- ──
- 舞台の『リア王』を演じるにあたり、
役の「解釈」というんでしょうか、
こういうリアはどうだろう、
ああいうリアはどうだろうって、
山﨑さん、
2年半くらい準備されたあとに、
本番の公演に臨んでいましたよね。
- 山﨑
- うん。
- ──
- そうやって演じた『リア王』の舞台は、
いま思い返すと、
どういうお芝居だったと思われますか。
- 山﨑
- 難しい芝居なんですよ、あれは。
- ──
- 難しい。
- 山﨑
- つまり、どういうふうにも演れるんです。
そういう意味で、難しかった。
何かの正解があるわけでもないし、
解釈だっていくらでもできる、
シェイクスピアの戯曲って、
まあ、そういうお話が多いんですけどね。
- ──
- そうなんですか。
- 山﨑
- どんなふうにもとれる、
懐の深さというか、いい加減さというか、
おおらかさというか、
そういう‥‥
何だか、わけのわからない芝居が多くて。
とくに、『リア王』のあの物語って、
読めば読むほど、
辻褄のあってないところもあるし、
書き飛ばしてるような感じもするし、
そのぶん、
自由で奔放なんだとも言えますしね。
- ──
- なるほど。
- 山﨑
- だから、なんでもありなんだと思った。
演ずるにあたってはね。
- ──
- 2年半もの準備期間、試行錯誤の末に、
「なんでもありでいこう」って。
- 山﨑
- うん、それこそ「日記」のように‥‥
自分がいま考えていること、
自分がいま感じていること、
つまり「自分のいま」を
「日記」のようにぶつければいいと思って、
向かっていったんですね。
それで、そのときにつけていた日記が、
『俳優のノート』って本になって。
- ──
- はい。
- 山﨑
- もちろん、「リア」より前にも、
芝居の稽古のときには
大雑把な日記をつけていたんですけど、
「リア」のときに意識して、
ちょっと詳しく、つけてみたんですよ。
そしたら拾ってくれるところがあって。
ああして、本にしてくれた。
- ──
- たぶん、俳優さんたちのあいだでは、
「山﨑さんのあれ読んだ?」
というような本のひとつ、ですよね。
- 山﨑
- そうですかね。
- ──
- 香川照之さんと、小泉今日子さんと、
本木雅弘さんの3人が、
まさしく
「山﨑さんのあの本、読んだ?」って、
どこかで話したのを見ました。
- 山﨑
- ああ、そうですか。
- ──
- 俳優さんがバイブルのように読むのは、
よく、わかるんです。
なので、俳優ではない自分が読んでも、
おもしろいのかなあと思って読んだら、
なんのなんの、
「人の日記っておもしろいんだなあ!」
という、大きな発見がありました。
- 山﨑
- ああ、そうだね。日記っておもしろいよ。
小説家の福永武彦さんの日記を、
息子の池澤(夏樹)さんが見つけ出して、
少しまえに出版したでしょ。
- ──
- ああ、そうですか。不勉強で。
- 山﨑
- そのなかで福永さんが言ってるけど、
残念ながら、
自分のどの小説よりも、
自分の日記のほうが優れているって。
つまり「日記」というものには、
ある1日を
自分がどういうふうに受け止めたか、
そこのところが鮮明に残っていると。
- ──
- へぇ‥‥。
- 山﨑
- だからね、
作為的にこしらえた小説なんかより、
よっぽどリアリティがあって、
よっぽど説得力があるんだ‥‥って。
まぁ、半分冗談でしょうけどね。
- ──
- でも、何となく、わかります。
- 山﨑
- たしかにね、そういう力は、
日記ってものにはあるかもしれない。
昔から日記文学というのもあるけど。
永井荷風のようにさ。
- ──
- ええ、ええ。
- 山﨑
- おもしろい理由は、
たぶん、嘘を書かないことなんです。
- ──
- なるほど! たしかに
日記に嘘なんか書く必要はないです。
- 山﨑
- そして、飾る必要もないでしょう。
だから、ぼくの日記にも、
まったくの事実しか書かれていないわけ。
- ──
- 稽古のとき癇癪を起こして反省したとか、
今日も誰かに腹を立てちゃった、
みたいなことまで、
書かかれていました。淡々とした筆致で。
- 山﨑
- そう、だから、文藝春秋の人が帯に、
キャッチコピーで
「何ひとつ嘘はない」ってやったの。
そしたらね、作家の山田太一さんが、
「それはちがいます」だって(笑)。
- ──
- えっと、どういう意味ですか?
- 山﨑
- 「何ひとつ嘘はない‥‥って、
それはちがいます。
だって、山﨑さん、
書かなかったこともあるでしょ」
って、感想文をくれたの(笑)。
- ──
- はー、なるほど。
- 山﨑
- 書かなかったことがあるとすれば、
そこにすでに「選択」があるわけで、
つまりは「創作」なわけですよ。
で、書かなかったことは、あるんだ。
- ──
- はい。
- 山﨑
- だから、なるほどなあと思いました。
たしかに嘘はついていないし、
そのままのとおり書いてるんだけど。
山田さんらしいよね(笑)。
- ──
- 今日も多摩川まで散歩してみただとか、
今日は自由が丘まで
1時間かけて往復しただとか、
事実と事実のあいまに、
山﨑さんの「気持ち」が挟まっていて、
そこが、おもしろいというか、
もっと読みたくなる理由なんですよね。
- 山﨑
- それで、コツは「食いもん」だね。
- ──
- あ、そう思います!(笑)
- 山﨑
- ねえ? 日記に食いもんが出てくると、
読んでても、たちまちに、
ああ、おもしろいなって思いますよね。
なんか、妙なリアリティがあるんだな。
- ──
- 書いた人の‥‥つまり山﨑さんの、
自分と変わらない人間の生活の部分が、
ちらっと見えるからですかね。
何ていうんでしょう、暮らしというか。
- 山﨑
- 不思議だよね。
<つづきます>
2018-05-20-SUN