后陛下がテニスコートから
クルマで出て行かれる姿が目に入って。

手を振られていたんですが、
なんでしょう‥‥、嬉しいんですよね。

その嬉しさって、今まで自分の、
どこの引き出しにあったのかなと思うぐらい。
藤森
大袈裟に言えばね、
2000年をかけて、つくられたものでしょう。

僕が思うに、その嬉しさって、
天皇陛下が実権を持っていないことが、
大きく影響しているんじゃないかな。

実権を持つと危ないですからね。

その実権に対して、人は反発をするでしょう。
糸井
はい、はい。
藤森
日本では三権分立といって、
法律をつくる権利、法律を実行する権利、
それから、裁く権利がありますよね。

だけどね、今の日本では
また違った分立をしているんですよ。

ひとつは政府が持つ、強制力の「権力」。

ふたつめは、財界が持っている「お金」。

それから、天皇が持っている「名誉」。
糸井
はあー、なるほど。

権力、お金、名誉か。

藤森
文化勲章が、
日本で一番高い名誉とされていますけど、
政治家にも、財界人にも出さないものです。
糸井
あ、本当だ。
藤森
誰に出すかと言えば、
努力してノーベル賞をもらった人だとか、
生涯ひとつのことだけをやり続けた、
芸術家や文化人に出しているでしょう。
糸井
うん、そうですね。
藤森
人間が持っている、
金銭欲、権力欲、名誉欲がありますよね。

戦後からの日本は、
この「三欲分立」をやっているんですよ。
糸井
とてもいいことかもしれませんね。
藤森
三欲分立ができていない国は大変ですよ。

たとえば、お金を持っている人が
名誉を持っているような、
三欲一致みたいな国だってあります。

糸井
日本の大発明かも。
藤森
ええ、大発明ですよ。

僕は経験したことがないけれど、
お金と権力を十分に持つと、
最後には人から尊敬されたい名誉欲が出てきます。

お金と権力を持っている人は、
名誉を持っていないんです、普通ね。

だけど、そういう人に限って
名誉がほしくなるらしくて。
糸井
お金で買えない名誉がありますよね。

力でねじ伏せられないものがあるんだと、
わかっていることが大事ですよね。
藤森
大事ですね。
ちょっと謙虚でいられるし。
糸井
力のない者の長である天皇陛下は
ものすごく腰が低くて、
お会いになった皆さんが、感心なさる。
藤森
そうそう、絶対に威張ろうとしないんです。
糸井
威張りませんね。

そんな両陛下に好かれている
江戸東京博物館って、
えらくおもしろい場所ですね。

藤森
ええ、たまたまですけどね。

(つづきます)

2017-04-14-FRI