怪・霊・神様の絵を描く金子富之さん。

  • 炎の擁護者(ほのおのようごしゃ)制作風景
  • 2009-2013
  • 岩絵具、墨、アクリル、箔、薄美濃紙
  • 230X1350cm
  • ©KANEKO Tomiyuki Courtesy Mizuma Art Gallery

東北の山深い「限界集落」に建つ
古めかしい日本家屋で、
妖怪・精霊・神様などの絵を描く画家、
金子富之さん。
恐怖、畏怖、荘厳、神秘、不気味‥‥。
おどろおどろしさと、神々しさと。
目を逸らすことができないほどの、
妖しい魅力に誘い込まれるようにして、
金子さんの世界を覗いてきました。
(帰ってこれました)
担当は「ほぼ日」奥野です。ぜひ。

第3回

肉を売りにくる、おばあさん。

──

大学進学で東北にいらしたのは、
やっぱり、
得体の知れない何かに誘われて‥‥
みたいな動機ですか。

金子

予備校生のときに、赤坂憲雄先生の
『遠野物語考』を読んで、
東北という地に興味を惹かれました。

民話とか伝説とか妖怪みたいな話が、
たくさん残っていると知って。

  • 世界蛇
  • 2012
  • 墨、アクリル、ペン、金泥、胡粉、あかし紙、和紙
  • 227X546cm
  • ©KANEKO Tomiyuki Courtesy Mizuma Art Gallery
──

実際に来てみて、どうでしたか。

金子

はい、たくさん教えてもらいました。

正直、東京の真ん中で
「山姥(やまんば)が来るぞ!」
って言われても、
怖くはないじゃないですか。

──

まあ、そうですね。

金子

でも‥‥ここで聞くと怖いんですよ。
夜の闇とか、本気で恐ろしいし。

──

そうでしょうね‥‥場の力。

金子

村の人たちから聞く伝説なんかも、
まったく根拠のないところから
生まれたわけでもないような、
何とも言えない感触があるんです。

たとえば、その昔、このあたりに、
どこからともなく
「肉」を売りに来るおばあさんが、
いたらしいんです。

──

ええ‥‥‥‥‥肉。

金子

金山峠って峠を越えて、来ていたと。

で、あるとき買った肉を見てみたら、
人間の爪みたいなものが‥‥。

──

こっ‥‥‥‥‥怖い。

金子

村の人に聞いた話です。

それも、いわゆる怪談話じゃなくて、
たんたんと、
「昔、そういうことがあったんだ」
というトーンで話すので、
まったく根拠がない話にも聞こえず、
かえってリアルなんです。

──

先ほど、このあたりには、
大蛇伝説もあるって言ってましたね。

金子

山賊のすみかに大蛇が住んでるって
言い伝えなんですけど、
実際このへんのアオダイショウとか、
相当、大きくなるので‥‥。

──

ようするに、民間伝承って
多かれ少なかれ
現実に根ざしているということですか。

今みたいな話って、仲良くなった人に、
聞いたりしてるんですか。

金子

ええ、村の集まりがあったときなどに、
お年寄りが教えてくれるんです。

話だけなら「え、ほんとかなあ?」と
思うかもしれないけど、
帰り道、
本物の真っ暗闇に包まれてみると‥‥。

──

「あの、さっきの話‥‥」みたいな。

金子

怖くないときは、
暗闇でも一人で歩けたりもしますけど、
何か心に不安があったり、
恐怖の想像力が旺盛になったときは、
昼日中でも、
電気がついていても、怖くなるんです。

不安で生じた心の亀裂から、
恐怖が、「侵入」してくるような‥‥。

──

具体的ではないんだけど、
なんとなく嫌な感じとか、
本能的に感じる恐さってありますよね。

金子

とくに暗闇の中では、大げさじゃなく、
生命の危機を感じたりします。

ここにいたら危ないぞ‥‥みたいな、
そういう状況下では、
妖怪だとか幽霊だとかっていうよりも、
もっと漠然とした、
得体の知れない恐怖感みたいなものを、
肌身で感じる気がします。

──

一方で「オバケなんて、非科学的だ」
という意見もありますが、
でも、妖怪とか怪異現象って、
実は、現代の西洋科学と同じ役割を
担っていたんだと、
京極夏彦さんもおっしゃってますね。

金子

ええ。

──

つまり、現代西洋文明に住む自分たちは
科学を通して世界を認知しているけど、
昔の農村のお百姓さんたちは、
その村に伝わる
民話や伝承や言い伝えなんかをつうじて、
世界を認知していたんだ、と。

だから、妖怪も西洋科学も、
「周囲の世界を見るメガネ」という点で、
同じ役割をしてるんだって。

金子

村人たちの共通認識が、
その村や山の領域の情報空間を
つくっていると考えれば、
まさしく、そのとおりですよね。

──

人智の及ばない天変地異が起こったら、
妖怪のしわざにしたり、
神様のお怒りに触れたからだ‥‥とか。

つまり、凄い雷が落ちて人死が出たのは、
菅原道真公を、
太宰府に島流しにしたからだぞ‥‥って。

金子

現代の西洋科学の言葉で「雷とは」って
定義するのが現代の文明人なら、
当時の人々は、
「雷は、菅原道真公のたたりなんだ」と。

──

たしかに自分も、科学的な考えのほうを
より信じてはいますけど、
でも、それですべて割り切っちゃうと、
「物語」の入る余地が、
どこにもなくなっちゃう気がしています。

金子

納得したいんでしょうね、人間、何でも。
いつの時代でも。

だから、現代科学のなかった昔にも、
このひどい自然災害などが
なぜ起こったのか、
納得したかったと思うんです、人々は。

──

そこで「物語」が発明された。

金子

あの山の奥の霧の向こうに何かがいる‥‥
と言われても、「何か」じゃ納得できない。

だから「大蛇だ」「山賊だ」「山姥だ」
と言って、具体的な物語にすれば、
怖いけど納得できて、
たぶん、生きやすくなると思うんです。

──

納得っていうのは、つまり
「正体を知ることで不安を解消したい」
ですよね。

犯人の動機は‥‥って知りたがるのも、
漠然とした不安を解消したい、
理解することで納得したいわけですし。

金子

だって納得できないとソワソワするし、
落ち着かないですもんね。

だから、人は「納得」を、
求めて生きてるんだろうなと思います。

──

そのための装置が「物語」であると。

ちなみに関係ないですが、
金子さんは、ご自分の絵は怖いですか。

金子

自分の絵は怖くないですね。

──

じゃあ、こういう人に暗闇で会っても‥‥。

金子

それは会いたくないです。
会ったら、急いで逃げます‥‥(笑)。

  • (呼吸の合うところ)
  • 首かじり
  • 2011
  • 岩絵具、透明水彩、ペン、絹
  • 120X42.5cm
  • ©KANEKO Tomiyuki Courtesy Mizuma Art Gallery

<つづきます>

山形ビエンナーレ2018に、
金子富之さんの
「首かじり」が出ます‥‥。

2018年9月1日(土)~24日(月・祝)の期間中の
<金・土・日・祝日>に開催される
「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ2018」に
金子富之さんの「首かじり」が展示されます。
(作品の展示場所は上山市の「蟹仙洞」とのこと)
 ほら、首をかじってるんです‥‥。お、恐ろしい‥‥。
恐ろしいけど‥‥見てみたい。そんな人は、ぜひ。

なお、その他の参加者の顔ぶれを見ると、
荒井良二さんが芸術監督をつとめてらっしゃったり、
ミロコマチコさんの展示や、
皆川明さんが出演するトークイベントなどなど、
「ほぼ日」でもおなじみのみなさんが
いろんなかたちで、関わってらっしゃるようですよ。
夏の終わりのアートのお祭り、参加してみては。
詳しいことは、公式サイトでチェックを。

みちのおくの芸術祭
山形ビエンナーレ2018

  • 会 期
    2018年9月1日(土)~9月24日(月・祝)の間の週末(金・土・日・祝日)のみ開催。
    ※開館時間・休館日などは施設による
  • 主な会場
    山形県郷土館「文翔館」、とんがりビル、郁文堂書店、BOTA coffee&BOTA theater、gura、
    長門屋ひなた蔵・塗蔵、東北芸術工科大学キャンパス
  • 芸術監督
    荒井良二
  • ホームページ
    https://biennale.tuad.ac.jp