うれしいセーター

三國万里子さんが
石川直樹さんのために、
「K2」という作品を編みました。

三國万里子さんが編んだカーディガンを、
石川直樹さんにお渡ししてから約3か月が経ちました。
ぶじ、帰国されている知らせを受けていたわたしたちは、
9月のなかばに、みたび石川さんにご足労いただきました。
場所は、最初にお話をうかがった、
ほぼ日オフィスの和室です。
そして今回は、三國万里子さんもご登場です。

三國
はじめまして。三國万里子といいます。
石川
はじめまして。石川です。
カーディガンを
ほんとうにありがとうございました。
三國
いえいえ、とにかくぶじに
お帰りになられたことがなによりです。
石川
ありがとうございます。
ベースキャンプで、
約束の写真を撮ってきました。
三國
これがベースキャンプという場所ですか‥‥。
石川
ええ。
カーディガンを着て、近くを散歩したり。
ずいぶん着させていただきました。
三國
ほんとだぁ。
持って行ってくださったんですね‥‥。
すごく遠いところまで。
───
「ベースキャンプでいちばん派手な人に」
というのが三國さんのご希望でしたが、
いかがでした?
石川
もちろん、目立ちました。
でも派手ということでは‥‥
へんな目立ち方じゃないんです。
違和感なく、目立っていたと思います。
三國
まわりの方々は
どんな格好をしてるのですか?
石川
まわりはもう、山の格好。
ダウンジャケットとかフリースとか。
三國
じゃあわりと、派手な色の人はいたんですね。
石川
そうですね、
色が派手な人はいました。
でも、こういうふうに
柄がにぎやかな人はいなかったです。
三國
セーターなんかを着ている人は‥‥?
石川
いないですね。
ぼくだけでした。
三國
ああ、どうしよう、石川さんに
すごい無理をさせてしまったのかも(笑)。
石川
いやいや(笑)、そんなことないです。
山では機能的なものばかりなので、
だからこそ、
こういう日常の空気をまとった服があると
すごくほっとできたんです。
三國
そう言っていただけると。
石川
気分転換になりました。
あったかいし、着やすかったし、
着ていて違和感もないから、
このまま寝たりしてました。
三國
よかったぁ。
わたし、
「寝れるセーター」というのが目標なんです。
石川
着たまま寝てましたよ。
とにかく、一日中着てました。
───
前開きのカーディガンっていうのは
いかがでした?
石川
便利でした。
暑いときはさっと開けて、
寒くなったら閉める。
温度調節がしやすいです。
三國
ベースキャンプの気温は何度くらいなんですか?
石川
気温は‥‥何度かな? 寒い時も暑いときもありました。
ベースキャンプでは、あまりはからないんですよ。
三國
標高は?
石川
5,000メーターです。
───
その、5,000メーターまで行ってきた
カーディガンを見せていただけますでしょうか。
石川
そうですね、これを出さないと‥‥。
(バッグから取り出す)
石川
あまりにも汚れていたので、
いちおう洗ってきました。
三國
拝見します。
‥‥あー、フェルト化してる(笑)。
石川
え? 何ですか? 何化してる?
三國
フェルト。
なんていうんでしょう、ペラーっとこう、
毛糸の繊維と繊維がなじんで、
一枚の布みたいになるんです。
石川
へえーー。
三國
繊維のキューティクルが、からまるわけですよ。
ちょっと硬くなって、
目が詰まってくる、
編み目が見えなくなってくる。
石川
はい、はい。
三國
(編み目の確認を終えて)
破れたり切れたりはしてないですね。
石川
そうですか。
けっこうハードに使ったんですけど。
三國
このまま着続けて大丈夫です。
石川
もっとダメージがあるかと思いました。
三國
きれいです。
これ、まだまだフェルト化しますよ。
もっといい感じになります。
でも、不思議とやぶれたりはしない。
袖口がほつれたりはしますけど。
そうなったら持ってきてください、
直しますので。
石川
ありがとうございます。
三國
わたしもね、セーターを着て寝るんです。
石川
そうなんですか。
三國
守られてる感じがちょっとして。
布団だけじゃ、すこし不安なんですよね。
わたしもこれと同じ
シェットランドウールのセーターを
かぶって寝ています。
石川
シェトランド‥‥というのは?
三國
イギリスがあって、
スコットランドがありまして。
そこから北の方にある離れ小島で、
位置的には、ほぼ北欧です。
石川
へえー。
三國
風がすごく強くて、
ひつじが大きくならないんですよ。
繊維自体もそのせいで細いものになるんです。
その細い毛が、
こうした編みこみをするのに適してるんです。
石川
なるほど。
三國
フェルト化しやすいという特徴もあります。
でも、フェルト化するということは
目が詰まってくるわけですから、
風を通さないセーターができるんです。
石川
その毛糸は、シェトランドでしかとれない?
三國
ええ。
もともとはイギリスなどの在来種のひつじを
もちこんだらしいのですが、
それが小型化したんですね。
なので、いまはそこにしかいないひつじ。
シェトランド島の特産になっています。
石川
へえーーー。
そんな貴重なものだったんだ。
三國
あんまりたくさんはとれないです。
石川
さらに愛着がわいてきました。
三國
よかった‥‥。
石川さんが着ることを
念頭において編んだのですが、
これはきっといろんな人に似合うと思います。
女性にも、もちろん。
石川
ああー、そうですね。そう思います。
───
このカーディガンの
「編み図」をつくるんですよね。
三國
そうそう。
石川
これの編み方がわかるんですか。
三國
石川さんでも編めます。
石川
ええー、まじで。
三國
できますよ。
編みものって、
けっこう「手加減」の世界だから、
性格がてきとうなひとのほうが向いてるんです。
石川
そういうもんですか。
三國
あまり気にしない人。
てきとう、というと違うかな‥‥
適宜やれるひと、対応できるひと。
石川
でも几帳面じゃないと無理ですよね?
三國
几帳面かそうでないかは、ぜんぜん関係ないです。
石川
そういうものなんですね。
これ、何時間くらいで編めるんですか?
三國
何時間だろう‥‥。
ふつうに編めるひとで5~60時間だと思います。
石川
5~60時間で、これが。
三國
編み図があれば。
石川
そうですか‥‥。
いやほんと、何度もいいますけど、
こういう手仕事ができるひとをすごく尊敬します。
三國
ありがとうございます。
───
すみません石川さん、最後にひとつ。
今回のK2遠征では、
残念ながら登頂に立つことを断念されました。
石川
はい。
───
どういう状況で、その判断をされたのでしょう。
石川
判断は‥‥
なにしろ雪崩が毎日のようにあって、
せっかくつけたロープとかが雪崩で埋もれるんです。
埋もれただけなら掘ればいいんですけど、
埋もれたところがガリガリに凍っちゃって、
もう取り出せなくて。
そこに、四方八方から雪崩がやってきて。
最後の最後までねばったんですけど、
もう無理だな、と。
※本番の遠征で撮影した動画をご覧ください。
石川さんの息づかい、雪崩の映像‥‥。
「日常の空気をまとった服があるとほっとできる」
石川さんのこの言葉を、より深く、リアルに共感できます。
 
───
頂上近くまでは登れたんですか。
石川
7,200メートルまで。
「キャンプ3」というところまででした。
その先の「キャンプ4」から頂上に挑むんですけど、
「4」まで行けなかった。
しかも‥‥
「キャンプ3」にダウンのツナギを
置いてきちゃったんです。
それが回収できなくて、
いまもまだ「キャンプ3」にある。
いつかあれをとりにいかないと。
あれ、新品なんだよなぁ‥‥。
三國
また挑戦するのですね。
石川
行けるかどうかはわからないんですけど、
「行きたい」です。
行けるようになったら、
次もベースキャンプでは、これを着ます。
三國
そのときには、また写真を撮ってきてください。
石川
もちろんです。
三國
こんなにたくさんカーディガンを着てくれて、
ありがとうございました。
石川
こちらこそ。
うれしかったです。ありがとうございました。

石川直樹さん、
緊張感のある厳しい現場に
このカーディガンを連れていってくださり、
ありがとうございました。

後日、このカーディガンには、
『K2』という誇らしい名前がつけられました。
山の名前が、そのままカーディガンに。

そんな『K2』の、詳細な編み図を作成しました。
三國さんが編んだのと同じものが編めるよう、
シェトランド島産の毛糸も輸入しました。
だれかのための「うれしいセーター」を、
あなたも一着、編んでみませんか?
あ、もちろん、
自分のための「うれしいセーター」でもオーケーです。

こうして、「うれしいセーター」の第一弾は、
みんなにうれしく終了しました。

第二弾も、いずれお届けしたいと考えています。
さらに、この企画を「書籍」にするという目標も‥‥。

ゆっくりと、おたのしみに。

2016-02-12-FRI