第13回 しあわせじゃない日がしあわせを歌う。
糸井 オレは以前からずっと、
男が歌う歌がないということを
言ってたんです。
前川さんも
女歌ばかり歌ってます。
前川 男の歌って、ぼくはないんですよ。
ほとんどゼロです。
糸井 前川さんは、自分のこころを言わない人だけど、
女の腹話術をしているという
感じなんですよ。
前川 そうです。
だから、「オレ」という言葉は
自分の中にはないですね。
「わたし」「あたし」「あなたが」とか、
そういう立場で歌っています。
糸井 これをそのままにしといてもいいのかな、
どっちなんだろうなぁ、
と考えてます。
前川さんは男歌も
ほんとは歌えたはずなのに、という気持ちも、
少しあるんですよ。
前川 はい。
糸井 男歌として作っても女が歌えたり
女歌として作っても男が歌えたり
というものが、
さぐったらあるのかな、と思います。
男でも女でもあり、しかも、
年寄りも若い人も歌えるもの、
というところに行きたいんですよ。
前川 ああ、それ、すごく大事なんですよ。
糸井 うん。
前川 それがね、
「雪列車」って、あるんですよ。
糸井 あ‥‥たしかにあれは、両方ですね。
前川 不思議ですねぇ。
子どもが受けつけないもの、
大人が受けつけないもの、あるんです。

だけど、「雪列車」はね、
若い人も好きなんですよ。
そして、お歳をお召しになってるかたも
好きなんです。
要するに、昔で言えば
「青い山脈」かなぁ。
糸井 なるほど。
ぼくも「青い山脈」、歌ってました。
「雪崩は消える 花も咲く」
前川 昔の、若い人と年寄りが
みなさま、あの歌を
歌ってたんですよね。

「雪列車」もそういう歌です。
ぼくは、歌詞の意味はわからなくても(笑)、
それは感じます。
糸井 ぼくはあの歌について、
誰にも説明したことはありません。
まぁ、自分の書いた詞について
なにか言うってことも
ふだんはありません。
前川 はい。
糸井 「雪列車」の歌詞のなかで
最初にできた部分、
誰も知らないと思います。
それは、書いた本人にしか
わからないと思いますので、
言っちゃいますけども。
前川 はい。
糸井 それは
「なにげなく髪を切れた」
のところですよ。
前川 「なにげなく 髪を切れた 幸せな日は」
ははぁ‥‥そういえばいま、
舞台をいっしょにやらせてもらってる
藤山直美さんが「雪列車」が大好きで、
その中でも、ここの部分がたまらない、って
おっしゃるんですよ。
でも、ぼくは、わかんないんです。
一同 (笑)
糸井 人と人とが、
別れたり、くっついたり、
するじゃないですか。
前川 はい。
糸井 別れちゃったけど、
もしかしたら戻るかもしれないというとき、
または、もう二度と会わないと決まったとき、
心機一転するとき、
髪を切ったりします。
前川 はい。
糸井 「髪、切ったの?」
と、人から言われるときは、
別れるか、やり直すか、
というときだったりする。
そういうことが、
あっちこっちであるんだろうな、
ということを思って。
前川 はい、はい。
糸井 「さ、髪を切って心を切り替えよう」
そう思う日があったとしても、
考えてみればその人は、その前にもずっと
何度も髪を切ってたんですよ。
「そうかぁ、前も切ったよな。
 あのときは、何も考えずに切ったんだ。
 しあわせだったんだなぁ」
ということを、そこではじめて思うんです。

なにげなくじゃなく髪を切る自分が、
世界中にいるなにげなく髪を切る人たちに
すごくしあわせなことだよ、ということを
言いたかった、そういう部分です。
前川 ああ、そうだったんですね。
ははぁ‥‥。
あのね、ぼくが好きなところはね、
「あたたかいものを 何かください」
のところです。
糸井 あ、そこは、そうです。いいでしょ。
いまでもそれで商売してますから。
前川 ここを歌うとき、
やっぱり、じーん、ずーんときます。
糸井 そこは、「そして、神戸」の前奏みたいに
これはみんながおなじ気持ちになるな、
と思ったところです。
前川 あれはね、
「糸井重里」なんですよ。
糸井 そうですね。
前川 「神戸」っていうんじゃないんですよ。
糸井さんは、あの
「あたたかいものを」を
作る人です。
糸井 「神戸」は作れないですよ。
かなわないですから。
前川 ね。「そして神戸」という歌は、
大人がすごく好むんですよ。
糸井 ああ、そうだと思います。
前川 だけど、あたたかいものだったり
髪を切れたっていうのはね、
若い人でも、お年寄りでも歌える。
歌の持つそういう部分って
大事だと思います。
糸井 だけど、あの詞を書いたのは
30歳くらいですから、
とても大人ぶったつもりで、
作ってるんですよ。
前川 いまだったら、どうなんですか。
いまだったら、できない?
糸井 逆に作れないです。
あのときは、嘘の大人の芝居をしてましたから。
あこがれみたいなことがないと
ああいうことはできないんです。
結局、実際にこうやって
おやじになっちゃうと、
「だいたい似たようなもんだよ」
とか言い出しちゃう。
前川 はいはいはい、そうですね。
糸井 いろんなことがあっても、
ま、だいたい似たようなもんだよ、
それだと歌になんないでしょ。
前川 なんないですね。
糸井 だいたい似たようなもんです、
という歌は誰も歌ってくれない。
一同 (笑)
糸井 でも、だいたい似たようなもんだった、
というのは、ほんとうは、
すばらしいことです。
前川 はい。
糸井 永六輔さんという方は、
そこのところにいつも触ってる人です。
あの人の詞は、数少ない、
だいたい似たようなもんだ、
というところの歌なんですよ。
前川 そうですね、はい。
糸井 「上を向いて 歩こう
 涙が こぼれないように」

悲しいときって、
どんどん涙がこぼれるんだけど、
止めたいな、と思う気持ちはある。

だけど、拭きもせずに、
自分に少しだけ酔いながら、
上を向いて、しかも歩く、というのは、
老人から赤ん坊まで通じることです。

なんで泣くかはわからない。
悪いことしたあとかもしれないし、
悲しいことかもしれない、
うれしかったことかもしれない、
全部、入っています。

ああいうところに
「だいたい似たようなもんなんだよ」
という歌はあるんですよ。
前川 たぶんそうなんでしょうね。
糸井 歳とると、もしかしたら、
作れるかもしれない。
前川 ああ、いいですね。いいと思います。


(つづきます)

2010-07-14-WED