- ──
- あと少しだけ質問させてください。
山﨑さんは、俳優として、
ずっと「人間」を演じてきたわけですが、
いま、人間ってどういうものだなあって、
思ってらっしゃいますか。
- 山﨑
- だから「空っぽ」さ。
- ──
- なるほど。人は、誰しも。
- 山﨑
- うん。
- ──
- たっぷり入ってそうに見える人も。
- 山﨑
- 空っぽ。ぼくだって、きみだって。
- ──
- では、もうひとつ、
空っぽの人間を演じる俳優のなかでも、
「いい俳優」がいるとすれば‥‥。
- 山﨑
- ええ。
- ──
- それは、どのような俳優でしょうか。
山﨑さんが考える「いい俳優」って。
- 山﨑
- うーん、難しいけど‥‥。
- ──
- すみません、難しいと思います。
- 山﨑
- これは、なにかね、好みっていうか、
その人の匂いっていうか、
香りっていうか、
そういうものに近いんじゃないかな。
- ──
- その人自身が発する‥‥。
- 山﨑
- そうそう。
- ──
- 容姿とか技術とか何とかじゃなくて?
- 山﨑
- そう‥‥その俳優の、
という以前に、その人自身の発している、
「匂い、気配」みたいなもの、
それを心地よいと感じるか、どうか。
顔だって「匂う」ものだろうし、
そこのところで、
わかれてくるんじゃないかなあ。
- ──
- それは、どんな役柄を演ずるにしても、
出てくるものなんでしょうか。
- 山﨑
- 人間であれば、出てくるでしょう。
- ──
- 善人を演じても、悪人を演じても。
- 山﨑
- 画期的な演技、
いままで誰も見たこともないような、
演じ方で表現しても、
極めてオーソドックスで、定番的で、
王道の演技で表現しても、
最終的に、
「あ、この俳優、好きだな」
と思うのは、そこなんじゃないかな。
人を好きになるのも、そこでしょう。
- ──
- ああ、そうですね。
- 山﨑
- つまり、新しいから、古いから、
画期的だから、どうだから、
あなたを好きになりましたって、
そういうことじゃないでしょう。
俳優と観客との関係も、
同じこと、なんじゃないかなあ。
- ──
- 匂いや気配というものは、
持って生まれたもの、なのでしょうか。
- 山﨑
- うん。どうなんだろうね。
- ──
- 自分自身で、努力して、
研鑽していくこともできるんでしょうか。
- 山﨑
- いい俳優には、きっと、いろんなものが
含まれてるんでしょう。
で、持って生まれた「匂い」というのは、
そのなかの、
ひとつの大きな要素なんだと思いますね。
- ──
- では、最後に、
山﨑さんは「言葉」というものに対して、
どういう気持ちを持っていますか。
- 山﨑
- 言葉?
- ──
- 冒頭で「俳優は、言葉の商売だ」って、
おっしゃっていたので。
自分の場合は、「言葉」というものは、
人を傷つけもすれば、
人を救いもするような、そういう‥‥。
- 山﨑
- ああ、そういう意味で言うならばね、
ぼくは信用してない。言葉。
- ──
- してない?
- 山﨑
- うん、言葉は、信用していない。
台詞なんか、まず信用できない。
- ──
- そうですか‥‥言葉の商売なのに。
- 山﨑
- 言葉ってのは「意味を伝えるもの」で、
むしろ言葉以外の何かを、
ぼくは、やりとりしたいと思ってる。
だから、言葉の商売なんだけど、
むしろ台詞は「邪魔」だと思ってます。
- ──
- 邪魔。
- 山﨑
- 理想は、まったく台詞のない映画や舞台。
それが成立するなら、
つまり、そういう映画や舞台で、
観る人と通じ合うことができるとすれば、
それが、役者としての理想です。
- ──
- 台詞のない映画や舞台って‥‥。
- 山﨑
- そういうことに挑戦した、
実験的な人たちも歴史上に存在したけど、
それはそれで、難しかったんです。
- ──
- ええ、難しそうです。
- 山﨑
- でも、少なくとも、言葉だとか、
俳優にとっての台詞、なんていうものは、
ぼくは、信用してないんです。
だから、自分で好きな文章を書いてても、
たくさんの表現を使って、
その組み合わせをさまざまに工夫して、
なんとか、どうにか、
自分の気持ちや思うところを、
できるだけ伝えられたらいいなと思って、
じたばたしているわけだけど、
本当のところでは、信用していない。
- ──
- では、信用しているものは、何ですか。
- 山﨑
- それこそ、その人の発する
「匂い」みたいなものかもしれないし、
「気持ち」みたいなものかもしれない。
- ──
- なるほど。
- 山﨑
- 自分は「空っぽ」だとわかってること、
そういう人間理解かもしれない。
少なくとも、大切なものっていうのは、
言葉そのものじゃないと思う。
- ──
- 言葉は、そのための「道具」であって。
- 山﨑
- みんな懸命に言葉を重ねて、連ねて、
どうにか汲み取ってもらいたくて、
がんばっているわけじゃないですか。
でも、人を傷つける力も、人を救う力も、
言葉そのものには、ぼくはないと思う。
- ──
- それができるのは、匂いや、気持ち?
- 山﨑
- だって、伝えられないよ。
説明できないと思う、言葉だけでは。
自分の、本当のことっていうのは。
- ──
- なるほど。
- 山﨑
- まわりの人たちと一緒に、
社会をつくって集団で生きていくためには、
言葉は、絶対に必要なんだよね。
- ──
- ええ、そうですね。
- 山﨑
- だって、言葉は「便利なもの」だから。
でも、ぼくは「便利なだけ」だと思う。
- ──
- はい。
- 山﨑
- やっぱり、言葉というものには、
本来は、人を傷つけたり、救ったりね、
そんな力はないと思ったほうが
いいんじゃないかなあと、ぼくは思う。
言葉が連れてくるものが本当だと思う。
<おわります>
2018-05-24-THU