東京の虫を見る人。 写真家・菅野絢子さんの虫写真を、昆虫学者の中瀬悠太先生と眺める。 東京特集
第5回 東京は人間だけの町じゃない。
──
菅野さんのお話に、
すっかり、聞き入ってしまいましたが。
菅野
すす、すいません。
──
いえいえ、少し虫方面に話を戻しますと、
南米とかにいる虫って、
いかにも「南米らしい」カラーリングを
していますけど、
これって、どうしてなんでしょうね。

風土が、外見に影響を及ぼすんですかね。
中瀬
どっちが先かって話だと思いますけど、
ようするに南米の人たちが
着るものとか道具とかをつくるときに、
真似してるんじゃないですかね、虫の。
──
あー、逆か。
菅野
人のほうが、虫の真似してるんだ~。
すごーい。
中瀬
配色や柄のパターンなんかも、
虫をはじめとした、生きもの全般から、
無意識でしょうけど、
少なからず影響を受けてますよね。
撮影:菅野絢子
──
虫とか鳥とかヘビとかから。なるほど。

ちなみに日本には、
ギンギラギンの虫っていないんですか。
中瀬
いや、けっこういますよ。
タマムシなんかは、東京でも見ますし。
──
ああ、タマムシ。そうですよね。
中瀬
数はそんなに多くないと思いますけど、
タマムシは、
ケヤキの木があれば暮らしていけるし。
菅野
あんなに目立っちゃって、
鳥とかに食べられたりしないんですか。
中瀬
いや、食べられてますね。

鳥は光がキラキラするのが嫌いだって
よく聞きますけど、
鳥のフンを調べてみると、
けっこうな量、
キラキラした虫の羽が入っているんで。
──
あ、そうなんですか。
中瀬
よく入ってます。
──
よく入ってる‥‥ということは、
つまり「案外、食われてる」んですね。
菅野
中瀬先生は、ネジレバネさん以外には、
何の虫を研究をしてるんですか。
中瀬
菅野さんの「生きものから教わった」
じゃないですけど、
以前、国立科学博物館にいたころ、
「バイオメミティクス」
といって、
「昆虫とか生きものの構造を応用して
 産業に生かしましょう」
みたいな仕事をやってたりしました。
──
へえ、おもしろそう。
中瀬
たとえば、タコの吸盤を
バスケットシューズに応用したりとか、
「これ、使えそう」という構造を
生きものから引っ張ってきて、
工学系とかものつくり系の人たちに
「こんなのありますよ」
って、ご紹介するような仕事ですね。
──
タコの吸盤のバッシュって、
めちゃくちゃキュッ!って止まりそう。
中瀬
ほかにも「モスアイ」と言うんですが、
蛾の目とかセミの羽って、
ガラスのような透明さを持ってるのに、
光の反射を抑えることができる構造に、
なっているんですね。
──
へえ、なるほど。
中瀬
極めて細かい粒子が
表面に並んでいるような構造なので、
斜めから光があたっても反射しない。

その構造を応用すれば、
とても透明なガラスができるんです。
──
おおー。
撮影:菅野絢子
中瀬
あるいは、タマムシみたいな色をした
ブラジル原産のゾウムシは、
タマムシとはちがって、
どの角度から見ても同じ緑色をしてます。
──
タマムシの場合は、角度によって、
それこそ「玉虫色」に変わるけど。
中瀬
で、ゾウムシの色が変わらないのは、
外骨格の分子構造が、
ダイヤモンドの中の炭素原子の並びと、
まったく同じだから、なんです。
──
ダイヤモンドと?
菅野
まったく、同じ‥‥。
中瀬
そう、その分子の並びって、
「量子コンピュータ」の基本構造にも
応用できるかもということで、
いま、みんなが必死に調べていますよ。
──
すごい。虫たちは、そういうことを、
なーんにも考えずに、
「素」でやっているんですよね‥‥。
中瀬
少なくとも
人間の役に立ちたいだなんて気持ちは、
持ってないでしょうね(笑)。
菅野
そう考えたら、本当に
わたしより虫のほうが断然すごいって、
どんどん、思えてくる。
──
そうやって
リスペクトの気持ちが、フツフツと(笑)。

あと「擬態」も、不思議ですよね。
中瀬
まあ、擬態についても、
虫が工夫してそうしたというよりは、
鳥たちが、何も考えずに
次から次へと虫を食べていく過程で、
たまたま
環境にうまく紛れ込めるような
色や模様や形態を持った
「食われなかった虫」が生き残って、
その方向に、進化を続けます。
──
ええ。
中瀬
その「結果」として、
一見「精巧な擬態に見える虫」が
生まれたような、
そういう進化のプレッシャーを、
鳥たちから、かけられているんですね。
──
よく言われるところの
「生きものの進化は、目的でなく結果」
というやつですね。
菅野
あのう、進化の話と関係ないんですが、
福島の実家にいたころと比べたら、
最近は、虫たちに、
あんまり出会えない気がしてるんです。

進化というか、いなくなってる?
中瀬
たしかに、虫自体は減っていますよね。
とくに都市部では顕著です。
──
ぼくが子どものころ、夏場になったら、
茶色い「ハエ取り紙」が
天井から吊り下がっていたんですけど、
いま、ぜんぜん見ないですね。
中瀬
衛生環境が改善されたからでしょうね。
──
あ、昔は汚かったんだ。やっぱり。
中瀬
行政の生ゴミ収集が整えられてきたり、
下水道が整備されて
トイレが「汲み取り」じゃなくなって
水洗に切り替わったり、
社会の人々のモラルが高まって
犬のフンを放置しないようになったり。

そういう理由が、複合的に絡み合って、
効果を出しているんだと思います。
撮影:菅野絢子
──
下水道の恩恵に預かっている人口比が
50%を越えたのって、
90年代に入ってから‥‥みたいな話を、
ちょっと前に聞きました。
中瀬
下水道が全国的に整備され出したのは、
そんな昔の話じゃないです、たしか。
──
なるほど。でも、あらためて
「東京に虫はいない」
「衛生的な改善で虫が少なくなってる」
ということを知ってから
菅野さんの撮った写真を見返しますと、
いっそう
「この瞬間、よく撮ったなあ!」
と思ったりしますね。
菅野
いやあ、ぜんぜん、すごくないんです。
──
素敵な写真ですよ。
菅野
昆虫のご専門の中瀬先生にしてみたら、
ほんと、恥ずかしいです。
中瀬
そんなことないですよ。いい写真です。
──
東京も、じつは人間だけの町じゃない、
ということが、わかりますよね。
中瀬
ええ、人と生きものが混ざって、
いっしょに生きている感じの写真です。

でも、人も動物も、とりたてて、
互いに関心を向けているわけではない。
──
あー、そうですね。
中瀬
そういう感じも、また、いいですよね。
──
押し付けがましくないというか、
それが本来の姿なんでしょうね。

人間だけの王国じゃないし、
虫だけのパラダイスでもないというね。
菅野
へええ、そうなんだ。へええ‥‥。
──
また、他人ごとみたいな(笑)。
菅野
でも、こうやって見てもらえて、
感想を言ってもらえるの、うれしいです。
──
今後も、ぼくらが見過ごしちゃうような
東京の生きものを、見続けてください。
菅野
はい、見ます。

そのときカメラを持ってたら、
写真も撮っておきます。
──
ぜひ、お願いします(笑)。
<おわります>
2017-08-27-SUN