第2回
戯作っていうものはね。
戯作っていうものはね。
橋本 |
さらにもっと言ってしまえば、 たとえばさ、1980年代のさ、 糸井さんがちょくちょく対談やってた みたいな時代っていうのはさ、 そういう平賀源内的な 軽薄さじゃないですか。 |
糸井 |
学問の世界が、まず輸入だったもんね。 |
橋本 |
うん。でもさ、儒学は中国から 輸入したものであるけども、 幕府の式楽になってるんだから、 そんな軽薄ではあり得ないみたいな、 そういうのってあるじゃん。 |
糸井 |
あ~。 |
橋本 |
だから、ヨーロッパは本物だけど、 アメリカ製のアロハシャツ着てるやつは不良だ、 みたいな。なんかそういう軽いノリ みたいなのあるんだけど。 ある意味で、俺、平賀源内って、 インディペンデントの プロデューサーだと思うのよ。 高松にいてさ、あんまし身分高くなくてさ、 でも、頭なんか良かったりしてさ。 んで、そこらへんに生えてる薬草を見て、 これはあれだ、っていう、 そういうのを知っててさ。 だったらこの子、ちょっと長崎にでも 勉強に行かして、ってやってきて。 んで、やっぱし、頭良かったから、 「なんか」にはなったんだよね。 んで、エレキテルやってさ、将軍家に献上して。 そうするとさ、俺、これでやってけるって、 脱サラ決意しちゃうのよ。 |
糸井 |
なるほど(笑)。うん。 |
橋本 |
ほんで、脱サラ決意して脱藩するんだよね。 で、平賀源内のもくろみとしては、 脱藩したら、もっと高い給料で 雇ってくれるはずなんですよ。 高松だったら平賀源内がいくら江戸で 評判になったとしても、 そもそも源内の家系はこれくらいなんだから、 ちょっと色つけて、こんだけあげるね、って、 吉本の給料みたいなものでさ。 |
糸井 |
たかが知れてるわけね。 |
橋本 |
うん。でも源内は、 俺、これだけやるんだから、 何とか藩の何とかっていう格式ぐらい なれるんじゃないか、みたいに考えるわけさ。 んで、平賀源内が武士だったか 武士じゃなかったか、っていうのも、 微妙なぐらいのクラスだから。 たぶんね、俺、平賀源内ってね、 脱藩ってこと深く考えて なかったんじゃないかな、と思うのね。 幕末になると、勤王の志士が 薩摩や長州に迷惑をかけるの嫌だからって 脱藩するっていうの、 いくらでもあるじゃないですか。 身分の低い人にとって脱藩するっていうの、 わりと簡単なことだと思うんだ。 |
糸井 |
刀を鍬に持ちかえる、みたいな。 |
橋本 |
そうそうそう。 だから、平賀源内もそれに近い感覚で いっちゃったんじゃないかと思うんだけど、 でも、高松の殿様は脱藩許した代わりに、 回状を回しちゃうわけよね。他のところに。 召し抱え禁止になるから、 フリーになったとたん、 平賀源内、就職先なくなるわけですよ。 フリーでやってかなきゃいけないから、 これはどうです、あれはどうです、 っていうふうに、 慌ただしくやってかなくちゃいけなくって、 そうなると‥‥。 |
糸井 |
すごい貧乏性な動きをしますよね。 |
橋本 |
そうそう。でも、周りから見たら 貧乏性なんだけど、たとえば、 あちこちの企業行って、 「これどうです?」って巨額の金引きだすのと、 大名家に呼ばれて鉱山開発で、 「私できます!」って行くっていうのって、 わりと同じじゃん。だから、そういう意味で、 広告関係の人の先祖のようなものではないかな? っていう気はするのね。 |
糸井 |
源内本人が、若いときには秀才だったし、 記憶力をデータベース代わりに使ってた 時代があったけど、 だんだん後年になるにしたがって、 自分の技術者としての力っていうのは、 だいたいこんなもんだろうと、 タカをくくってきたっていう感じがするんですよ。 |
橋本 |
技術者なのかな? |
糸井 |
若いときにさ、いっぱい草木の名前を 知ってるだとかね、それが技術じゃないですか。 |
橋本 |
はいはいはいはい。うん。 |
糸井 |
だけど、勉強し続けてって、 それをどんどんどんどん増やしていっても 意味がないわけだから、 絵を描くにしても戯作をするにしても、 実際に自分でやる仕事については、 ま、こんなもんだべ、 ってとこに入りますよね。 |
橋本 |
っつうか、戯作をやる態度って そういうもんですよ。 だって、戯作はランクが低いもんだもん。 |
糸井 |
そうか、そうか。 |
橋本 |
20歳前かな、日本文学の中に ふざけたものがないかと思ってさ、 平賀源内もいちおう読んだのよ、 他の戯作とかもね。 あのね、武士階級の人の戯作って、つまんないの。 それはまあ、俺の主観だといわれれば そうなんだけど、なんか、怒ってるの。 |
糸井 |
風刺だったりする? |
橋本 |
そう。すごく風刺なの。 面白い比喩使ってるんだけど、 ここらへん(腹の下の方)がすごく怒ってるわけ。 |
糸井 |
横山泰三の風刺マンガみたいになっちゃうのね? |
橋本 |
あれよりもっと、 本質的に怒ってるんじゃないのかなぁ。 |
糸井 |
佐高信(さたかまこと)の比喩、みたいな。 すごいですよ。 |
橋本 |
それは知らない。 綾小路きみまろに なってくれりゃあいいんだけど、 そうでもないし、みたいな。 |
糸井 |
あぁー! |
橋本 |
だから、ふざけてるのか、 ほんとに怒ってるのか‥‥。 |
糸井 |
コロムビア・トップみたいな。 |
橋本 |
あ、そう! それ! 新聞そのまま読んでるだけなのに、 何が可笑しいか、みたいなね。 |
糸井 |
言い換えにしか過ぎないってやつだね(笑)。 |
橋本 |
うん、そうそうそう。だからね、 こういう戯作って、あんまり好きじゃないな、 みたいなのがあって。 あと、戯作やる人の性格ってあるのかな、 っていう気も微妙にするんだけど。 平賀源内の、 『神霊矢口渡(しんれいやぐちのわたし)』 の文体って、近松門左衛門に似てるんですよ。 いちおう国文出の作家だからさ、 そういうことが言えるんだけど。 |
糸井 |
やっぱり学んだんですかね。 |
橋本 |
学ぶじゃなくってね、似てるのは、 平賀源内が近松門左衛門とおんなじように 癇癪持ちだからじゃないかっていう気がするの。 |
糸井 |
はぁ~! |
橋本 |
近松の文体は、すっごくテンポが速くて スピードがあるわけ。 で、人形がひとり使いだったから、 もっとチャカチャカ、 今の文楽よりもっとチャカチャカ動いてたから、 それでいいっていうことも あるのかもしれないけど、 近松門左衛門の気性も絶対あるんですよ。 もう大づかみ。これでもか、これでもか、 これでもかってグイグイいくもん。 速度も、うすんごく速い。 だから、歌舞伎でとってもやりづらいもんなの。 |
糸井 |
近松以外は、そんな速度じゃないの? |
橋本 |
ないの。だから、『忠臣蔵』やなんかの、 泣ける速度とは違うの。 |
糸井 |
それは、円朝の書いた落語みたいなもんだ。 |
橋本 |
『女殺油地獄』も、 ひたすらドッタンドッタンドッタン、 グサッてやって、ああ、なんて現代的だ、 っていうようにふうにして、 歌舞伎の人たち、 みんなショック受けるんだけど、 もともとそうなの。 平賀源内の『神霊矢口渡』の文章も、 それに近いの。 だから、戯作やるメンタリティ、 どっか面白くない、っていうのがあって、 俺、こういうのもできるよ、 みたいなことなんじゃないかな、 って気がするんですよ。 ことに、戯作っていうのはね、 お金、来ないんですよ。 日本で文章書いて、それで原稿料貰えるの、 滝沢馬琴からだから。 |
(次回は「源内のマルチぶり」について思うところを。) | |
2014-12-27-SAT
タイトル
橋本治と話す平賀源内。
対談者名 橋本治、糸井重里
対談収録日 2004年3月
橋本治と話す平賀源内。
対談者名 橋本治、糸井重里
対談収録日 2004年3月
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