矢吹申彦さん、仲畑貴志さん、浅葉克己さんに訊く 土屋耕一さん の 食・顔・文字。
 
仲畑貴志さんに訊く、土屋耕一さんの「顔」  後編 土屋さんって、免許持ってた?
── 土屋さんのコピーで
印象に残っている作品を教えてください。
仲畑 やっぱり「ま、」ってやつかな。
── それ、糸井さんも言ってました。
仲畑 あ、そう?

それまで「書き言葉」というものの作法から
なかなか逃れられなかったんだけど、
土屋さんが「ま、」って書いたことによって
オレたちは、開放されたんだ。

ものすごく、ラクになったの。
── では、それまで、そのような言い回しって
あまりなかったんでしょうか。
仲畑 誰も、そのあたりを掘ってなかったよね。

レトリックという意味でなら
たとえばサン・アドの開高健なんかにも
独自の文調ってあったけど、
土屋さんの口語体とは、またちがうもの。
── 開高さんのは‥‥。
仲畑 言葉を彫琢(ちょうたく)してく感じ。
── 削り出していくというような。
仲畑 だけど、土屋さんのコピーには
「ね、そうでしょ?」の距離感があってさ、
それがよかった。

あの人がいなかったら、広告コピーは
そうとう、型苦しいままだったような気がする。
── 仲畑さんの作品にも、やはり影響が‥‥。
仲畑 サントリー・レッドの全5段の広告でね、
桜の咲いた写真に吹き出しで
「おっ、口実が咲いた…」ってやったけど、
あれなんて
土屋さんの影響がモロに出てると思うよ。
── そう思われますか。
仲畑 「ま、」がなければ生まれなかったと思うし、
実際、そのコピー、
土屋さんが、ものすごい褒めてくれたからね。
── おお、ご本人に。
仲畑 「push」する広告じゃなくて、
商品を褒めるのでも
「かるく、ちょっと引き気味に」という部分が
土屋さんの好みに合ったんだろうね。
── 土屋さんとの会話で
印象的な思い出って、何かありますか?
仲畑 土屋さんって、しゃべりながら
「ひとり頷き」みたいなことをするんだよ。
「うんうん」って言いながら、しゃべるの。

あのクセは、おもしろかった。
── 土屋さんは、仲畑さんや糸井さんなど
コピーライターという職業に脚光を浴びせた世代のことを
どんなふうに思ってらっしゃったでしょうか。
仲畑 おもしろがってくれてたと思う。
── お話をうかがっていると、なんだか、
仲畑さんや糸井さんの
お兄さんというか、お父さんというか
そんな像が浮かんでくるのですが。
仲畑 お父さんとお兄さんの、
ちょうど中間って感じだった気がするね。

イトイくんもきっとそうだと思うけど、
自分が書いたコピーについて
「どう思うかな?」って
気にする人のひとりだったな、オレは。
── 「土屋さんは、どう思うだろうか」と。
仲畑 まあ、オレなんて
誰に気に入られようが、けなされようが
「うるせぇ、おまえなんかあっちに行ってろ」
という感じだったけど
土屋さんの目は‥‥やっぱり、意識した。

ひとつの「尺度」としてね。
── なるほど。
仲畑 「あのどんぐり眼で、どう見るだろう」って(笑)。
── 仕事のお話をすることも、あったんですね。
仲畑 オレがひとつ、象徴的に覚えていることがあって
それは、土屋さんが
「鮮やかっていう字は嫌だね」って、言うんだよ。
── ええ。
仲畑 「魚臭くて」だって。
── つまり「魚へん」だから?
仲畑 おもしろかったな。そこまで考えるかって(笑)。
── ちょっと話が逸れてしまうかもしれませんが
仲畑さんは、
どうして、コピーライターになったんですか?
仲畑 オレ、工業高校を出てすぐ
建築の設備設計の会社に入ったんだけど
こういう性格だから
変な野郎が上司にいると、すぐケンカでね。

で、すぐ会社をクビになってたりしてさ。
── ははあ。
仲畑 で、結局、なんでもよかったんだけど
仕事ないときに
コピーライターという職業があると聞いて。
── それまで「コピー」や「言葉」というものには
興味があったんですか?
仲畑 ぜんぜんないよ。
── ぜんぜん、ですか‥‥(笑)。
仲畑 性格的に組織ではやっていけないから
まだ、黎明期で
いろんな制度がしっかりしてなさそうな
コピーの会社なら‥‥って発想。

だってオレ、「36社」落ちてんだもん。
── ‥‥そんなに。
仲畑 代理店からプロダクションから印刷屋から、
「コピー」と書いてあったら
ぜんぶ、履歴書を出したんだけど、全滅。

そりゃ、何ひとつ経験のないガキが
生意気な態度でふんぞり返ってたら、無理でしょ。
── た、たしかに‥‥。
仲畑 で、このままじゃ一生受からんと思って
当時のコピーライターのスターが書いていた
新聞の全面広告のコピー部分を消して
自分のコピーをでっかく書いて送ったら、一発で。
── 入れた‥‥んですか。
仲畑 やっぱり、仕事を獲ってくるには
アイディアが必要だってことだよ。
── じゃあ、そこがキャリアのスタートですか。
仲畑 ただ、9か月でクビになっちゃったけどね。
── え‥‥。
仲畑 で、また別のプロダクションに入ったんだけど、
そこでも社長とケンカして、9か月でクビ。

次の会社は、3か月で辞めた。
だって毎朝「朝礼」するんだよ、これが。
── 朝礼。
仲畑 最低だと思わない? 朝礼する会社。もう嫌。
── ‥‥ははは。
仲畑 まあ、そんなこんながあってから
最後サン・アドに引っ張られて、10年いたけど。
── でも、土屋さんの年表を見ていると、
46歳ぐらいまで
ライトパブリシテイにいらっしゃったんですが、
それ、ちょっと意外な感じがしました。
仲畑 ああ、そうなんだ。46かあ。
── ライトパブリシテイって
やはり特別な組織だとは思うんですが、
土屋耕一さんと「会社員」というイメージが
あまり重ならなかったので。
仲畑 そういう意味では、
土屋さんって、ライトの企業文化に
そうとう貢献してるんだろうね。

和田誠、篠山紀信、秋山晶、田中一光みたいな
そうそうたるメンツのなか、
ライトの文化をかたちづくったひとりというか。
── なるほど、なるほど。

本日のお話で
またすこし、土屋さ耕一さんという人の輪郭が
立体的になった気がしました。

何をやっても
一貫した「土屋スタイル」の持ち主という‥‥。
仲畑 あの人、免許持ってた?
── いえ、わからないです。
仲畑 免許を持ってたら、どんな車に乗るんだろ。
── ああ‥‥。
仲畑 シトロエンとか、フィアットのちっこいやつかな。
── ルパン3世が乗ってるみたいな。
仲畑 土屋さんって、そんなイメージがあるよね。
間違っても、ベンツには乗らないという。

もちろんベンツが悪いって意味じゃなくて、
あれはあれで、いい車だけど。
── 土屋さんっぽくは、なさそうと。
仲畑 うん。
── 伊丹十三さんの「愛車遍歴」を知ったときに
「ああ、このラインナップは
 伊丹さんっぽいんだろうなあ」と思いました。
仲畑 伊丹さんって、何乗ってたの?
── えっと、きちんと調べますと‥‥
伊丹さんが
「是非ともジャギュアと発音してもらいたい」
と書いたジャガー、
ロータス・エラン、ルノー16、シトロエン2CV、
で、最終的には
愛媛の伊丹十三記念館に飾ってあるベントレー。
仲畑 ああ、やっぱりヨーロッパの車なんだ。
伊丹さんという人がよく出てるね。

そういう意味で言うと
土屋さんは、フレンチかイタリアンって気がする。
── ‥‥あの、おふたりが会ったことって?
仲畑 ん、伊丹さんと土屋さん?
会っ‥‥てた可能性も‥‥あるんじゃない?

オレは詳しく知らないけど
ふたりとも才能ゆたかな人どうしだし、
どこかで接触した可能性は、じゅうぶんにあるよね。

和田さんを通じてとか。
── 矢吹さんも、おふたりと交流ありますしね。
仲畑 そういや、伊丹さんも、ハンコみたいな顔してるな。
── あ。
仲畑 それこそ、ハンコのようなふたりが
語らってる場面を想像したら‥‥ちょっといいよね。
<おわります>
 
2013-05-17-FRI
 
 
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN