東京の虫を見る人。 写真家・菅野絢子さんの虫写真を、昆虫学者の中瀬悠太先生と眺める。 東京特集
第4回 ただ「見ている人」だった。
──
ちなみにうかがいたいんですけど、
菅野さんは、
どうして写真家になったんですか。
菅野
それが、よくわかんないんです。
──
‥‥と、おっしゃいますと。
菅野
あのぅ、そういう話にもなるかと思って
写真を持ってきたんですけど。

これ、20年前の、
福島の実家のあたりにいたノラネコです。
写真提供:菅野絢子
 ──
はい。
菅野
で、これが20年前の実家の猫と、柴犬。
写真提供:菅野絢子
──
ははあ。
菅野
わたしが撮った写真じゃないけど。
──
じゃないんだ!
菅野
お父さんか、お母さんか、誰だか‥‥。
こっちの鳥もうちの子で、インコです。
写真提供:菅野絢子
──
「わたし」が撮ったんじゃないけど。
菅野
うん。で、終わりです。
──
‥‥終わり。はい。‥‥‥‥で?(笑)
菅野
いや、ずうっとこんな感じで、
昔から、生きものばっかり見ていたので、
今も同じように
「ただ見てる」ってだけなんです。
──
生きものを、見るのが好きである。
菅野
そのことを、今でもやっています。

写真を撮ってるというより
生きものを見ているという感じです。
写真提供:菅野絢子
──
でも、その人生のどこかで、
「写真」を選んでるわけですよね?
菅野
高校を出るときに進路が決まらなくて、
大学には行く気ないしなとか、
いろいろ考えていたら
「DASH村」ってあるじゃないですか。
──
えーと、TOKIOの、テレビ番組の。
菅野
あのテレビの最後に、
フォトが出てくるんですよ、最後。
──
‥‥何のフォトが?
菅野
柴犬の北登(ほくと)とか、
その日に収穫した夏野菜とかのフォトが。
──
はあ。
菅野
それを見ていたら、
「あ、写真って、いいかな」と思って、
次の日、担任の先生に、
「わたし、写真の専門学校に行きます」
って言って、行って。
──
それまで、写真を撮ってたんですか。
菅野
ぜんぜん撮ってない。
──
家にカメラは?
菅野
お母さんのやつがあった。デジカメ。

だから、いまだに、
ちっちゃいデジカメで撮影してます。
──
ええーっと、ようするに
とくに写真に興味があったわけでは、
なかったってことですか。
菅野
はい。今も、そんなには、ないです。

写真とかカメラに、
めちゃくちゃ興味あるかと言ったら、
そんなには、ないんです。
──
はああ。
菅野
だから「写真家」って言われると、
困っちゃうというか、
あんまり詳しくないし、みたいな。
──
つまり、写真というより、生きもの。
菅野
そう。
写真提供:菅野絢子
──
撮ってるものも、生きものばっかり?
菅野
生きものにしか、目がいかないので。

だからやっぱり、
わたし写真家じゃないって思うんです。
──
まあ‥‥たしかに、
菅野さんが写真家であるかどうかって
この際どっちでもいいというか、
撮ってる写真が素敵だから、
それで、いいような気もしてきました。

ただ、かえって説明が難しそうですが。
菅野
そう、言葉だと伝えられなくて、
自分がなんなのかなあ‥‥何者なのか。
──
生きものを見ている人?
菅野
そう、自分の気持ちとしては、
「生きものを見ている人」がいいなと
思うんですけど、
それだと、わけわからないですものね。
──
まあ、なかなか伝わりにくいかも
しれませんが、
でも、それでも写真を続けているのは、
なぜなんですか?
菅野
ああー、写真をやめなかった、のは?
んんー、なんでだろう。

もう、本当に本当の意味で、
これしかなかったんです‥‥きっと。
──
「見る」以外には「写真」しか。

で、生きものを見ているついでに、
「あ、ここにカメラがあった。
 写真でも撮っとこう」みたいな。
菅野
そうですね。
──
この先、
何をどうしたいかとかあるんですか?
菅野
とくにないです。
──
それじゃあ、今までと同じように。
菅野
同じように「見る」と思います。
──
動物園とか行ったりするんですか。
菅野
あ、しますします。行ったりします。

このまえ、千葉市動物公園で、
おひるどきに、偶然、ナマケモノが、
赤ちゃんを抱っこして、
ゴハンを食べてる場面を見たんです。
──
はい。
撮影:菅野絢子
菅野
そのようすが、すごくかわいかったんで、
「まぁ」と思って見ていたら、
飼育員の人が
「めずらしい場面ですよ」って言ってて。
──
ええ。
菅野
で、帰ってからスマホを見ていたら、
そのことが、
ヤフーのニュースに出てたんですよ。

すごい貴重な場面だったらしくて。
──
「ナマケモノが赤ちゃんを抱いて
 ゴハンを食べる場面」が?
菅野
そう、なかなか見れないみたいです。

そんなに貴重な場面なのに、
わたし以外、お客さん誰もいなくて。
──
「見る人」の真骨頂じゃないですか。
菅野
ああ、でも、あとから
喫茶店のおばちゃんたちが出てきて、
いっしょに見てました。

めずらしいからって言って。
動物園にある喫茶店のおばちゃんが。
撮影:菅野絢子
──
そもそも菅野さんは、
どうして生きものが好きなんでしょうね。
菅野
どうして‥‥かは、わからないです。
でも、尊敬がすごいです。
──
尊敬。生きものに対する?
菅野
はい。
──
どうして尊敬?
菅野
いや、だって、生きものは、
だいたいのことを教えてくれるから。

虫でも動物でも、ずっと見てると
「ああ~、なるほどね」
「だから人間ってこうなのかあ」
みたいな感じで、
急に、ピンとくることがあるんです。
──
へえ。
菅野
ずーーっと虫を見ていたりしていると、
そういうことがけっこうあって、
「あぁ、すごいすごい」と思って家に帰る、
みたいなことが、しょっちゅうあって。
──
写真を撮るのも忘れて。
菅野
そうそう、すっかり忘れて(笑)。

でも、ほんと、そうなんです。
だいたいのことは、動物です。
写真提供:菅野絢子
<つづきます>
2017-08-26-SAT