第1回
なぜ橋本さんは
源内が好きじゃないのか。
なぜ橋本さんは
源内が好きじゃないのか。
糸井 |
ようこそおいで下さいました。 橋本くんに来て下さいってお願いしたら、 正直なところ、僕は平賀源内って 好きじゃないんだよね、って。 |
橋本 |
そう、うん。 半年ばかり前にね、平賀源内のことを ボロクソに書いたことがあったんですよ。 芸術新潮の「ひらがな日本美術史」という連載で、 秋田蘭画をやったの。 平賀源内が秋田に来て、 それで秋田蘭画が始まったっていう話で。 東京からやってきた詐欺師に 田舎の名士が騙されるパターンがここにある、 みたいなこと書いちゃってさ。 |
糸井 |
ああー。 |
橋本 |
しかも、担当編集者が秋田県出身だったの(笑)。 で、二重に、なんか悲しんじゃって(笑)。 だから、ん~、ってなったんだけど、 「嫌う」と、「あんまり好きじゃない」 っていうのは、まったく別。 「平賀源内を好きじゃない」に関しては、 2つあるんですよ。 1コはね、平賀源内って、 江戸時代に西洋をやって、 なんかもてはやされたってとこあるじゃない? そうするとね、俺はね、西洋って、 ほんとに必要なのか? って考えちゃうの。 平賀源内が秋田に、鉱山開発の仕事で呼ばれて やってきて、そんで秋田の殿様にさ、 あなたは、真上から見た鏡餅を ちゃんと描けますか? って言ったっていうのよ。 |
糸井 |
それは、伝説として? |
橋本 |
うん。んで、要するに鏡餅2つ重ねれば、 白いものに白いものだから、 陰影がないかぎり、 鏡餅の立体は表現できないだろう、 みたいなことを言ったっていうのね、平賀が。 |
糸井 |
うんうん。 |
橋本 |
で、いかにその言い方が 平賀源内っぽいっていうか、 なんか半分詐欺師が入ってるみたいな感じ、 俺は微妙にするんだけど(笑)。 |
糸井 |
うん、でも、源内って、うまいこと言う。 |
橋本 |
言うのよね。んで、俺はさ、そういう話聞くと、 真上から見た鏡餅? 丸2つ描きゃいいじゃん、とか思っちゃうからさ。 |
糸井 |
それで済むじゃん、って。 |
橋本 |
うん。ことに江戸時代なんだから、 そのほうがよっぽどおしゃれじゃん、 とか思うんだけど。 ただ、もっと俺が子どもだったら、 「真上から見た鏡餅をちゃんと描けますか?」 って言われたとき、 「あ! すいません、先生、描けません、 そんなこと気がつきませんでした」 みたいな考え方するだろうな、 みたいなのがあってさ。 そしたら、その秋田の殿様の佐竹曙山っていう、 この展覧会にも絵を飾ってある人がさ、 びっくりして、えー! って言って、 それで、蘭画に目覚めて。 |
糸井 |
俺にも教えてくれと。 |
橋本 |
そうそうそう。俺、でも、そこらへんが 微妙によくわかんないの。 なんか、秋田蘭画の始まりが、 源内がやってきたことで、ってなるんだけど、 佐竹曙山に、もともとそういうものへの 嗜好があったのか、なかったのか。 平賀源内って、あっちこっち行ってるじゃない? だったらさ、秋田だけじゃなくて、 蘭画というものって、 日本全国にあったっていいじゃない? |
糸井 |
あ、そうだね。 |
橋本 |
うん。でも、秋田にしかないのよ。 だから、それが、なんで? って‥‥。 |
糸井 |
全国には受け止める殿様がいなかったんじゃない? |
橋本 |
どうなんだろうねぇ~。俺もわかんない。 |
糸井 |
つまり、売り物しても、 買い物客がいなかったってことでしょ? |
橋本 |
ん~、でもね‥‥。 |
糸井 |
あ、違うかもしれない、 他のときは他のテーマででかけてったんだよ、 平賀源内(笑)。 今回この地方には、蘭画じゃなくて、 ちょっと火薬のことで、とかさ。 |
橋本 |
鉱山のことで行ったんだもん、秋田に。 |
糸井 |
そうか。 |
橋本 |
もうひとつ別な話があって。 小田野直武ってさ、秋田の佐竹の殿様の 家来なんだけどさ。 『解体新書』の表紙の、 裸の男と女がこうやってる、 あの絵、描いた人なのよ。 |
糸井 |
ほぉー。 |
橋本 |
秋田藩士なの。それが、 平賀源内が秋田に来て帰ってくと、 小田野直武が東京に‥‥。 |
糸井 |
連れてかれたんだよね。 |
橋本 |
うん、連れて帰ったんだかなんだかって、 田中優子さんの本によると、 2人はできていた、という話で。 ほんで、それを殿様が喜んだのか 喜ばなかったのか、よくわかんないんだけど、 蘭画の勉強をしに 平賀源内先生のところへ行くので、 江戸に参ります、といって許されたのか、 それとも、なんか、源内センセー! っていってついていったのか、 よくわかんなくって。 それで、けっきょくしばらくして 小田野直武は秋田に戻されて、 謹慎処分につけられて、 切腹したんだかさせられたんだとか、 っていう話があるんだよね。 |
糸井 |
巻き込むねぇ、平賀。 |
橋本 |
うん、そうそうそう。 でさ、そういう話を聞いちゃうと、 ほんと‥‥話飛んで悪いんだけど。 |
糸井 |
いや、ぜんぜん。 |
橋本 |
んで、秋田蘭画の話でね、 何を思いついたかというと、横溝正史なの。 |
糸井 |
‥‥はい。 |
橋本 |
‥‥飛んだでしょ? |
糸井 |
ええ、いや、行って下さい。 |
橋本 |
『悪魔の手毬唄』っていうのがあってさ。 終戦直後ぐらいの話を、 岡山の旧家の鬼首村というところで 連続殺人事件が起こってさ。 3人の娘がさ、手毬唄で殺されていくわけよ。 そうすると、それの謎を解く 鍵っていうのがあって、 あるひとりの謎の男が浮かび上がってくる。 その男が東京からやってきて、 モール作りを村の旧家の未亡人に勧めて(笑)。 ほんで、それが当たるっていうんで、 みんなでモール作り‥‥。 |
糸井 |
モール? |
橋本 |
だから、クリスマスに飾るモール。 |
糸井 |
あのモール? |
橋本 |
ちょうど、進駐軍がやってきたぐらいだから、 東京ではパーティーがあるから(笑)、 その金モールを作って、 村の産業にすれば売れるって。 ほんで、そのモール作りの機械を買わせて、 「お陰で私どものところは 傾いたんでございます」っていう、 その後家さんが言うとかさ(笑)。 んで、その男が、いろんな女との間に 子ども作ってて、その少女たちが 次々に殺されてくって話なんだけど。 |
糸井 |
『悪魔の手毬唄』にモールが出てくるって、 知らなかった。 |
橋本 |
俺、それ読んだの、20歳ぐらいなんだよね。 |
糸井 |
ほぉ。 |
橋本 |
都会からやってきて、うまい話がありますよ、 都会でこれやると儲かってるんですよ、 っていったって、今の通販の訪問販売みたいなさ、 おばあさんに羽根布団売りつけるみたいな、 っていうののルーツみたいなのは それなんじゃないか(笑)、っていうのがあって。 しかもそれがね、進駐軍がどうので、 紐にね、静電気を使って、 ビーッて巻き付けてくとかっていうんだよ(笑)。 その機械を買ったのに、みたいな。 イメージ的には、リアカーの上に、 なんか変な鋼鉄の機械が載ってて、 そっから紐ピュッて入れると、 金のモールがバババババババッて出てきて、 村人がオーッ! って言ったっていう、 そういうイメージ。 |
糸井 |
横溝正史の小説に、そんなものがあった。 |
橋本 |
そうそうそうそう(笑)。 |
糸井 |
それと平賀源内がやってることは同じだと。 |
橋本 |
うーん、なんとなくそれが(笑)。 で、秋田蘭画の話があったときに、 平賀源内ってあれだよな、 『悪魔の手毬唄』のあの人だよな、 っていう想像しちゃったんだよ(笑)。 |
糸井 |
バババババッ。しちゃうね。 メリケンのものを先に知ったがゆえに、 自分が有利に立って、 騙されにくい人は騙されてくれないから、 騙されやすい田舎まで出かけてって。 |
橋本 |
うん、そうそうそう。 浅草なんかで、そういう人って、 昔は、わりといたじゃない? |
糸井 |
おぉ! って言ってくれる人ね。 |
橋本 |
「ヨーロッパで評判の‥‥」とかってやってた。 それが「NASAでは評判の‥‥」に 変わるだけの話だよ。 |
糸井 |
今はNASAだね。うん。 |
橋本 |
そうそうそう。それぐらい、なんか、 世の中が行き詰まってるんだと思うんだけど。 やっぱし、遠ーい憧れの国っていうのがあって、 その遠い憧れを持ってって、ほら、っていう、 そういうかたちで、 スターになってた人っていう気がするんですよ。 |
糸井 |
それはさ、メリケンと日本の関係じゃなくても、 アメリカそのものでも、開拓時代に、 偽薬屋さんっていう伝統が ずっとあったじゃないですか。 |
橋本 |
はぁ、はぁ、はぁ。 |
糸井 |
黒人の扮装をして歌って踊って、 これで脚気が治るよ、みたいな薬を売ってた、 みたいな。 |
橋本 |
でも、あれもあるよ、 『オズの魔法使い』に出てくる行商人。 「ナポレオンの骸骨です」とかってやってて。 そして江戸時代の見せ物に、 源頼朝の幼少期の 骸骨っていうのが出てたって(笑)。 それを思い出しちゃって、 どこでもおんなじことやってるんだなーと 思うんだけどさ。 |
糸井 |
情報格差を利用して 商売をするっていうことだよね。 |
橋本 |
鎖国してた時代に、 長崎の出島があったりすると、 私はいちはやくそれを知っておりますんです、 っていうね。 戦後、フルブライトの留学生の枠で アメリカ行って、私はアメリカで 先進のことをやっておりました、 アメリカではね‥‥ってなやり方に、 繋がってるみたいな。 |
糸井 |
今はビジネスマンがMBAだとかさ。 |
橋本 |
そうそうそうそう。 同じだと思うんだよね。 |
糸井 |
はぁー。そういうのの先駆者としての 平賀源内(笑)、というふうに思った? |
橋本 |
思う。 |
(つづきます。) |
2014-12-27-SAT
タイトル
橋本治と話す平賀源内。
対談者名 橋本治、糸井重里
対談収録日 2004年3月
橋本治と話す平賀源内。
対談者名 橋本治、糸井重里
対談収録日 2004年3月
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